38話「生存率≒0%の抗い」
一人の少女が泣いている。
膝を抱き、小さな背中をもっと小さく丸め泣いている。
周りに迷惑をかけないよう必死に声を殺して泣いている。
ーーどうして泣いているの?
「うっ⋯⋯えっぐ⋯⋯ごめんなざい⋯⋯ごめんなざい⋯⋯」
ーー泣かないで。顔を上げて?
「私が⋯⋯私のせいで、えっぐ⋯⋯ごめんなざい⋯⋯ごめんなざいっ⋯⋯!」
強く、強く言葉にする後悔と懺悔の言葉。
少女は溢れ出る涙を押さえつけるために、膝を抱く力を一層強くし蓋をするかの様に押し付ける。
それでも抑えきれない涙は膝から太腿へと流れ、少女はまた赦しを乞うための言葉を吐き出す。
「ごめんなざい⋯⋯ひっぐ、ほんとうに⋯⋯ごめんなざい⋯⋯私が、あんなお願いしなければ⋯⋯みんな、みんな⋯⋯うっ、えっぐ⋯⋯私だけが、不幸になればよがったんだ⋯⋯!」
こんなに幼く、小さな存在がどうしてここまで責められているのか分からなかった。どうしてここまで苦しめられているのか分からないかった。
だから、そっと近づこうとした瞬間、
「私が⋯⋯私が悪いんだ⋯⋯私だけが⋯⋯不幸になればみんな救われるんだ」
少女との間に守る様に一本の苗木が芽を出した。
その苗木は見る間もなく成長し強靭な幹と鋭い枝を手に入れ少女を優しく包み込み始めた。
ーー待っーーッ!
少女が包み込まれる前に止めに入ろうとするが木がそれを許さない。
足元に五指の様に分かれた鋭い枝が突き刺さり行く手を阻む。
まるでそこから先は不可侵の領域であることを示す様に。
まるでそこから先は侵入者と見なし排除すると示す様に。
「私が悪いんだ⋯⋯私がバカだったんだ⋯⋯私が居なければ⋯⋯みんな、みんな、みんな⋯⋯」
そして少女は護られるかのように木の枝でできた檻の中へその身を隠してしまった。
隠された一瞬、確かにその少女の顔を見た。幼く確かなる証拠はないが面影を感じた。その少女はーー
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「⋯⋯香ッ!」
美香は声を大にして叫び、勢いよくその体を上げた。
そして、美香の大声を聞き振り向く者がいた。
「⋯⋯なんだよ、今更起きたのか」
「ま、真里亞⋯⋯?」
起きて聞いた第一声と雰囲気で美香は一瞬本当にあの真里亞かと疑った。
片腕を失っているがだらんと力なくぶら下げ、全身に力が入っていない。
それどころか、生きることへの執着を捨ててしまったかの様にその瞳には勢いが無い。
これではまるで、生ける屍だ。美香はそう思わざるを得なかった。
「⋯⋯今更⋯⋯もうどうにもならねえよ」
「な、何があったのよ⋯⋯?」
「⋯⋯寝てたから知らねえか⋯⋯端的に言うならあのデケエ木にはアタシ等がどうあがいても倒せねえ。それどころか⋯⋯見てみろよ」
そう言って真里亞は遥か遠くを指差した⋯⋯そう美香は思っていた。しかし、
「⋯⋯え? せ、世界が⋯⋯縮んでる?」
美香は芽を大きく開き驚愕した。そして、無意識のうちに出たその言葉は的を得ていた。
ずっと遠くに感じていたはずの空や森が無くなっているのだ。
それどころか今現在進行形で空が落ち、森が喰われているかのようにすら感じる。
「これは⋯⋯どういうこと⋯⋯?」
「【ダンジョン】が崩壊してんだよ」
「【ダンジョン】が⋯⋯崩壊?」
「そうだ。あのガキが言ってた。今の【ダンジョン】はもう存在できる力が無いらしく、刻一刻と壊れてるんだとよ⋯⋯」
「こ、壊れてる!? じゃ、じゃあもし、その崩壊の時までに出られなかったら⋯⋯?」
「⋯⋯アタシ等も一緒に死ぬんだとよ」
「⋯⋯ッ」
真里亞の言葉に美香は再び驚愕させられた。
倒すことのできない敵。制限時間のある戦い。そして、その制限時間は長くても十数分程度。
これだけの覆すことができない材料が揃えば、いかに強気の真里亞でも諦めてしまうのだなと美香は思えてしまった。だが、
「⋯⋯真里亞、お願いがあるの」
「⋯⋯あぁ?」
「香を⋯⋯助けたいの」
「⋯⋯今更、何言ってんだ? そんなことする前にアタシ等全員ーー」
「だとしてもだよッ!」
諦め、生きる気力すら湧いてこない真里亞を叱咤するかの様に美香は叫ぶ。
「このまま何もしなかったらあと⋯⋯數十分で消えちゃうのはわかってる」
「な、なら⋯⋯」
