40話「悩みの種まき」
暗く閉ざされた世界、その中心とも言える場所には一つ時の光が降り注いでいた。その光が照らすのは一本の苗木。
「あ〜あ、いっちゃったなぁ⋯⋯」
苗木はその光を浴び見る見るうちに一人の少女へと姿を変える。
しかし、以前見たような元気はなく、何処か疲れているように見える。
「⋯⋯まぁ、マスターが笑っていけたんなら⋯⋯良かったのかな⋯⋯ねえ、機械のお姉さん?」
「⋯⋯」
闇の中から這い出る様に現れたのは口を閉ざしていた零だった。
澄ました黒い双眸はただジッとラウを見つめ、変化のない仮面の下には後悔の跡が垣間見える。
「⋯⋯私には貴女達が分からない」
「ん〜、それはどういう意味なのかな?」
「少なくとも、貴女はあの子を一度殺そうとした。にも関わらず、今度はあの子を救い出そうとした⋯⋯貴女の目的は一体どこにある?」
一度殺そうとした。
それは、異世界でラウが香を煽ることで起こした『突発的魔物発生現象』のことだ。これは一歩間違えれば死は免れない【ダンジョンマスター】の暴走。
零の懐疑的な視線を一杯にもらい、たっぷりと間を置いてからラウは悪戯が成功した子供のようにケラケラと笑いながら答えた。
「ラウの目的は⋯⋯強いて言うなら『娯楽』かな?」
「『娯楽』⋯⋯?」
「そう、『娯楽』だよ。お姉さんは知ってるでしょ? ラウ達アドバイザーの魔物には各々に特出した感情と能力があることを」
「⋯⋯」
零は確かにラウの言っていることが理解できた。理解できているからこそ否定ができなく、疑問も浮かぶ。
「ラウの場合、それが『楽しむ』って言うことなだけだよ」
「⋯⋯なら、貴女が楽しめればあの子の命はどうだって良かったってこと?」
「ん〜、それはちょっと違うかな? そもそも、ラウは『突発的魔物発生現象』でマスターを殺すつもりはなかったし、ラウの技能『寄生』があるからラウは死ぬことはないしね」
「⋯⋯つまり貴女は最初から自分が死ぬことを前提として『突発的魔物発生現象』を起こした⋯⋯と?」
「そ! そうすれば、マスターも強くなれると思ったんだ。けどまぁ、あんまり上手くはいかなかったけどねぇ〜」
両肩をすくめ「やれやれ」と言わんばかりにポーズをとるラウ。
しかし、零にはまだまだ疑問があった。
「なら、貴女達アドバイザーの魔物全体の目的は? 行動の理念とは別に存在するのでは?」
「あぁ〜、そう言えばお姉さんはマスターにラウ達は不幸にするから〜、って言ってたね。ラウからすればどこでそんなこと知ったのか疑問だよ?」
「質問しているのは此方。話をすり替えないで」
一丁の電磁砲の照準をラウの胴体に合わせ、零は鬼気迫る雰囲気で問い詰める。
ラウもまたそれを感じ取り先程までとは変わり真剣さで応えた。
「お姉さんがラウ達を敵視するのは正しいよ。でも、そこには一つ誤解があるね」
「⋯⋯誤解?」
「ラウ達を生み出したの存在をお姉さんも知ってるよね? そいつはラウ達を通して【ダンジョンマスター】の動向を常に監視してる。けど、それはメインの目的じゃない」
「⋯⋯」
「そいつがラウ達にやらせようとしてるのは力の譲渡もしくは⋯⋯人質」
「⋯⋯人質?」
「そう。そっちの方はラウもよく分かってないけど⋯⋯力の譲渡は心当たりあるんじゃない? 『観測』の技能を持ってるんでしょ?」
「⋯⋯」
零に驚きはなかった。実際に技能は持っているし、おそらく知っていると予測していたからだ。
そんな変化の無い零を見てラウはくすくすと笑い始めた。
「⋯⋯何がおかしい?」
「いやだってねぇ〜、ほんとお姉さんは不思議だなぁ〜って思っただけだよ?」
「⋯⋯」
