7話「侵攻と侵略」
「⋯⋯」
「どうしましょうか⋯⋯」
「そうですわね⋯⋯」
「すぅ⋯⋯すぅ⋯⋯」
ダンジョンの最下層。レイジ、パンドラ、エイナの三人が頭を抱え悩んでいた。テトラに関してはレイジの膝の上で穏やかな寝息を立て寝ている。
「まず、最優先に行うのは【ダンジョンマスター】の協力を取り付けることだ」
「そうですわね。このままですと孤立してしまいますからね」
「でもぉ⋯⋯これじゃあぁ⋯⋯」
「⋯⋯ああ」
三人が見ているのは地図である。それは、大陸移動が起きた大地震の二日後にネットで公開された新たな世界地図だ。
大地震の後で大きく変化したのはアフリカ大陸、オーストラリア大陸、南極大陸の三つの大陸と北極圏だった。
日本を中心とした世界地図で、オーストラリア大陸は大きく上昇しその動きに付随する様に周辺の小さな島々も上昇した。
そして、南極大陸も北上、北極圏は南下を起こし、最も大きく動いたアフリカ大陸に至っては南極大陸とユーラシア大陸の間にあるインド洋を埋める様な形で移動した。
最早、見ただけで一変していることがわかる。そして、殆どの国が海上を経由しなくても移動できるくらいに近づいていることも分かる。
まるで世界が一箇所に集められた様な移動が大地震の後に確認された。そして⋯⋯
「この十箇所の内のどれかが俺たちがいる場所だな」
大陸の移動に伴って現れた十箇所の新たな陸地。大きさは米粒程の点にしか見えないがちょっとした町くらいは作れる大きさだろう。
そして、場所は様々。米国と露国のど真ん中に位置する場所もあれば、元の太平洋や大西洋のど真ん中に出来ている陸地もある。
しかし、それらは例外なく攻め込める場所に位置していた。必ず移動した大陸の何処かとかなり接近している。恐らく、ボートでもあれば問題なく行くことができるだろう距離だ。
そう考えると米国と露国の間にある陸地はかなり不利だろう。更に言えば、その陸地は北海道からなら渡航圏内だ。
「この場所は最悪ですわね。色んなところから攻められてしまいますわ。それに比べて此方は良いですわね! 此方の小さな島と此方の大きな島からしか行けませんわ」
パンドラが示す場所は太平洋に現れた陸地であり、パンドラが言う小さな島とは日本のことで、大きな島というのは北アメリカ大陸のことだ。
どちらからも行けないことはないが明らかに日本、と言うより東京から行った方が速いだろう。なんせ、距離は九州と沖縄くらいも無いのだから。
「まあ、何にしても自分たちがどこにいるかを知りたい⋯⋯知りたいんだが⋯⋯」
そう、ここまではレイジ達は結論が出ていた。後は、外に出て調べるだけなのだ。しかし、
「ゼーレの奴どこ行ったんだよ⋯⋯」
肝心のゼーレがこの場にいないのだ。姿をくらませたのは帰還した次の日から。その日からゼーレが忽然と姿を消したのだ。
ダンジョンの魔物は外に出ることはできない。出てしまえば自我をなくしてしまうから。そして、ダンジョンマスターが外に出る場合はアドバイザーの魔物と一緒でなくてはいけない。いけない理由は分からない。そうゼーレに教えられたからだ。
そんな風に悶々としている三人の前に一つの人影が現れた。
「⋯⋯ますたー⋯⋯ただいま⋯⋯」
現れたのはミサキ。息一つ見出すことなく平然と現れたがその表情は普段の無表情より幾分か暗い。
「お帰りミサキ。その様子だと⋯⋯」
「⋯⋯ん⋯⋯だめ⋯⋯お姉ちゃん⋯⋯どこにもいない⋯⋯」
「そうか⋯⋯因みに、どこまで探しに行ったんだ?」
「『あんこく』と⋯⋯『はかば』は⋯⋯ほとんど⋯⋯『がきどう』は⋯⋯ちょっと⋯⋯みてきた」
「そうか⋯⋯ありがとうな」
「ん⋯⋯」
『暗黒』はレイジが購入したペンと紙である程度の地図を作り隅々まで、『墓場』に関しては屋敷以外は調べる場所もないため屋敷の中を探して来たのだろうとレイジは察する。
そして、お礼を言われたミサキは先程より幾分か明るさを取り戻し、トテトテとレイジの背後に回るとお互いの背中が向き合う形まで移動しその場で腰を下ろした。そして⋯⋯
「⋯⋯ミサキ?」
「⋯⋯ん⋯⋯?」
ミサキはレイジの背中を椅子の背もたれの様に自分の背中の支えにした。お互いを信頼しきっているかの様な背中合わせのポーズ。ミサキは体重を預ける様にしてそのまま伸びまで始めた。
「⋯⋯あのなミサキ⋯⋯」
「⋯⋯ごほうび」
「え?」
「⋯⋯がんばった⋯⋯ごほうび⋯⋯くれないの⋯⋯?」
甘える様に訴える弱々しい声。どんな表情をしているかは背中越しのためわからない。しかし、今まで聞いたことのないミサキのそんな声にレイジは今まで感じたことのない胸の高鳴りを感じてしまった。
「⋯⋯だめ⋯⋯だった⋯⋯?」
「⋯⋯ッ」
レイジの中で葛藤が起きた。
普段なら血液だの眼球だの内蔵だのと要求してくるのに何で今日に限っては萎らしく甘えてくる!?
