第三話:工房長との力試し
――プロエレフシの森で盲目の魔女とデブ猫のケッティにお世話になった。
今は近くの街に向け歩を進めている。
この少女になって今までの体と違い過ぎて違和感が大きい。
そんな事を考えながら、プロエレフシの森を出て三日目の昼。
南部から北東方向へ向かって扇状に伸びる山脈の中央部。
北西のプロエレフシの森から東の<港街シパリラ>に抜ける<崖の谷間の街アテゴラ>に着いた。
アダムとイブぐらいしか居ないと思っていた人間。
ところが、街には沢山の人がいて、その事に入ってすぐ驚いている。
それに街には思っていたよりもずっと活気があるようだ。
黒い靄に取り込まれ放出され、やはりかなりの時間が経っている世界なのか……?
結論つけるのは早いかもしれないが――
とりあえず街を歩いてみる。
「嬢ちゃん見かけない顔だな、それに随分と服がボロボロと言うか――どこから来たんだい?」
「えっと……気が付いたら森にいて、歩いているうちに街に辿り着けたのですが……」
「そりゃ大変だったな――これ持ってきな」
「ありがとうございます」
街道沿いを歩いていたら果実売りに声を掛けられ、果実を貰ってしまった。
余所者だが優しくして貰えたのは少女の姿だからだろうか?
貰った果実は箱舟で見た事がなく、緑色で梅のようにも見えるが、齧ってみると甘酸っぱくてサクサクと食感もよく、小さめの林檎のようだ。
名前は何と言うのかな?
「昔は山羊の放牧で生計を立ていたんだがねぇ――
十数年前あの男が街に来て変わったさ。
それからは、街の住人以外も広く受け入れるようになったねぇ」
「その男の人って……?」
「あぁ、それなら街の外れに工房を構えてるさ」
活気がありつつものどかだが、街を貫く街道には武器屋や道具屋が数件あり、傭兵や冒険者らしい者もよく見かけられた。
女性の冒険者に声を掛けてみたが、武器の質が良くそれを求めて集まって来ているようだ。
――得られた色々な情報をまとめると、どうやら一人の男が来てから変わったようだ。
街の外れにあると言う工房を探してみるか……。
街道から脇に入り、回り込むように崖の上を目指す。
木々が両脇に立ち並び、足元がゴツゴツとした細い山道をしばらく登って行く。
何本かの煙突が見えてきた。
――小さな工房を思い浮かべていたが違ったようだ。
山道の中腹より少し登ったあたり、煉瓦組み建物で入り口から中を覗くと、かなりの熱気と規模があり十数人の男達が耐火煉瓦で組まれた溶鉱炉や金床に向って作業をしているのがわかる。
「嬢ちゃん危ないから入っちゃダメだよ」
「こんな若くて可愛い子が鍛冶に興味を示してくれるなんて嬉しいじゃないかい」
「違いねぇ ワッハッハッハ」
覗いていたらオッサン達に絡まれた。
さてどうしたものか……しばし考え…………
「大きな煙突が見えて来てみたら景気のいい音が鳴り響いていたので気になって(テヘッ」
カワイイ風に演じてみたが、何やら場の空気が凍っている。
アレ……思ってた反応と違うぞ……
我のカワイイが通じないと言うのか…………
そんな変な空気の中で一人の男が近づいて来た。
それは周りが髭面でむさいオッサンばかりの中、引き込まれるような綺麗な顔立ちと、黒色のシャツの上からでもわかる締まった筋肉、裾に炎の刺繍が入った焦げ茶色の革エプロンが似合う美男子だった。
「この工房の長を務めているアザゼルと申します。何か御用でしょうかリトルレディ」
「えぇっと……アザゼルさん?」
「はい、そうですが」
こやつ、アザゼルと言ったな?
たしかに顔に見覚えがある。
だが自分と同じように翼がない。
――箱舟で工房区画を任されていた、本物の智天使だったアザゼルなのだろうか!?
