第十一話:スコルとハティ
――アラトト山脈、幻獣フェンリルが百体近い天使の中隊と対峙していた。
隊をまとめていると思われる数体の天使以外は、皆同じ仮面を付けている。
周囲の木々から煙りが上がった。
臭いで私の鼻を利かなくしようとしているのか――
「まだ住処たる山を奪うとは――許せぬ…………ウォォォォォーーーーンッ!」
フェンリルが魔素を乗せて咆えた。
<ハウリングバイト>と呼ばれる遠吠えで、それは空気を震わせ周囲を数秒だが麻痺させた。
地を蹴り、木々をすり抜け、加速し、天使達の喉元を爪や牙で掻き切って行く。
しかし、天使の数が多すぎる。
麻痺から回復した天使達が剣を抜き、槍を構え、弓矢を射てくる。
自慢の脚で回避するが全てを避けきる事はできない。
ジリジリと削られていく――
「所詮は犬っころだ! さぁ狩るぞ!」
「私を犬と一緒にするなぁぁぁっ!」
魔素全身に纏いフェンリルが犬と叫んだ小隊長と思われる天使へ牙を向ける。
――<クレセントファング>。
瞬く間に距離を詰め、牙と両前足の爪による三連攻撃だった。
指揮していた天使は上半身を失い地面に倒れる。
「くっ……!」
「怯むな、一斉に掛かるぞっ」
単体としての力量はフェンリルが圧倒していた。
いつもの分隊程度の人数なら既に決着はついていただろう……
更に襲い来る天使達を屠る為、頭の上あたりに魔素を急激に凝縮。
――<エクリプスインパクト>
空間に穴が開き隕石が顔を出し、既に焼かれた木々の側に立っていた天使達に降り注いだ!
多くの魔素を使い、体も傷だらけで満身創痍での渾身の一撃により、百体近くいた天使の中隊は壊滅させた。
だが――何か違和感を感じる。
近くの倒した天使の仮面の下を覗く。
三体程確認したがそれらは同じ顔をしていた。
「ハァハァ――――――これは…………」
っと次の瞬間。
新たに仮面の天使が再び現れたのだ。
「!!!」
今回は仮面無しは見られず、全て仮面のようだが数が先程と同程度いるようだ。
一体どうなっているのだ――
現われた仮面天使はフェンリルに襲い掛かった。
当然それに応戦する…………
◇◆◇◆
――フェンリルが天使達の戦いがはじまってから二日が過ぎた頃。
「静か過ぎるわね……」
「それに血と色々な物が焼けた臭いが漂ってますニャ」
麓はそうでもなかったが、進むにつれ木々の燃えた痕がそこかしこにある。
鳥などの気配は感じられず、黒竜の鱗で作られたブーツの音がコツコツと鳴り響く。
鎖帷子がきつくなり、私はホワイトコードヴァンのオイルレザーワンピに身を包んだ。
ケッティは人型で深めのスリットが入ったローブにパンツスタイル。
二人でアラトト山脈を登り、中腹まで来たところで洞窟を発見しケッティが何かを感じた。
「何か奥に居るニャ」
「気をつけなさい」
「はいニャ」
「雷の霊素よ、我が身に宿れ、<ライトニング・ナイトヴィジョン>」
両手の平を合わせ、雷の霊素を擦り合わせ眼に当てた。
眼が紅く輝く。
それは、電磁波を作り出し赤外線を制御し被写体に照射、反射光を捉える事で夜目同様の効果をもたらすものだ。
腰から剣を抜いてゆっくり奥へと進む。
洞窟内は湿り気があり、天井は低く屈まないと頭をぶつけそうだ。
冷たい風が抜けて行き、気配が強くなった。闇の中に何かが居る。
「グルルゥゥゥ」
うねり声と一緒に現れたのはコロッとした赤と銀。
犬よりは大きく感じるが、聞いていた幻獣フェンリルではなさそうだ。
不安と怯えなのだろうか震えながら威圧してくる。
ケッティは人型からデブ猫へと姿を変えた。
狼達は尻尾を高く上げ少し曲げている。
警戒しているのだろう。
剣を鞘に納めなるべく威圧しないようにする。
「ウチはケット・シーのケッティなのニャ」
「ボクはスコル」
「私はハティなのぉ」
自分達より小さくなったデブ猫にビックリしつつ二匹は言葉をしゃべった。
赤毛のスコルと銀毛のハティ。
気持ちよさそうな毛並だ。モフモフしたい。
「ここで何をしてるのニャ?」
