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46話「神龍、朧げな夢を見る」

正月って良いですね⋯⋯全ての疲れが取れる気がします。

はい、更新がものすごく遅れて申し訳ないです!


言い訳はいらないと思うので今回は二本投稿で場を濁そうと考えている作者です。許してください。

 

 陽の下にあった輝く世界も太陽が沈めば世界は改めて夜の帳に包まれた。


 酒呑童子が姿を消したことで遠くから見ていた鬼たちは蜘蛛の子を散らす様にその場を離れ、唯一残っていたのはイバラと呼ばれていた六メートルを超える巨大な鬼だけとなっていた。


「⋯⋯」


「汝の主は消えた。これ以上に汝は争いを請い、抗いを望むか?」


 龍の姿形を解き人の子に収まった流が遙か遠くに感じられるイバラの耳に声を届けた。


「⋯⋯」


 イバラ自身考える脳がないわけではない。酒呑童子の全力をもってしても倒すどころか届きもしなかったのだから自らが挑んで何かが変わることはない。


 しかし、それでも主従、兄弟、恩人。色んな形が、色んな思いがイバラの中で錯綜とするのだ。


 勝てない相手だとわかっていても一矢報いる努力を望む主従の関係か。

 尊敬する人物の信念を受け継ぎこの身果てるまで貫き通す兄弟の関係か。

 救われた命を無駄にすることなく少しでも生きながらえる道を探す恩人の関係か。


 何が正しい? どれが間違い?

 疑問が、望みが、意思がイバラの決断を鈍くさせる。


「⋯⋯」


「⋯⋯悩むか?」


 暗がりの世界で見えていないはずのイバラの感情を読み取り流が言葉を投げた。

 一瞬、イバラは決断を催促されるのではないかと肩を上げるが⋯⋯次の言葉はイバラが思っていた物とは違っていた。


「この世には選ぶべき選択肢がある。しかし、その中には選ばないと言う選択もまたある」


「⋯⋯」


「この世には正解という答えがある。しかし、その中には解が無いと言う答えもまたある」


「⋯⋯」


「この世には意味がある意味がある。しかし、その中には意味無しと言う意味は存在しない」


「⋯⋯」


「よく悩め。そして出た答えは確かに選択しない方が良かったのかもしれない。だが、それが最後には正解であるのかも知れない。そして⋯⋯例えその答えがどんなものであろうとも、絶対に意味がある。これは絶対だ」


