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第二話:盲目の魔女と遣い魔

 ――森の守護樹に寄り添うように建てられたツリーハウスの一室。


「詳しくは分からないけど、森の湖付近に誰かが入らしたようね」


「ご主人様の結界に護られたプロエレフシの森に入って来るなんて……

 ただ者ではないですニャ」


「ケッティ、ちょっと見てきてくれる?

 問題なさそうなら丁重にお出迎えしてちょうだい、敵対行動を見せるようならいつものように――」


「かしこ参りましたニャ」



  ◇◆◇◆


 樹木が茂る森林の中。

 突如、空間に黒い(もや)が現出。


「たしか同士の天使達と箱舟から地上に――」


 (もや)から足を踏み出し地面に降り立った。

 記憶が混濁する中――周囲の樹々は背丈が高い。

 少し見上げれば葉と葉の間から細く優しい日の光が射し込んでいる。

 

 「これが木漏れ日と言うものだろうか?」


 箱舟では木は生えていても高密度になる程ではなかった。

 知識としては知っていても、自身で実際に体験するはじめてなのだ。


 周りを歩いてみる。

 隙間から射すの光と影の陰影が実に美しい。

 何もかもが新鮮だ。

 歩いていると湖があった。


「ぷはぁぁぁ水が美味いぃっ」


 手で水をすくい口に含むと久しぶりの有難みを実感できる。

 ――――でも、あれ声が違う?



 波紋が消えた水面に映った自分の姿。

 熾天使から堕天し、美しかった白金翼が漆黒へと変わった。

 魔素(マナ)も黒く――のはずだった……。


 ――だが、水面に映って居たのは八歳ぐらいの少女だ。

 髪は黒みがかった赤で、所々白金のメッシュが入っていて、背中の翼は無い。

 


「なんだってぇぇぇぇぇぇ!? なんじゃこりゃぁぁ!

 私は…………どうなってしまったんだ……」


 ――腰の剣は無くなっていた。

 ――着ている物は箱舟からの脱出時に中に着ていたシャツだけ。

 ――周囲の霊素(エーテル)と自分の魔素(マナ)は感じる事ができる。


 何が起こったのか考えてみるが、何が何だかサッパリだ。

 しばらくの間、水面に映る自分を見ながら途方に暮れ――分からないので諦めた。


「腹が減ったな……何か……」




 とりあえず周囲を索敵してみる。



「風の霊素(エーテル)よ、我が身に宿れ、<エアリアル・スキャン>」


 右手を上にかざし、自らの体に集めた霊素(エーテル)を空気中に伝播させ情報を得る。

 小さな獣や鳥が居るようだが、大きな獣は居ないようだ…………いや、何かが傍に現れた。


 ――自分の横に立つ木の影からにゅるっと液体のよう影が立ち上がり、ポヨンっと跳ねた。

 急に現れた影の首と思わしき部分をガッと掴み、下から上へと舐めるように観察する。


「……何だ?……デブ猫か、まだ猫は食べた事が無かったが、丸るっとタプタプしていて少しは腹の足しになりそうね」


「まっまっ待つのニャ!! そして、デブ猫って言わない!

 ご主人様の遣い魔たるウチをその辺の猫と一緒にされては困るのニャ

 ウチはケット・シー。ご主人様からはケッティと呼ばれてるニャ」


「ふむ、デブ猫のケッティ君が何のようかな?」


「……ぐぬぬ…………本来結界で外部から侵入できないはずの森に、あなたが現れたから見に来たのニャ」


「森か――それで、私と言葉を交わしたわけだがどうするんだ?

 事と次第によっては焼いて食べちゃうわよ」


「可愛い顔して何て惨忍ニャ…………

 ご主人様からは敵対しなければ丁重に家に招待するように言われてるのニャ」


「ほほうデブ猫の主人か、面白そうじゃない。

 招きに応じるとしよう……もちろん何か食べる物あるのよね?

 無いとお前を食べちゃうぞ」


「食べ物は大丈夫ニャ(凶暴過ぎて怖いニャ……ご主人様……)

 それではウチと手を繋ぐのニャ」



 ケッティと呼ばれる遣い魔のケット・シーと手を繋ぐと、影が底なし沼のようになり影の中に落ちて行く。

 不思議な体験なはずだが、この森に来た時の黒い(もや)に似ていた。



◇◆◇◆


 ――<シャドー・ムーブ>

 ――ケッティの魔素(マナ)によって影の中を移動して森の守護樹まできた。


 そこは木で出来た部屋だった。

 いや、樹をくり抜いたと言った方が正しいか?

