6.アル・バイト
土曜日、朝からアルを連れて有栖のバイト先へ行くことになったのだが一筋縄で行くの?
何か、夢を見たような気がするけど、ほとんど内容は覚えていない。
ただ……1つだけ覚えていることがある。
夢の中で私は、大切な何かを失ってしまったようなのだ。
それが何なのかはわからないけど……。
とても悲しい夢だったような気がする。
さて、覚えていない夢の事は置いておいて……本日、土曜日は学校も休み!
普通の青春を送っている女子高生なら、デートだ何だと楽しい1日なんだろうけど……。
「バイトー!バイトー!」
今日は朝から晩までバイトである。
「有栖、バイトの魔法が使えるのか?」
何それ。
「この世界に……」
「魔法は無いんだったな」
いい加減に覚えて欲しいものだ。
「バイトって言うのは、まあ……ようするにお仕事? 働いてお金をもらうのよ」
「クエストか!?」
「違う、バイト」
「お、おう?」
きっと彼は3歩歩いたら忘れるだろう。
「今日はそのバイト先に、アルもついて来てもらうからね?」
「出撃だな? 剣は持って行った方が良いか?」
「いらないから」
つ、疲れる……元の世界に早く帰ってもらわないと私の身がもたないわ。
私達は軽く朝食を食べてから家を出た。
「良いアル? 周りをキョロキョロ見たりしないようにね? 恥ずかしいから」
「おう! おっ? 何だあれは!? あっちにも!」
このバカは1歩で忘れたようだ。
しばらく歩いていると、近所のおばさんに会った。
「あら、有栖ちゃんおはよう」
「おはようございます」
ペコリと頭を下げて挨拶をする。
おばさんは日課の犬の散歩中らしく、可愛らしい3匹の犬を連れている。
「くっ、バカな!?」
「え? どうしたの?」
おばさんと犬を見て身構えるアル。
嫌な予感がする。
「ケルベロスを飼い慣らすビーストテイマーだとっ?!」
ケルベロスと来たかぁ!
3匹だから3頭の魔犬に見えるのかなぁ?
「すいません、こいつちょっとゲームのやり過ぎで」
「有栖、下がれ! 俺が守ってや……るー?」
私はアルの手を掴んで一目散に走って逃げた。
「はぁはぁ」
「ケルベロスはかなり手強い魔獣だからな! 逃げるのも正解だぜ有栖!」
「やかましいわ!」
ヤバイ、これから何かとすれ違う度にやれケルベロスだ、やれヘルハウンドだと騒がれては洒落にならない。
どうしたものかしら。
「有栖、下がれ」
「今度は何!?」
振り向くと目の前には大きなハチが飛んでいた。
オ、オオスズメバチ?!
威嚇なのか、あごの部分をカチカチと鳴らしている。
「ひっ……」
「ふんっ!」
次の瞬間、目の前を飛んでいたハチが、刃物で斬られたかのように真っ二つに割れた。
どうやら、アルが助けてくれたらしい。
「この世界の魔物は小型なんだな? 今のはジャイアント・ビーだろ?」
「た、助けてくれたの? あ、ありがと……でも、この世界に魔物は」
「いないんだよな。 わりぃな物覚え悪いバカで」
自覚はあったのね。
その後は、ケルベロスにもヘルハウンドにも遭遇する事なく、無事に蘭菜の家であり私のバイト先である「藤宮書店」に到着した。
「ここが、ギルドか?」
「本屋さんよ」
「スペルブックが売ってるのか?」
「売ってないから」
漫才コンビよろしくボケとツッコミを繰り返しながら店内に入っていく。
店内はさほど広いと言うわけではないが、手入れが行き届いており、実に清潔感溢れる本屋さんだ。
入り口付近には、蘭菜の趣味全開のオススメコーナーがあり、異世界モノのラノベが大量に並べられている。
「お、来たね? 噂のアル君とやら。 君の話は有栖から聞いてるよ」
レジに立っていた蘭菜がカウンターから出てきて声を掛けてきた。
「おはよ、約束通り連れてきたわよ」
「ご苦労!」
本当に苦労したわよ。 これから色々と教育していかないと。
「ラ…ララ…」
蘭菜の姿を見て何故かふるふると震えている。
また、何かの魔物だとか言い出さないわよね?
「ラーナ!」
と、声を上げた瞬間、アルは蘭菜の手を取って体を引き寄せて抱き締めた。
「なっ?!」
「ありゃ?」
何してんのぉ!!
「ちょっと! アル! 離れなさいよ!」
抱き合う2人を必死に引き剥がす。
「はぁはぁ……」
「有栖ー、何でそんな必死になってるのかなー?」
な、何でだろう? わかんないけどなんかイラッとした!
「お前はラーナ……じゃないんだな?」
「残念ながら、私はラーナじゃなくて蘭菜なんだなぁ。 惜しいね」
ラーナ、そう言えばアルの仲間のメイジ?だかにそんな名前の女性がいたとか言ってたけどまさか?
「そっくりなんだよ……ラーナに、俺の妹に」
「あー、私のそっくりさんもいたかぁ」
偶然にしては出来過ぎてるような気もするけど、もしかして、アルの世界と私達の世界って、何か繋がりがあったりするんじゃ?
「すまん、妹が無事な姿を見せてくれたのかと思ってつい」
「いやいや、私は気にしてないよー。 そちらはご立腹になったみたいだけども」
「な、なってないから!」
「まあまあ、んじゃ有栖はレジお願いね」
「はいはい」
私は藤宮書店の銘入りのエプロンをつけてカウンターにある椅子に座る。
蘭菜はアルを連れて奥に引っ込んでしまった。
「な、何してるのかしら……」
『お、おい何を?!』
『いいじゃんちょっとぐらい……私、君に興味あるんだぁ』
ちょっと引き気味なアルの声と甘ったるい蘭菜の声が聞こえてくる。
『ちょっ! やめろ! 触るな!』
『おお、アル君良い体してるねぇ……。 どれこっちは……』
部屋の中で繰り広げられる会話を聞いて、頭の中でとてもいやらしい想像をしてしまう。
「何してんのぉ!!!」
「んにゃ?」
「あ、有栖……」
暖簾を捲って覗き込み、つい大声を出してしまった。
部屋の中では、蘭菜がアルの背後に回り込み、エプロンの紐を結んでいた。
藤宮書店の銘入りのエプロンの。
「今日からアル君にもバイト入ってもらうから!」
「えぇっ!! 面接は!?」
「異世界での経歴なんて参考にならん! 即採用!」
「逆でしょ?!」
「というわけだから、アル君は新刊の並べるのとか手伝ってねぇー」
「お、おう」
蘭菜は「いやー、力仕事できる人材探してたんだよねー」とかなんとか言いながら奥へ消えて行った。
ア、アルって仕事とか覚えられるのかしら……?
てか、この世界にアルの戸籍とか存在しないのに、その辺の手続きどうするつもりなのかしら?!
「ま、まあ私としては食い扶持が増えた分、稼いでもらわないと生活苦しくなるからありがたいけど……」
先行き不安である……。
アル君が蘭菜の家でバイトをすることになったけど先行き不安である。
ざばざばのもう1つの作品
あみ・だんふぁんす~幼馴染~も連載中
良ければそちらもどうぞ!