「ボク達は母さんがここで待ってろって言ったから待ってるんだよ」
「でも私、ここは暗いし寒いから嫌~い」
「そんな事言ったって母さんの言いつけは守らないと」
「スコルとハティのお母さんってどんななのニャ?」
「母さんはねぇ 大きくて、強くて、カッコよくて、優しいんだよ」
「母さんいい匂いがするのぉ」
この子達より大きくてか……
「君達のお母さんはフェンリルなのかしら?」
「そうだよ!」
「そうなのぉ」
とても純粋な瞳で素直に教えてくれた。
「それでお母さんは今どこにいるのニャ?」
「う~ん…………」
「待ってろって言われただけだからわかんないのぉ」
「一緒に探しに行く?」
「探しに行きたいのぉ」
「でも母さんに言われた事は守らないと……」
尻尾を振ったり、ペタンと下に垂らしたりしている。
「何かあっても守ってあげるわよ」
「う~ん、どうしよう……」
「私、早く母さんに会いた~いのぉ」
「ちょっとだけなら母さんも許してくれるかな?」
スコルとハティは凄く悩んでいる。
――探しに行きたい気持ちを抑えるのが難しくなってるようだ。
「ウチも怒られる時は一緒に怒られてあげるのニャ」
「ほんとぉ~?」
「じゃぁ行っちゃう――――」
デブ猫がナイスアシストを発揮した!
こうしてデブ猫姿のケッティを先頭にスコルとハティが列を成して洞窟を出る。
「母さ~ん、どこにいるの~ぉ」
「少しだけど母さんの匂いがする?」
あまりに変わり果てた表の状況に不安な気持ちを抑えられないのか、微かに感じる事のできた母親の匂いを頼りに二匹は走り出した。
「あそこに母さんがいるのぉ……!?」
「母さんは強いから、何にだって負けるはずない……」
地表が大きく抉られクレーターとなった場所の中心にフェンリルは横たわっていた。
その周囲には仮面をつけた天使だったと思われる者が転がっている――その数は数百体。
とてもフェンリル一匹で倒したのか疑いたくなる状況だ。
「待てっ――罠だわ!」
静止を聞かずスコルとハティは母親たるフェンリルの下に駆けつけようとする。
「スコル……ハティ……逃げなさいっ」
「母さん、母さん、母さん」
「早く逃げなさい、母さんはもう魔素がないの……
魔素の生成器官も破壊されてしまった。長くはもたない…………」
「ボクが……ボクが母さんを咥えてでも連れて行くからっ」
「私だって咥えるのぉ」
その時が地面に無数の影が落ちた。
フェンリルを中心に回転している。
見上げるとそこには地面に転がっている者と同じ仮面の天使が飛んでいた。
「奴らが来た――どうして母さんのお願いを聞いてくれないの!?
お願い、聞いて…………」
「何言ってるの、母さんを置いてなんて行けないっ」
「そこにいる者よ、子達を連れて逃げて……」
「お前達を助けるわっ!」
「行ってはダメ! あれは尋常じゃない…………」
「何で、何でだよ、何でこんな……」
「母さんを助けてお願いなのぉ」
「…………」
「くそっ 離せ、離せよっ――まだ母さんがあそこに…………!」
「ありがとう。
スコル、ハティ、生きて……」
上空を飛んでいた仮面の天使達が一点を目指し急降下をはじめた。
鳥に啄ばまれるかのように仮面の天使達がフェンリルに殺到し剣や槍で刺して行く。
「うぅぅぅぅぁぁぁぁぁ」
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
スコルとハティが無残な母親の姿に絶叫した。
そして、急に天使達が攻撃をやめ散開して行く。
「に、逃げて……早くにげ、逃げて…………」
次の瞬間、眩い光に包まれ、空に魔素が収束して行く。
流れ落ちる滝のように光が叩きつけ降り注ぐ。
「これは極大魔法!?」
「母さぁぁぁぁん」
「離れなきゃだめよっ」
爆風に飛ばされそうになるのを堪える。
大切な存在を天使達に殺される光景。
奪われるのを黙って見ているしかない無力さ――――
この日、仮面の天使を知った。
それは私の知らない者達だった。