「⋯⋯」


 どこか説法臭いものが感じられた。イバラもまたその雰囲気や遠回しに苛立ちを覚えるが、


「さあ、選べ!」


 流の堂々たるその姿に何処か安心を覚えてしまうのだ。

 まるで、自らを下した主の様で。

 まるで、自らが憧れた主の様で。

 まるで、自らを救った主の様で。


「⋯⋯オ、オレハ」


 ようやく一歩を踏み出したイバラの重い口からは大地にさらなる重力を与えるのでは無いかと思わせる重い声が這い出てきた。


「オ、オレハ⋯⋯」


「汝は⋯⋯何を望む?」


 流の無意識の破棄にイバラは一瞬口を閉ざしてしまうが直ぐに気を戻し自らの運命を言霊に乗せた。


「⋯⋯オレ、ハ、生キ残ル⋯⋯ドンナ方法デモ! オレ、ハ、残ッタ奴等ヲ守ル⋯⋯主ノ守ッテイタ仲間ヲ守ル!」


 精一杯の虚勢と力一杯の咆哮を持ってしてイバラはそう吠えた。

 詰まっていた間合いを一足飛びで離れイバラは拳を構える。


「オ前ガ、オレ達ヲ殺スナラ⋯⋯オレ、ハ、戦ウ! 守ッテ貰ッテイタ恩ヲ返スノハ⋯⋯今!」


 剥き出しの殺意、剥き出しの戦意。自分の出した答えに流がどう返すかで次の行動は決まっていた。

 一瞬の油断も、一瞬の見逃しもなくイバラは流を見据えていた。しかし、流はーー








「⋯⋯クククッ⋯⋯クカカカッ⋯⋯クハハハハハハッ!」


 ーー声を大にして笑っていた。


「それが汝の望みか! それが汝の主への答えか! 円環の理に抗い、協奏をもって魂を震わせるか!」


「⋯⋯」


 イバラは反論を述べない。それは絶対的な力の差を感じている為だ。あわよくばと、そのまま笑い死ぬか気を良くして帰ってくれと奥底で願うだけだ。


「その先に待つのが一縷の(望み)も無い深淵だとしてもか?」


「⋯⋯構ワナイ」


「幾千の屍の上に立つことになってもか?」


「⋯⋯ソンナコト許サナイ」


「フッ、そうか⋯⋯ならばーー」


「⋯⋯」


 啖呵は切った。願いは望んだ。自分自身にできることは全てやり、どんな結末であろうと全てを賭けることを覚悟したイバラは固唾を飲んだ。


 そんば緊張で硬くなったイバラの表情を見透かした流の答えは、


「ーー異空を繋げる扉(ロスト ゲート)へ案内しろ」


「ロ、ロス⋯⋯? 戦ワナイノカ?」


「闘争の先に何があると言うのだ? 我は殺戮をしに来たわけではない。戦う必要が無いのであれば戦わぬよ」


「ナ、ナラバ⋯⋯!」


「ああ、汝が我に終末まで続く大戦争(ラグナロク)を望まなければ我もまたそれを望まぬよ。だが、我は戦わないとしてもその先には用があるのだ」


「⋯⋯ソウ⋯⋯カ」


 流の消極的な戦意に物申したい所もあるが、思い返せば⋯⋯否、この世界の構造(システム)を鑑みれば仕方ないとしか思えなかった。


【ダンジョン】には必ず魔物が存在する。


 そして、その魔物は侵入者を無条件で攻撃し始める。それは例え、考える知恵を持っていたとしても同じであり、根元にあるのは【ダンジョンマスター】を守る為だ。


 侵入者を殺すために魔物は存在している。しかし今、その侵入者と戦う必要は無い。

 だが、戦わなければ【ダンジョンマスター】への裏切りとなる。でも、戦えば主との絆は消えてしまう。


 どうすればいいかわからない矛盾が、どうすることもできない不条理がイバラの中で飛び跳ねる様に錯綜する。


「本能と感情の矛盾(パラドックス)⋯⋯か。不思議なものだ。それほどまでに惑い、悩むのに汝は⋯⋯魔物だ」


「⋯⋯」


「我を案内する気はあるか?」


「⋯⋯」


 戦え、逃げろ、抗え、従え。

 羅列する言葉が本能と意思を天秤にかけどちらも偏らない均衡を作り出してしまう。


 それ故か、イバラには淡白にも聞こえる流の質問に口を開けることすらできない。


「⋯⋯」


「⋯⋯そうか。であるならば、我の前に立ち塞がるなよ? 我は我の力で道を拓く」


 流はそう一言を残すと立ち往生するイバラの横を通り抜け更に深い闇に足を踏み入れようとしたーー次の瞬間、




「別に探す必要はねーよ」




 突然に現れた荒々しい女の声。そして、


「ガ、ガアアアアアアアアアアアァァアアァァッッ!?」


 一拍遅れてずり落ちるイバラの右腕に行き場を失った鮮血が闇に包まれた世界に雨を降らせる。


 熱く不快な、しかしそれでいて純粋で鮮やかな真紅の雨粒が親の仇⋯⋯否、居場所の仇の様に降り注ぐ。


「⋯⋯貴様は?」


 文字の如く血の雨に打たれながらもゆっくりとした動きで流は振り返った。



 近くで様子を伺っていたのは分かっていた。

 隙を見て奇襲する可能性も予想していた。

 だが⋯⋯だが!



 変化の乏しい流の表情。余裕のある立ち振る舞いにその表情が組み合わせれば何も感じていない様にすら感じる。しかし、


「⋯⋯気に食わないな、貴様」


 鋭い眼力から発せられるのは純粋な殺意。敵である流を奇襲するなら何も言うまい。だが、奇襲したのは⋯⋯仲間ではないか?