「気づいてないかもしれないけどラウが人質と譲渡って言った時、人質の方にしか反応しなかったんだよ? それってつまり⋯⋯譲渡の方は知ってたんでしょ?」
「⋯⋯」
「不思議だなぁ〜、教えて欲しいなぁ〜。ほんとお姉さんって⋯⋯何者?」
ラウの言葉の中に別の要素は入り込む。それは、今までにラウが見せたことのない深層心理を覗くようなもの。
「⋯⋯その問いに答える気は無い。態々、自らの手札を明かす程に私は甘く無い」
「⋯⋯はぁ。まぁ、期待はしてなかったけど少しはお話しして欲しいなぁ」
「⋯⋯では、最後の質問」
「はいはぁ〜い、どうせ死に損ないですよぉ〜。好きに使ってくださいな〜」
淡白な零にもはや会話は不可能だと悟ったラウは両手を上げ自棄っぱちな態度で応えた。
「貴女達を創った存在⋯⋯【外なる神】の目的は一体何?」
「⋯⋯ま、やっぱり気になるよね。実際のところラウも良くは知らないよ? ただ、大雑把に言うなら⋯⋯選定、じゃないかな?」
「選定⋯⋯?」
「そう。人間か魔物か、この星が必要なのかそうでないのか、そして⋯⋯【魔王】は適任か不適か、とかね」
「⋯⋯」
零の表情は変わらない。
肯定も否定も無く、ただそれを事実として受け入れているかはたまた⋯⋯事実を確認したかのような態度でラウの話を聞いていた。
「⋯⋯なぁんか、反応薄いね〜。もしかして⋯⋯知ってた?」
「⋯⋯」
ラウにとっては当然の疑問。しかし、零はただその瞳で見つめるだけで答えを口にする気配は無い。
「⋯⋯やっぱだんまりか〜。ま、お姉さんに興味を持ったら消えることに未練が残っちゃいそうだしこのままでいっか」
「⋯⋯せめてとして、介錯は必要?」
「じゃ、お願いしようかな」
申し訳なさを感じたか零はそう提案するとラウは乗り気で提案に食いついた。
零は電磁砲の照準をラウの頭部に合わせた。
「お姉さんはまだ頑張ってね⋯⋯!」
憑き物がようやく取れた、そう言わんばかりに晴れ晴れとした笑顔を向けラウはそう言った。
その直後、ラウの額には小指ほどの大きさの風穴が空いた。
散らす血は無く、ドサリと音を立てラウは倒れると光の粒子となって⋯⋯散った。
「⋯⋯」
零はその粒子がゆっくりと天へ登るのを見守った。統一性のない動き、感謝を示しているようにも見えなくもない。
「⋯⋯貴女が操り人形でなければ語り合えたでしょうね」
零はその場から背を向けた。
この終わった世界から立ち去るためにその暗い道を進み、
「⋯⋯あの魔道具は間違いなくあの男の物⋯⋯何か手を打たないと」
その一言と共に闇の中へと消えていった。
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「⋯⋯ぁ! ⋯⋯ぃ!」
闇の中から引きずり出そうと声が響く。
目覚めの悪い朝がやってきたような気分で真里亞は重い瞼を開けた。
「⋯⋯あぁ?」
「おい! 目覚めたぞ! 目を覚ましたぞ!」
真里亞の目覚めにどこの誰か知らない男が声を響かせた。
まるで眠れる姫が目を覚ましたように湧き上がる歓声に真里亞は些か居心地の悪さを感じる。
「大丈夫か!? 中で何があったんだ!」
「なにがって⋯⋯何がだよ? それにここはどこ⋯⋯って外?」
肩を掴み顔を近づけてくる男を投げ飛ばし真里亞は周囲を見渡した。
見たことのある景色と暖かい太陽の光。そこは紛れもなく【ダンジョン】があった場所だった。
「な、なんでだ⋯⋯? アタシはアイツ等の中に落ちたんじゃ⋯⋯?」
頭の中が混濁する。
記憶の中では確かにトレントの群れに落ちていったはずであった⋯⋯最後の光を見てから。
「アタシが無事なら⋯⋯おい! オッサン!」
「は、はいぃ!?」
思い出した真里亞は投げ飛ばした男の胸ぐらを掴み詰め寄った。
