5話「【人類】」
〜日本政府〜
装飾が少ないが、その分だけ掃除が隅々まで行き届いており清潔感を感じさせる一室。大きさは会議を行うには十分な広さがあり、中心にはいくつもの席が設けられた円卓が面積の大部分を取っている。
そして今、円卓の席が全て埋まり今後の日本の行動方針を決める重要な会議が開かれていた。
「今回発生した地震、台風の被害状況が甚大であり、各都道府県の交通機関は全て停止、一部の地域では停電にもなっています。しかし、この被害での負傷者は多いものの死者は一人も出ていないのが現状です」
そう言って一通りの報告を終えた男性は手に持っていた資料を円卓に置き、着席した。
「これだけの規模で死者が無いのは幸いだったが⋯⋯」
「交通機関がな⋯⋯それに停電⋯⋯」
「停電の方は大した問題にはならないのではないか?」
「何を馬鹿な⋯⋯」
報告の内容に室内が騒めく。左右に座る人同士で現状を省み、各々の意見を口々に零し対応策を模索しているのだ。
「では静粛に」
騒めきを見ていた男性は頃合いを見て声を張り上げた。その力強い声を聞くと騒めきは一瞬にして静まり、座っていた全ての人が男性を見た。
「それではその他報告と対応について検討していきましょう。進行は私、春日義政が行います」
春日義政、日本の官房長官を務める重鎮だ。
正しくスーツを着こなすには勿論、優しげな垂れ気味な目尻や少し広めのおでこは正にお爺ちゃんを彷彿させる。そして、先程の静かで力強い声はそのイメージを更に加速させる。
「現在の被害状況は今聞いた通り。これらについての対応の方を各自お願いします」
「では私から」
真っ先に手を挙げたのは文部科学省の長、文部科学大臣を務める小林忠文科大臣だ。
七三にキッチリと分けた髪型にぽっちゃりとした丸顔。少しきつそうなお腹を張り、席から立ち上がった。
「現在の停電についてですが問題ないでしょう。と言うのも、先日お伝えした新原子Mによるエネルギー供給の実験が成功したためです。恐らく、明日にでも全地域で停電は解消されると思われます」
「ふむ、そうですか。では停電については問題なさそうですね。では、交通についてはどうでしょうか?」
「はい」
春日官房長官の問いかけに小林文科大臣と入れ替わりで立ち上がったのは国土交通省の長、国土交通大臣を務める石田浩一だ。
黒縁の大きめのメガネに短く切りそろえられた髪。いかにも仕事ができそうな雰囲気を撒き散らしながら席から立ち上がった。
「こちらはかなり深刻でしょう。航空と鉄道、この二つの被害は特にです。航空の方はほぼ全ての滑走路が浸水または地震の影響で使用ができません。鉄道の方も線路が歪んでしまい普及には時間がかかるでしょう。現在使えるのは海上と一般道路。この二つは一部地域を除き比較的被害が少なかったため物流は何とかなると思われます」
「ふむ、不幸中の幸いと言うところですね。国外の方はどうでしょうか」
春日官房長官はそう言いながら一人の人物へ視線を移した。そして、返って来た返事はこの厳かな場所では信じられないようなものだった。
「どうもこうも面倒でしたよ」
片手をヒラヒラと振りながら答えたのは外務省の長、外務大臣を務める河岸秀介だ。
弱冠三十八歳と言う異例の若さで大臣の地位にたどり着いた天才。
後ろで束ねる髪型に、渋さを求めたようなちょび髭。そして、鋭く吊り上がった目は相手の嘘を見抜くと噂される程だ。
しかし、そんな河岸外務大臣の態度を快く思わない人物も当然いる。そして、その筆頭は石田国土交通大臣だ。
「っ! 河岸! お前失礼だぞ!」
「はい? 石田さん、今発言しているのは俺ですよ? 貴方の方が失礼じゃないんですか?」
「な、なにい!?」
「そうですね。石田さん、落ち着いてください。今は河岸君の方を優先しましょう」
「し、しかし春日さん⋯⋯」
「報告が先ですよ」
春日官房長官の重圧。幾多の戦場を戦い抜いた猛者の様な威圧と鋭い眼光にまるで、蛇に見られた蛙の様に石田国土交通大臣が萎縮してしまう。
そして、我慢しきれなくなった石田国土交通大臣は内心悪態をつきながらゆっくりとその腰を下ろした。
「では河岸君、報告をしてください」
「おおう、こっわ⋯⋯」
「河岸君」
「では報告しますよ」
石田大臣を落ち着かせた眼光が飛び火しそうだと感じた河岸大臣は素早く立ち上がり口を開いた。