 鬼をも萎縮させる龍の睨み。

 普通の魔物⋯⋯それこそ、酒呑童子の足元に及ばない魔物ならばこれだけで自らの生命活動を諦めてしまうだろう。だが、


「いやーん、そんな怖い顔で見てもお姉さんを怖がらせるだ・け・だ・ぞ? あは!」


 睨まれた襲撃者は全くもってか弱くはなかった。


 凛々しく整った顔立ちに妖艶な真っ赤な瞳。

 そして、瞳と同色の赤い長い髪は振り回せば一輪の花の様に優雅に舞い踊る。

 更に、雰囲気に重ねる様に紅色の浴衣を着崩し、大きな胸に引き締まった腰は着ている浴衣の上からでも十分に分かるほどだ。


 そして、


「⋯⋯貴様、何故に切った?」


 流は女の片手に握られている一本の刀を見ながらそう言った。

 薄紅色に妖しい光を放ち、まるで行きているかの様に脈動する刀を見ながら。


「切った? ああ! この裏切り鬼のこと?」


 数多の血を吸い、錆にしてきたと錯覚させる薄紅色の刀を肩に担ぎながら女は不思議だと言わんばかりの顔で流を見据えた。


「コイツはアナタと戦うことを辞め、もしかしたらアナタをユウちゃんの所に連れて行こうとしたんだよ? そんなのを見たらするのは当然ーー口封じじゃない?」


 女は親指で首を切る動きをした後に人差し指を立て紅色の唇に添えた。


「ま、ユウちゃんが連れてこいって言ったから結果的には変わらないんだけどねー。強いて言うなら、ムシャクシャしたからとか?」


 女は人差し指を顎に当て、空いた腕を胸を持ち上げる様にしてポーズをとる。

 明らかに入り切っていない胸は形を柔軟に変えながら器用に腕の上にバランスを取っている。


「と・こ・ろ・で、アナタ⋯⋯ワタシが潜んでいたのわかってたんじゃない?」


「⋯⋯さて、どうだろうな」


「あらら、連れないねー。えーっと、確か⋯⋯ジンリュウちゃんだったっけ?」


「⋯⋯文字列が正しいのは認めよう。だが、発音に違和感がある。我が名は神龍だ」


「えー! 大して変わんないじゃん! ジンリュウちゃんでいいわよね?」


「⋯⋯」


 流はこの数回に渡る会話のやり取りで理解した。


 やり難い相手だ、と。


 やり難いと言うより手慣れている。そう感じざるをえないほどに女からは有無を言わせない迫力と手篭めにしてやろうと言う下心が感じられる。


「⋯⋯もう、それで構わん。して、貴様は我のことを知っているが我は貴様のことを知らぬ」


「ああ、ワタシの名前が知りたいのね? いいわよー」


 端々に感じられる流の雰囲気と昂りを消してしまう様な話し方。

 女は顎に当てていた人差し指を離し今度は両腕で豊かな胸を押し上げた。


「ワタシの名前は紅桜。多分、すぐにお別れだと思うけどよろしくね?」


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「紅桜が侵入者と接触しました」


 打てば響く鈴の様な音色の声が虚空の空間に響き渡った。


 声の持ち主はボブカットに揃えられた黒色の髪に凛とした顔立ちの少女だ。

 その面影には紅桜を彷彿させるが、着崩しのない蒼色の浴衣に黒の鞘が紅桜と隔絶した違いを見せつける。


「紅桜が接触したか⋯⋯憤怒の鬼は?」


 少女の言葉に返事を返したのはこの虚空の空間の主人と思しき人物。


 真っ黒のコート、手袋、靴と全身を黒く扮したその姿はこの薄暗い空間に溶けてしまいそうなほどだ。

 そして、右目には不思議な文字で書かれた眼帯。何かを封じているのか局所的な存在感を感じさせる。


「はい、問題なく回収しました。側にいた茨城童子も回収済みです」


「そうか⋯⋯」


 男は少女の働きに満足を示したのか僅かに口角が上がっていた。

 そして、




「では、余も動くか。過去を雪ぐ鎮魂歌(レクイエム)を奏でるために」


「⋯⋯」


「この大地に龍は二頭も要らぬよ」


 男はそう言うと虚空の空間に刺す唯一の光に向かって歩き出した。


二本目は二時間以内に投下されるでしょう。

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