「すいませんアザゼルさん、少し場所を変えて話させてもらってもよいですか?」
「えぇ構いませんよリトルレディ」
「時間を取らせてすまいません。
――あなたは智天使だったアザゼルですか?
あなたの作る武器が欲しわ」
「智天使とは一体何の事かな……リトルレディ」
「惚けてもその顔には見覚えがあるわよ、こんな身形だがルシファーだっ」
「はぁっ……?」
「だから、こんな体だが最強の熾天使だったルシファーだっ」
「たしかにボクは智天使だったが……
リトルレディ、どこでその名を聞いたか知らないが、ルシファーとは大きく出過ぎだぞ、あまり冗談が過ぎるとお仕置きが必要かな?」
「なればしょうがない、勝負するしかないわね」
「…………」
「どうするんだ?」
「そこまで言うならいいでしょう、勝負の方法はこの剣での一本勝負でいいかな?」
「うむ、異論はないわ、それで行いましょう」
こうして智天使だったアザゼルと剣で一本勝負する事なった。
ルシファーは数百年も前に姿を消したはず、今になって現れるわけがない。
アザゼルはそう考えていた。
――工房から山道を少し街道方面に戻り、武器の試し斬りなどを行う為に設けられた拓けた場所。
工房の鍛冶師達も何が起きているのかと相対する二人を見守る。
街の女性達もどこから噂を聞きつけたのか集まってきた。
「「キャァァーーッ アザゼルさま~ぁ」」
「誰かしらあの女の子、私のアザゼルさまに……」
アザゼルに黄色い声援が飛ぶ。
そんな事はお構いなしに剣を構える。
その構えはとても少女のものとは思えない安定感があるものだ。
「この体でまともに剣を振るうのは初めてなの、多少無様でも気にしないでね」
「はじまる前から言い訳ですか」
「いや……加減を誤るやもしれないからね」
「………………」
「私、ゴーベル・ラフィットが見届けさせて頂く。
勝利条件は片方の戦闘続行が不可能と判断できた場合、及び、降参を認めた場合とする。
それでは両者構えっ」
副工房長が前に進み出て空気が緊迫したモノに変わる。
そして――――合図と共に勝負がはじまった。
開幕動いたのはアザゼルだった。
力強い右足の踏み込みから突進突きで迫る。
左足を一歩下げ、右からの横斬りで剣を去なし、下から斬り上げる。
突進突きを横に振られた勢いを使って回転斬りに繋げたアザゼル
二人の剣が再び交錯し弾かれ合う。
「やりますね」
「うぬっ……力負けしているわね、体が小さい分これは不利だわ……」
「はぁぁぁぁっっっ!」
――気迫のこもったアザゼルの上段からの斬り下ろし。
切り裂くような音を立て右下に受け流す。
そこから火花を散せながら速度を上げ、尋常ではない打ち合いが続き互いに後ろに離れた。
「ふぅぅぅ。ちょっと試したい事があるのだけどよいかしら?」
「いいですよ――いつでも」
見届け人のゴーベル・ラフィットは目で追い切れない戦いに、どうしてよいか分からなくなっている。
激しい剣圧は周囲にも伝わっており、野次馬も予想以上の戦いに言葉を失った。
そんな人目など気にせず、私は剣に魔素を纏わせていく。
それは漆黒が強いが同時に白金も絡み合う。
白と黒の二重螺旋が剣を包み――更に剣先から伸びる。
先日、プロエレフシの森で身に付けた魔素操作の賜物だ。
周囲の空気がヒリヒリする。
「――――分かりました。ボクの負けでいいですリトルレディ…………いえ、ルシファー様」
「むっ、折角これからと言うところで……渾身の一撃を放てると思ったのに……」
「そんなのをここで使われたら街が無くなってしまいますから……」
「残念だわ…………」
アザゼルは少女に頭を垂れ負けを認めた。
私はほっぺたを膨らませつつ纏わせた魔素を飛散させる。
野次馬には何が起きたのか分からぬまま沈黙。
――私はアザゼルに連れられその場を離れた。