何か企んんでいるのか? 本当の狙いは何だ?
「⋯⋯」
「⋯⋯」
どう返事をすべきか考えるレイジとどう返事が返ってくるか待つミサキ。そして最初に折れたのは珍しくもミサキだった。
「⋯⋯ごめん⋯⋯なさい⋯⋯」
小さくそう呟くとゆっくりと預けた体重を戻して行った。それに比例してレイジへの負荷は減るが同時に感じていた大切な何かまで減ってしまう。
「⋯⋯ッ」
温もりか、信頼か。どちらにしてもレイジの口から出た言葉はレイジ自身にとっても意外なものだった。
「⋯⋯いい」
「⋯⋯え?」
「⋯⋯このままで⋯⋯いい」
「⋯⋯ほんとう⋯⋯?」
「ご褒美なんだろ?⋯⋯いいよ」
「⋯⋯ん!」
何故だろうか、如何してかなんてどちらでも良かった。いずれにしてもそれ等を失うことをレイジが拒んだのは必然的であって本能的だったのかもしれない。
何にしてもレイジから許可を得たミサキはゆっくりと戻した体重を再びレイジの背中に預けてその背中から伝わる温かさをじっくりと噛みしめた。
その表情は何処か晴れ晴れとして取り憑いていた何かが抜け落ちた様にも見える。幸せそうなその表情のままミサキはゆっくりと瞼を落とした。
「⋯⋯いいですわねミサキ様は⋯⋯」
「こらこらパンドラぁ目が怖いわよぉ?」
「ッ!? そ、そんな⋯⋯に、睨んでなんかいませんわ!」
「そんなこと言ってぇ、羨ましいのでしょうぅ?」
「そ、そんなことは⋯⋯」
「まあぁ、あなたの場合ですとお兄様の後ろから抱きついてしまいそうですけどねぇ」
「そ、その様なはしたない事は⋯⋯!」
「とか言ってぇ⋯⋯顔が赤いですのよぉ? あ、耳まで赤いですわぁ!」
「〜〜ッ」
このダンジョンでは先輩であるエイナからのちょっかいにパンドラも色んな意味で落ちていた。
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
「さて、脱線したが話を戻すぞ」
各々の暗黙の了解で入った休憩を経てレイジが口を切った。
依然としてレイジの膝の上にはテトラが寝息を立て寝ている。そして背中にも同様にミサキが静かに寝ている。
エイナも口元をニヨニヨさせながら多少治ったもののまだ熱を帯びているパンドラを眺めている。パンドラはそんなエイナからの視線を逃げるように色々な方向を向いているがその度にエイナも移動しているためあまり効果が無い。
「ゼーレが居ない今、俺たちにできる事はかなり狭まってしまう」
「それ! でしたら! どう! するの! でしょうか!」
「パンドラぁそんなに頑張って逃げなくてもいいではないですかぁ? 可愛いのにぃ」
「そ、そんな事でか、か、可愛いだなんて言われても、う、嬉しくありませんわ!」
「ではぁ面白いではどうですかぁ?」
「もっと嬉しくあるませんわ!」
若干、蕩けたような笑顔が加わったエイナの表情。心の底から楽しんでいるように見えるがその分パンドラへの哀愁が重なっていく。
「はぁ⋯⋯エイナ、ちょっと止めてくれ。話が進まねえ⋯⋯」
いい加減見ていられなくなったレイジはエイナを止めに入った。
その言葉を聞き少し申し訳なさそうにそそくさと元いた場所に戻るエイナと嬉しそうにレイジ振り返るパンドラ。
「あ、貴方様っ!」
そんなレイジがまるで救世主のように見えたかパンドラは目をキラキラと輝かせ両手を胸の前に合わせ拝み始めた。
しかし、パンドラにはレイジの顔が見えていなかった。その口元が悪戯する子供のように吊り上っているレイジの顔が。
「やるなら話が終わった後に存分にするといい」
「貴方様っ!?」
「はい!」
一変。
救世主とまで拝んでいたレイジからの数秒の裏切り。目が飛び出しそうになる程開き愕然とした表情になるパンドラと反して大きく開いた目を一層輝かせ大きな声で返事をするエイナ。
この話し合いの後に二人の間で新たな絆が出来上がるのは言うまでもないだろう。
