8.共同生活するにあたり
バイトを終えて帰ってきた2人。
ただいま、バイト終わりの帰り道。
朝は反応しなかったくせに、今になって自動車に反応し出した以外は平和な帰り道だ。
「あんな生き物がいるんだな。 ジドウシャ、便利な馬だぜ」
「馬じゃないけどね」
なるほど、アルの世界にも馬がいたんだ。
やはり、何か繋がりがあるのかもしれない。
「ただいまー」
って、今日は2人とも出掛けてたんだったわ。
「おかえりなさいだったか?」
「今日はアルも『ただいま』で良いよ」
「ふむ、帰ったらただいま、迎える側はおかえりなさいだな?」
おお? アルにしては上出来じゃないかしら?
魔物と魔法がない事以外はちゃんと理解してる?
「アル、夕飯作るからちょっと待っててね」
「おう、ありがとな!」
ふふ、悪い気はしない。
私はササッと夕飯の準備済ませる。
その間、アルはテレビに映るタランチュラに殺虫スプレーを撒き散らして「何っ?! こいつには効かないのか?!」とかやっていたようだ。
勿体ない。
「有栖の作る物は美味いな」
「そ、そうかしら?」
褒められるのは素直に嬉しい。
「そうだわ、これからアルが元の世界に帰れる日までは、ここで共同生活することになるわけだけど」
「良いのか? 出て行けと言われたら出て行くぜ?」
えっ、そうなの?
いやいや、でも住む家もないし、お金も持ってないし野垂れ死ぬのが見えてるし。
「私はそんな薄情ではないわ。 良いからここに居なさい」.
「そうか、世話になる」
素直だなー。
さて、そうなると色々決めなくてはならない。
まずは生活費。
「バイトして稼いだお金だけど、アルの分も私が管理するわね?」
「ああ、構わない」
「何か欲しい物があったら言ってね? 財布と相談するから」
「この世界の財布は喋るのか?! 魔法生物なのか?」
とりあえず無視して話を進める。
次は家事分担だけど……。
炊事掃除洗濯買い出しは多分無理よね?
「アルはトイレ掃除とお風呂掃除担当!」
「おう? それだけ?」
「それ以外はむしろやらないで」
絶対ややこしくなる。
「わかった」
そして最大の問題。
年頃の男女が一つ屋根の下で暮らすだけでも色々問題があるのに、この部屋は1K!
つまり、寝室が同じ!
着替える時も不便だ。
どうする? いっそアルにはキッチンで……いくらなんでも可哀想だわ。
「どうした?」
「あ、いやぁ、部屋が1つしか無いのをどうしようかなぁと」
「あー、年頃の男女云々の問題か」
えっ、わかんの?!
「ラーナがそういうの気にしてたからな。 安心しろ、手は出さんし、着替える時は離れてやる。 何なら部屋を幕かなんかで仕切るか?」
カーテンで部屋を仕切る。
なるほど、ありかもしんない。
「その案、採用!」
という事で、日曜日の明日もバイトではあるが、途中抜けしてカーテンを買いに行く事に決定した。
とりあえず今日決めることはこんなもので良いかしら?
問題の住民票やら戸籍やらは蘭菜にアテがあるらしいから任せてきた。
一体どんな方法で切り抜けるのかはあえて聞かなかった。
だって怖いし?
いきなり異世界から現れた人間を、この世界の住人として法的に潜り込ませるわけでしょ?
絶対非合法じゃーん!
「はぁ、じゃあ先お風呂入るわね」
「あいよ」
「ふぅ……」
今日も1日が無事に終わった。
アルが来て丸2日。
なんか、とんでもなく疲れる。
「でも、楽しい」
高校生になって1人暮らしを始めてからは、蘭菜以外とは、まともに接して来なかった。
それが、同居人が増えるなんて思いもしなかったわ。
帰ったら「ただいま」と「おかえり」がある事、誰かと食べるご飯、本当に良いものだと改めて思う。
「ちょっとバカだけど、悪い人じゃないし」
かっこいいし……。
「バカバカ! 何考えてんだか!」
お風呂から上がると、何やら騒がしい。
「おのれ! すばしっこい!」
「どうしたのアルー?」
「あ、そっちは!」
ん?
カサカサカサ……
「……きゃーっ! ゴキー!」
また!? もうやだぁ!
「有栖! くっ! すまん! これもお前を守る為だ!」
バッと脱衣所のカーテンを開けてアルが入ってきた。
「いやーっ! ゴキー! アルー!」
「喰らえ! サッチュウスプレー!」
プシュゥゥゥ……
ピクピク……
「ふぅ、手こずらせやがって」
「あわわ……この変態覗き魔! 出てけー!」
「うぉっ、すまん!」
やっぱり共同生活は前途多難そうだ。
「す、すまなかった! 有栖の命が危険だと思い」
「この世界のアイツは確かにキモいけど、命の危険までは無いの! でも見たら即退治! これもアルの仕事ね!」
「おう」
私を危険から守る為だったということもあり、大目に見てあげる事にした。
見られたのが腰から上だけで良かったと思いましょう。
この後、アルもお風呂に入らせて、早めに就寝する事にした。
アルは相変わらず壁にもたれ掛かり、剣を抱えて眠るようだ。
まだ、安心して眠る事は出来ないらしい。
夢を見た。
夢の中の私は、相変わらず悲しんでいるようだ。
ただ、大切なモノを失って悲しんでいるのは、私だけではなく、周りの人達も一様に辛そうな表情をしていた。
その中には見覚えのある姿もあった。
「アル兄ぃ……」
アル兄? 確かにそう聞こえた気がした。
これは本当に私の夢なの?
「アル……」
私である筈の人物が口を開く。
えっ? 私じゃないの? じゃあこれは誰の……。
次の瞬間、急に意識が引き戻されるような感覚に陥った。
「はっ……はぁはぁ……」
そして、急に目が覚めた。
「どうした、敵襲か?」
飛び起きた私に反応したのか、アルが剣の柄を掴んでこちらを見ている。
「ううん……大丈夫」
何か、とても大事な夢を見ていたような気がする。
なのに、目が覚めた瞬間、その内容は頭からすっぽり抜け落ちてしまった。
気味が悪い……。
「そうか」
アルはまた目を閉じて、浅い眠りについた。
またあの夢の続きを見るかもしれない。
そう思って眠りについてみたが、朝まで夢の続きを見ることは無かった。
有栖の見る夢の正体は?