3.邂逅
部屋の前で行き倒れていた男性を、とりあえず部屋に運んで様子を見ているところだ。 本当は動かさずに救急車を呼ぶべきだったのだろうけど、そこまで頭が回らなかった。
その男性が、今しがた目を覚ました。
「……」
「あの、大丈夫ですか? あな……」
「おお! アリス! 無事だったか!?」
とりあえず、男性に状況を説明しようとしたところ、大きな声によって遮られた。
「あ、いえ、大丈夫か聞きたいのは私の方でして」
「おお、俺はなんともねーぞ。 なあアリス、あの妙な魔法に巻き込まれたのは俺はだけか? ウェインはどうした? 戦いはどうなったんだ?」
魔法? ウェイン? 戦い?
あー、ロールプレイってやつかな?
どっかでやってたコスプレイベントか何かの続きのつもり?
「あの、落ち着いてください」
「お、おぅ、すまねーな。 ところで、ここはどこなんだアリス?」
先程から、会ったこともない私の名前を呼んでいるけど、たまたまそう言うキャラがいる作品なのかしら?
「まず、ここは私の部屋です。 家賃格安のオンボロアパートです」
「アリスの部屋? いつの間にビナス村に戻ってきたんだ……ん? ヤチンとかオンボロアパートってのはなんだ……」
んー、なんだか面倒くさいな?
このロールプレイをまずやめてもらう必要がありそうだ。
「えぇとですね。 その何かのイベントに参加してらっしゃったみたいですけど、そのロールプレイ? て言うんですか? やめてもらえると助かるんですが」
これで良いはず。
「イベント? ロールなんとかってなんだよ?」
記憶が混濁しているんだろうか?
仕方ないな。
とりあえず、私が出来る状況説明だけして、さっさと帰ってもらおう。
「いいですか? あなたは先程まで、私の部屋の前で倒れていたんです」
「ビナス村でか? 俺達が戦ってたのはメティルの街だったはずだぞ? かなり距離がある」
「ここは、天衣町です。 ビナス村ではないですし、どこにもメティルなんて街は無いです」
「アマエ……チョウ?」
「あなたの家はどこにあるんです?」
「どこって、お前と同じビナス村で育っただろう?」
ロールプレイはやめてくれないし、なんか話は噛み合わないし。
どうすればいいのよこの人?
「はぁ……じゃあ、あなたが私の部屋の前で倒れる寸前の記憶、可能なら教えてもらえますか? どこで何してたんです?」
相手の話をまず聞くことにした。
これで何かわかればいいと思ったけれど、出てくることは意味不明な名詞や単語ばかり。
ちょっとロールプレイに入り込みすぎじゃない?
「ええとですね、ここはヴィエラザードとかいう世界でもなければ、魔法とか魔物とかそういう物は存在してないです。 いい加減にキャラになりきるのやめてください。 話が進みません」
さすがに嫌になってきた。
さっさと部屋から追い出してやりたくなってきた。
救急車呼んで、救急隊員に全部任せればよかったと今更後悔している。
「ヴィエラザードじゃない? 魔法も魔物も存在しない……?」
彼はそう言うと、掌を見つめながら何かブツブツと言っている。
ボッ!
すると、その掌の中に、赤々とした炎が突如として噴き出してきた。
「……魔法は使えるぞ?」
「嘘……」
ナニソレ? マホウ? そんなのマンガやゲームの世界の中の架空の力でしょ?
なのに、何なのこの人?
そ、そうか!
「トリックだ! 何か種があるんでしょ!?」
「とりっく? タネ? 何言ってんだ? お前も使えるだろ? 治療術だけは」
「使えません!! 私が出来る治療術なんて消毒して絆創膏貼るぐらいです!!」
「なんだそれ?」
お互いの話がまるで通じない。
もしかしてこれって……。
私は前に蘭菜から聞いたラノベ?の設定の話を思い出す。
最近はなんでも「異世界転生」だとか「異世界転移」なるジャンルが乱発しているのだとか。
それらのジャンルは大体が共通して「何らかの理由で、現実の世界からファンタジーなどの別世界に飛ばされる」という内容なのだそうだ。
それも所詮は創作物の中の話……だと思っていたが。
もし、そんなことが現実に起こり得るなら?
この青年は、異世界から現実世界に転生、もしくは転移してきた存在なのかもしれない?
「ま、まさかそんなことが現実に……でも現に未知の力で炎を……」
「なぁ、何ブツブツいってるんだアリス? さっきから言ってることもおかしいぞ?」
私は、不本意ながらその非現実的な可能性を前提に彼に状況を説明した。
ここが、あなたの知っている世界ではなく、地球という星の、日本という国の天衣町にある、私が借りているアパートという建物の一室であること。
この世界には魔法や魔物といった不可思議なものは存在していないということ。
まあ、霊とかそう言うのは専門家じゃないからわからないけど。
そして、私はあなたが知っている「アリス」という人とは、別人であるということ。
最初はよくわからないと言った様子で話を聞いていたが、外の景色や見たこともないであろう電化製品等を見せて上げて、ある程度は事情を呑み込んでもらえたみたいだった。
「つまり、俺は暗黒司祭の妙な魔法を喰らった結果、全く別の世界に飛ばされてしまったかもしれないってのか? にわかには信じられねぇな」
それに関してはこっちも同意見である。
しかし、そうなると困ったことになった。
当然この人は、この世界では戸籍もなければ住む家も、生きていく術さえないということだ。
どうしたものかしら?
「どうすれば元の世界に戻れる? 俺がこうしてる間にヴィエラザードの仲間が、アリスが危険な目に遭ってるかもしれねぇ。 すぐに戻らねぇと」
そうだ、何よりも彼を元の世界に戻してあげることが先決ではないか?
残念ながら私は異世界転生や転移というものに明るくない。
そう言うのに詳しい蘭菜に明日相談しよう。
いくら蘭菜でも実際に異世界転移人を見たことは無いだろうけど……。
「とりあえず、今日は休みませんか? 明日、友人に相談してみます。 戻れる希望は薄いと思いますが……」
「すぐには戻れそうにねぇ……ってことか」
なんとか理解を示してくれたようだ。
割と利口な人で助かった。
私は布団を敷いて寝転がる。
あ、布団1枚しかないわ。
んー……。
「気にするな。 慣れてる。 俺達みたいな冒険者は布団やベッドで寝るより、野宿の方が圧倒的に多いんだ」
「そうなんですね……」
眠りに着くまでの少しの間、彼の世界の話を聞いた。
少し前までは平和な世界だったこと。
突如として魔の軍勢が現れ、多くの冒険者がそれらとの戦いの最中にある事。
そして、片思いの相手の「アリス」という女性が、私と瓜二つであるということ──。