「まず、地震による国境の変化ですがこれについては大きく問題にはなりませんでした。って言うのもそもそも国境に変化が起きなかったんですよね。大陸が近づいたってことだけで衝突が起きなかったためです。次に、新たに出来上がった十カ所の陸地ですがこれについては領域内の国は管轄すると言うことで合意させました」
「ほう、『合意させました』とは⋯⋯ずいぶん強気じゃないか」
「⋯⋯はっ、偽善者め」
「他の者は静粛に。河岸君、続きを」
「輸出入の方は海上を経由するため現状維持。外国為替なんかも大きくは変化しないでしょうね。ここまでは良かったんですけどね⋯⋯問題は魔物ですよ」
魔物。その言葉が河岸外務大臣の口から出た瞬間室内の空気が一変した。
正体不明の未知の生物。突如現れ、破壊や殺戮を繰り返すだけの害獣。そして今や、その害獣は世界各地で発見⋯⋯否、見つけ次第駆除するまでになっている。
主に駆除に参加しているのは冒険者、軍だがそれでも収まらない場合は民間人にも協力が依頼される程に厄介になってきている。
「魔物の問題と言うのは国境の問題に関係してきたんですよね。大陸が繋がってしまった以前に魔物の移動が起きているんですよ。そこで、移動した魔物は国境を越えたらどちらの国が処理をするのか、って言う問題です。これについては小野塚さんの方が詳しいです」
「では、小野塚君」
「ええ」
春日官房長官に指名され立ち上がったのは防衛省の長、防衛大臣を務める小野塚吾郎だ。
角ばった顔立ちであるが、その表情は柔らかく、常に笑顔でいる。怒ったところを一度も見たことがないと言われるほどだがその一方で、注意の仕方が静かで怖いとも恐れられている。
「河岸君が言ったっ通り国境を挟んでの魔物の移動は例はないですが、今後起きるかもしれない事態の一つとして検討中です。それと、私からの報告もさせてもらいます。現在の国内の魔物ですが軍、冒険者達の力では全域は守れないようです。その為、各都道府県の県庁所在地や都市部を中心に防衛に回ってもらっています」
小野塚防衛大臣の言葉に室内が騒めき始める。しかし、それも仕方ないのかもしれない。今の発言では都市部は守れているが山間部の方は既に手遅れだ、と言っている様なものなのだから。
「⋯⋯ふむ、国内の事態は皆さん把握できましたね? 他に報告がある方はいますか?」
騒ついていた室内が徐々に静かさを取り戻していく。そして、春日官房長官が一通り見渡し誰も手を上げないことを確認してから再度口を開いた。
「では、最後に総理の方からお伝えしたいことがあるとのことです。では総理、お願いします」
春日官房長官の言葉で一斉に視線が動く。視線の先は春日官房長官の隣であり、円卓で最も中心な場所に座っている人物へ向かった。
跡部三蔵総理大臣。
日本と言う国の行政に置いて最高権力を持つ男。パリッとした雰囲気と口元の伸ばした髭が特徴的であり、その髭は毎日手入れを欠かさず行っているため不潔さは無く、寧ろ愛嬌を見せる。
「まず始めに、この緊急事態に適切且つ迅速な対応をご苦労様です」
天賦のカリスマ性か。跡部総理の労いの言葉に条件反射のように首を下げてしまう者すらいた。
そして、跡部総理は一つ間を置き全員の耳に自分の言葉がすんなりと入るタイミングを計った。
「では、まず今回の地震や台風などの自然災害についてですが、これは予測されていた物と言うのは以前お話ししたでしょう」
跡部総理は確認にため円卓を一通り見渡す。その誰もが頷いたり、瞼を落とすなど肯定の反応を示す。
「そして、その話と共に話題に出したのが伝達方法です。世界各国に送られた手紙。その全てが同時刻に配布され、厳重なセキュリティを全て突破し、未だに証拠一つ現れない前代未聞の方法でした」
当時は閣内で大きく問題となり騒がれたが今となっては誰一人騒ぎ出る者は居なかった。警備やセキュリティを強化し、今となっては二度目が起きていないからだ。
しかし、室内の中には跡部総理がその話題を出した事で嫌な予感を感じ額を薄っすらと湿らせる者も居ないことは無かった。
「そして今回⋯⋯同様の方法で新たに一通、私の元に届きました」
「「「「「なっ!?」」」」」
跡部総理の言葉に静まって居た円卓が一瞬にして喧騒に変わる。しかし、
「静粛にっ!」
ある程度予測していたのだろう間髪を入れずに春日官房長官が力強い声で場を鎮める。