その鬼気迫る形相に男も変な声を上げるが⋯⋯これは決してご褒美ではない。
「ここに居たのはアタシだけか!?」
「⋯⋯は?」
「だからアタシ以外に同い年の女が居なかったかって聞いてんだよッ!」
「い、いいいいません! 居ません!」
「なッ!」
側から見たら高校生にカツアゲされている大人のようなこずに見えなくもない様子だ。
そんな光景の中、男を信用できなかった真里亞は周囲に目をやると誰一人として口を開くものはいなかった。
「⋯⋯どういう⋯⋯ことだよ」
掴む力すら弱まり、愕然とする真里亞。その様子に周囲もまた静まり返ってしまったが、
「ちょっと通して! 通して下さい!」
その沈黙を破るように一人の男性と女性が人の垣根を避け現れた。
ボサつき、乾いた黒髪に知性を強調する四角い眼鏡の男。
短く切りそろえた前髪に、後ろで綺麗に一纏めされた女。
紛れもなく今回の魔道具を開発した源二と見張り役の麗華その人だ。
「あ、アンタは確か⋯⋯」
流石に見覚えがあったためか真里亞も記憶の隅を突くように刺激する。
「君が【ダンジョン】から帰還した少女だね? 一応責任者、と言うこともだけど詳しい話を聞いてもいいかね?」
「詳しい⋯⋯話? それよりもアタシは⋯⋯ダチ⋯⋯ダチがどこ行ったか知りたいんだが」
「お友達かい? しかし、報告では君一人しか出てこなかったと聞いているのだが⋯⋯」
源二は言葉を詰まらせながら麗華を振り返り見た。
「そうです。彼女一人しか発見報告はされていませんし、他の場所でも報告はないです⋯⋯あ、失礼します」
源二の質問を的確に答えた麗華は太腿に感じた振動に反応し、そう一言を付け加えると源二から少し離れた場所でスマホを耳に当てた。
「だ、そうだ」
「⋯⋯そうか」
「こんなことを言うのも何だが、あまり落ち込まないでほしい。君は⋯⋯いや、君達は【ダンジョン】を一つ踏破したのだから」
「⋯⋯は?」
「え? だから君達は【ダンジョン】を踏破したんだ。【ダンジョン】の消滅も確認したから間違いないよ」
「⋯⋯はぁ!?」
先程まで落ち込んでいた真里亞は驚愕の声を上げながら周囲を見渡した。そうすれば元あったはずの【ダンジョン】への入り口は綺麗に無くなっていた。
「マジか⋯⋯ってことは、アタシがここに居るのはアイツが⋯⋯」
ようやく現実に記憶が追いつき始め、真里亞の思考回路が動き始める。そうすれば受け入れられない現実も一つに結びつく。
「⋯⋯【ダンジョン】を踏破した自覚もない、か。これは本当に詳しく聞かないとまずそうだな」
一点に釘ずけになり悩む真里亞を見て源二は深いため息を吐きながらそう呟いた。
だが、源二の悩みの種は一つでは収まらなかった。
「⋯⋯ええっ!?」
突然の落雷の様に音を立てたのは電話をしていた麗華からだった。
周囲で見守っていた人達も一斉に向いてしまうほどに大きな声を出した麗華はさほどない距離を走って戻って来た。
「どうしたんだい麗華くん? 随分大きな声だったけど?」
「⋯⋯大変です」
麗華の表情には羞恥心はなかった。寧ろ、驚きすぎて感情は消えてしまっている、といった様子で僅かに震えてすらいる。
「⋯⋯」
「⋯⋯麗華?」
重大な話をしようとしている彼女から次の句が語られず源二は聞き返してしまった。
しかし、そうなっても仕方ないと思えるほどの事件が彼女の口から語られた。
「⋯⋯日本ギルド支部ギルドマスターの神流が⋯⋯先程【ダンジョン】を攻略しました」
その一言がどういった経緯で起きたのか、源二の中に潜む『天才』ですら意味がわからなかった。
次回から流君視点の三章です!
やっと暗い雰囲気から脱出か⋯⋯!