 木の香りが漂い、天井は低いが部屋全体に丸みがあり角がない。


「ご主人様戻りましたニャ」


「ケッティとお客様ね。いらっしゃい、よく来てくれたわね。

 プロエレフシの森にお客様が来る何て、弟子達が巣立って行って……何十年ぶりかしらね……

 可愛い客人はお腹が空いてたんだったかしら?

 ケッティが食べられたら大変だから用意するわね」


 目の前に居たのは木製のロッキングチェアに揺られる女性。

 話の流れからすると数十年生きていようだが、箱舟にいたイブと比べても人間にしてはまだまだ全然若く見える。

 髪は月のように美しい白銀で、目は視力を失っているのかムーンストーンを填めたようだ。

 どことなく懐かしい気もするが……いまいち思い出せない。


 それにしても、アダムとイブが最初の人間だったはず。

 二人が箱舟から惑星の大地に追放させられて、そんなに月日が流れたのか?

 弟子がいると言う事は他にも人がいて、しかも数十年以上経っている……?


 転生?

 はたまた時間跳躍したと言うことか?


「こんにちは――――見えているのかな?」


「目は見えていないわ……

 でもね、今は霊素(エーテル)魔素(マナ)が見えるの。

 だから、あなたの体の輪郭や内側に秘めたモノは分かるわ…………

 地の霊素(エーテル)よ、我が身に宿れ、<イマジン・ゴーレム>」


 盲目の女性は地の詠唱で人間と同程度の大きさのゴーレムを生み出した。

 ゴーレムは滑らかな動きで食事の用意をはじめる。


 弟子を持っていただけあってかなりの使い手のようだ。

 増々ここがどこなのか疑問が深まるばかり……。

 

「そろそろ準備が整いそうよ、席に座って頂きましょう」

「美味しそうな香り――お腹に穴が開いてしまいそうだったから嬉しい!」

 

 それから目の前に並べられた料理を貪り食うように腹に収めて行く。

 食べながら少しおしゃべりもした。



 この森がプロエレフシの森と呼ばれている事。

 昔は近くの街に住んでいたが、落ち着ける場所を探して森に住みだした事。

 近くと言っても歩くと二、三日掛かるらしいが街がある事。

 森には結界が張ってある事。

 力の弱い動物は入ってこれるが、力が強かったり、巨大な物は入ってこれない事。

 


 そう言えば、さっきケット・シーが使った転移術は魔素(マナ)操作で闇に働きかけ、影の空間を歪曲させる事で影から影にならどこでも行けるらしい。

 今度自分でも使えるか試してみよう。


 自分の中ではついさっきまで百五十日間の激しい戦闘が続いていた、

 だがここは緩やかで和やかな空間だ。


 こんなに落ち着いて布団に入れた事には感謝しよう。

 本当は気を抜くべきではないのだろうが、何だか安心できてしまい深い眠りに落ちた。 



  ◇◆◇◆


 ――結局二日間世話になってしまった。


 盲目の女性から霊素(エーテル)だけでなく魔素(マナ)についても色々聞けた。

 知ってる事もあれば、新たな発見もあった。


 その中でも大きかったのは、本来魔素(マナ)は光と闇、陽と陰どちらかに偏るものなのだそうだが、堕天した事と黒い(もや)に入った事が重なってか、光が弱めではあるのだが両方の魔素(マナ)を使う事ができた。


 この特性を使って編み出したのが<重力崩壊魔法>だ。

 そして、重力崩壊魔法の一つで便利な物が<縮崩収納庫>だろう。

 中に物を入れると、情報を破壊する事で入れたと言う事象も無かった事とし、取り出す際には元の物に戻す。

 これで質量に関係なく大量に物が収納できると言うわけだ。


 ――まあ、入れる物が無くまだ使ってはいない……



「すっかり世話になってしまったわね。とても感謝です」


「あらあら、招いたのはこちらだし――また遊びにいらっしゃい、歓迎するわ」


「ありがとう、とりあえず教えてもらった近くの街に行ってみる」


「また遊びに来たらしょうがないからお腹ポヨンポヨンさせてやるのニャ(グスンッ」


 ケッティが強がりながら涙目になっていて、思わずもらってしまいそうになってしまった。

 …………腹を撫でてポヨポヨしながら抱き合い、森の守護樹を後にする。



「――行ってしまいましたニャ」


「そうね、何だかとても懐かしい気がしたわ」


「ご主人様の楽しそうな表情、久しぶりに見ましたニャ……」


「母が殺されて――いえ、今は思い出すのは止めておきましょう。

 ケッティあの子を見守っていてあげてくれる?」


「ご主人様がそれを願うなら――でも、病で辛いはずなのに平気ですか…………ニャ?」


「お願いね。私はそろそろ眠るわ…………」



 ――ケッティは影へと消えた。

 そして――盲目の女性は、街の広場に連れてこられた弟子の一人を夢で見る――――。

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