「で、俺たちができるのはもう“待ち”しかできない」
「“待ち”ですかぁ?」
「⋯⋯待つ、と言うことは侵入してくる人間をですわね」
「ああ、パンドラの言う通りだ。やってきた人間を生け捕りにして今いる場所を確認する。できれば現代がどんな状況かも知りたい。ネトだけじゃあ分からないこともあるからな」
「なるほどぉ」
「ですが、新たにくる人間を待つと言うのはかなり時間がかかってしまうのではないでしょうか?」
「ん? 何でだ?」
「貴方様の世界では魔物やダンジョンは無かったのではないのですか? それでしたら幾ら何でも対応が遅れてしまうのではないでしょうか?」
「ああ、そうか言ってなかったな。実はな⋯⋯」
レイジはネットで調べた現代の情報を伝えた。
魔法が使えるようになったこと。魔物が現れ始めたこと。そして、現代の科学というのがどれほど危険であるかを。
「成る程⋯⋯その様になっていたのですね。地図を見せていただいた時不思議に思っていたのですが⋯⋯『人工衛星』とは⋯⋯恐ろしいですわね」
「でもぉ、それほどの技術があるのならその『じんこうえいせい』と言うのでダンジョンを攻撃できたりするんじゃないですかぁ?」
「た、確かにッ⋯⋯!」
「いや、それは微妙かもしれないな」
エイナの突発的で恐ろしい発言に戦慄するパンドラを横にレイジはその可能性はかなり低いと見積もって否定した。
「ど、どうしてでしょうかぁ?」
「確かに人工衛星からの攻撃も可能だろうな。それに、ミサイルや他の兵器での長距離攻撃も出来るだろう」
「でしたらっ!」
「だが、攻撃があってもダンジョンに被害が起きる可能性はかなり低い。大体、考えてみろ。あの勇者の攻撃ですら壊れたのは扉一枚。それよりも数段劣る様な兵器じゃあ破壊もできないし、かと言ってそれを超える兵器⋯⋯核兵器なんて使えばダンジョンどころか他に周辺国まで海に沈むぞ」
「な、成る程⋯⋯」
「そうなのですかぁ? 安心しても良いのですかぁ?」
「まあ、絶対ないとは言い切れないが当面は心配ないだろうな」
「そうですかぁ⋯⋯でしたら何も心配ありませんねぇ」
「そうだな⋯⋯異世界にいた勇者ほどのやつがやって来ない限りはな⋯⋯」
三人の間に重い空気が訪れる。いきなり魔法や何やらが出てきたこの地球ではそんな存在は居ないと思っているが⋯⋯何かが欠けている。そんな感じが三人の不安を拭い切らせてくれない。
「取り敢えず、当面は問題ないがその間にーーー」
ーービービービーッ! ビービービーッ!
レイジの言葉を打ち消す様に大きな警告音が最下層の中を響き渡った。
一斉に音の発信源に振り返る三人。ミサキやテトラもまたその唐突さと大きさに驚きながらも振り向く。全員が見た先には、
ーービービービーッ! ビービービーッ!
今も鳴り続ける髑髏の水晶があった。更に、その透明な体の中で赤色が点滅して緊急性を伝えている。
これはレイジがゼーレから【ダンジョンコア】の機能を聞いた時に設定したものだ。レイジ自身への悪影響を減らすために【ダンジョンコア】に侵入者の感知を担ってもらっている。
「噂をすれば何とやら⋯⋯か」
「ですわね」
「どんな人間が来たんでしょうかぁ」
「あ、それなら確か⋯⋯」
レイジは思い出したかの様に水晶の両耳をいじった。耳穴の中に指先を入れた。
適当に動かして探しているうちに起動する何かに触れたのか突然髑髏の眼球から映像が映し出された。
「お、出たみたいだな」
「「「「⋯⋯」」」」
「ん? どうし⋯⋯っ!」
先程まで明るかった雰囲気を一変させ不自然な四人の反応にレイジも映し出された画面を見た。そこには⋯⋯
「何でだ!?」
数種類の魔物が徒党を組んでダンジョンの中に侵攻して来ていたのだ。
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