先ほどと同様⋯⋯とまではいかなかったが騒めきをは一人、一人と静まり次第に静寂を作った。
「皆さんが驚くのも無理はないでしょう。あれから一年。狙ったように行われた匿名の手紙。現在、各国のトップはこの手紙の内容を前回の手紙同様に信用するものとしました」
二度送られて来た手紙。一度目に書かれていたものは地震や台風などの自然災害の予測とダンジョンと呼ばれる新たな陸地の予測。
そして現在その予測はどちらも的中し、予め準備していたため混乱は招かれたものの最悪の事態は無かった。そして今回も同じような事になると世界は共通認識を改めたのだ。
「それでは、手紙を開きます。この手紙は今日のこの会議の直前に届いたものです。当然、他の国々に確認しましたが同様の時間に届いています」
そう言って跡部総理が懐から出したのは一見普通の茶封筒。封はしっかりとされており、郵便番号などの記載は無く、唯一書かれているのは表面に『日本政府へ』と言う宛先だけだった。
「この封を切らないでこの場に持って来たのは信頼を得るためだと思ってください。では⋯⋯開けます」
茶封筒から現れたのは一通の用紙。何の変哲も無いコピー用紙に見える。そしてそこには、
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【ルール説明】
一つ、参加者は【魔王】【ダンジョンマスター】【人類】の三勢力である。
一つ、【魔王】は一人、【ダンジョンマスター】は九人、【人類】は推定数約七十八億人を参加者とする。
一つ、【魔王】の勝利条件は全ての【ダンジョンマスター】及び、全ての【人類】の死亡、もしくは戦意喪失による。また、敗北条件は “死”とする。
一つ、【ダンジョンマスター】の勝利条件は【人類】より先に【魔王】を殺すこと。ただし、最も早く【魔王】を殺した【ダンジョンマスター】が勝者となる。また、敗北条件は【ダンジョンマスター】の死亡、もしくは【ダンジョンコア】の破壊とする。
一つ、【人類】の勝利条件は【ダンジョンマスター】より先に【魔王】を殺すこと。ただし、【人類】に置いては誰が【魔王】を殺したとしても【人類】の勝利となる。また、敗北条件は【人類】全ての死亡、もしくは戦意喪失とする。
一つ、【魔王】を殺した者には報酬が与えられる。報酬の内容は『どんな内容であっても一つだけ願いを叶える』となる。ただし、叶う願いは全て自然な流れを取って叶えられる。
一つ、ゲームの開催は通称『地球』と呼ばれる一つの惑星全域で行うものとする。
一つ、ゲームは『地球』が崩壊するまで続くものとし、これを中断することはできない。
以上を制限ルールとし【外なる神】の名の下にゲームを開催する。
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為政者達の予想とはかけ離れたものだった。
スクリーンに大きく写された用紙は室内にいる全員の視線を集め、思考を奪う程の威力があった。
「何だ⋯⋯これは⋯⋯」
「ゲーム⋯⋯じゃと⋯⋯?」
「【魔王】⋯⋯【ダンジョンマスター】⋯⋯【人類】⋯⋯これではまるで⋯⋯戦争じゃ無いか⋯⋯」
口々に用紙に書かれている単語を口に出す者達。次第に騒めきが戻っていくが今回は誰も止めない⋯⋯否、止められないのだ。止めるべき者すらこの状況の把握に手一杯でありそれどころではないのだ。
「⋯⋯【外なる神】⋯⋯神だと⋯⋯? ならばこれは⋯⋯!」
聖戦か。最終戦争か。
幾多ある神話の中で紡がれる最後の戦い。それは常に存亡をかけたものだった。勝てば生き、負ければ死ぬ。戦いの中では常にある事だ。
現在六十を超える年となった跡部総理。生きた六十年のお陰で今となっては神などは、と心の底からは信じなくなってしまっていた。
しかし今、その神が現れてしまったのだ。
存続か、滅亡か。
どんなものであっても人類は全てをかけこの戦いに臨まなくてはいけない。
跡部三蔵はそう直感したのだ。
そしてその直感は全世界の重鎮や軍を指揮する者、研究を進める者、神を崇める者、戦場に立つ者そして⋯⋯
「⋯⋯あの子の名前が⋯⋯思い出せない⋯⋯」
人類の存亡に唯一にして無二の一人の少女にまで伝播していた。
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