「それでもまだ時間はある! その時間があれば香を⋯⋯救えるかもしれない!」
「⋯⋯」
「真里亞は私に言ったよね? 何がしたいんだ、って。私は、私のしたいことは⋯⋯香を救いたい。香を許したい。香をあそこから助け出したい!」
美香の心の中で覚悟の炎が灯った。
何度も折れ、曲がってしまった芯に灯った炎は大きく、堂々とし他者のモノにすら分け与えてしまいそうなほどだ。
「⋯⋯」
「どうせ諦めたなら力を貸して欲しい。どうせ考えがないなら最後に私の考えに乗って欲しい。何もなかったなら私を恨んでくれたって構わない。だから⋯⋯だからーー」
頭を下げて必死に懇願する美香。服の端を握る手は震えるほどに強く握り、若干白みがかっている。
「⋯⋯わぁったよ」
「私に⋯⋯え?」
「手伝ってやるっつってんだよ」
真里亞の意外な素直さに美香は目を丸くしながら下げていた頭を上げた。
目に映ったのは頭を掻きながら恥ずかしさをごまかそうとしている真里亞の姿だった。
真里亞も美香と目が合うと直ぐに背中を向けその素直さを隠す様にぶっきらぼうな口調で口を開いた。
「⋯⋯で、何すりゃあいいんだ?」
「え、あ、うん。えっと、私を⋯⋯香のところに連れて行って欲しいの」
「⋯⋯つまりアンタはアタシを運び屋として使いたいわけか?」
「い、いや別に、そういう訳じゃあ⋯⋯」
「はぁ、別にそれでいいなら構わねえが⋯⋯」
真里亞はそう言いながら徐に美香の手を取った。「ふえぇっ!?」と乙女チックな声を上げながら真里亞の奇行に驚きながら、
「アタシをパシっておいて安全に行けると思うなよっ!」
美香は盛大に後悔することとなった。
「ふぁあああああああぁぁあああああぁぁっっ!?」
真里亞の超人的な身体能力によって引っ張られる美香は腕が千切れそうになるほどの激痛と顔が吹き飛んでしまうのではないかと思えるほどの強風を全身で受ける。
「痛い痛い痛い痛いいいいぃぃぃっっ!」
「はっはーっ! さっさと連れてってやっから黙って口閉じてろ! じゃねえと⋯⋯」
自暴自棄になったのか真里亞はどこか楽しみを覚えながら漆黒の大樹に真っ直ぐに飛び出した。
しかし、大樹もまたそれを許すはずもなく、
「舌を! 噛み切るぞッ!」
まるで鞭のようにしなやかに伸びた細い枝を動かし真里亞の突進を止めにかかる。
「うおぉぉっ!? むぐううぅっ!」
右へ左へ、時には上へと高速で移動する真里亞。捌き切れないものはすんでのところで逸らし浅くない裂傷を美香の代わりに受け止める。
美香もまたそんな真里亞の動きに合わせ⋯⋯否、すでに足が宙に浮いている時点で風船のようになっているが必死に胸から込み上げるものをしまっている。
「⋯⋯さすがに、そりゃあ厳しいな」
良い感じに攻撃を回避していた真里亞だったが、前方に複数の木陰を見た。
「ガアアアアアアアアァァッッ!」
「ゴアアァァッ!」
「グガアァァッ!」
「ウボアァァッ!」
数十に及ぶ上級樹木魔物と中級樹木魔物が姿を現した。
まるで、姫を守る兵士たちのように列をなし、武器を構える。
「チッ! テメェ等には⋯⋯」
数の暴力と質の高さに真里亞も腹をくくる。
一瞬で美香を背負う形にし、空いた片腕に道中で簡易的に作った木製の盾を取り付け、手には三つほど手榴弾を握る。
「⋯⋯用がねえんだよッ!」
気合いとともに投入する手榴弾。狙いはトレント達の最前列足元。
投擲から間も無くして起爆した炎と爆風の嵐。それを⋯⋯
「しっかり掴まってろよッ!」
「え? むぐっ!」
真里亞は木製の盾で受け止め、研ぎ澄まされた感覚だけで角度をずらし⋯⋯
「うそおおおおおおおぉぉおおおぉぉっっ!」
はるか上空へと飛び上がった。
その姿はさながらサファーか⋯⋯本格サファーの方には怒られてしまいそうだが少なくとも真里亞の気分はサファーであった。
そして、ここまでくれば残っているのは⋯⋯辿り着くだけだ。
「そんじゃ⋯⋯」
「⋯⋯え? ちょっと待って⋯⋯もしかして⋯⋯」
真里亞は急いで背中にへばりついている美香の首根っこを掴む。
美香もまたこれから真里亞が何をしようとしているのか察したらしく若干涙目だ。
そして、
「行ってきなっ!」
「ぎゃあああああああああああぁぁああああああぁぁっっ!」
弓の弦のように思いっきり引いた肩を回し美香を香目掛けて投げ飛ばした。
悲鳴にも似た美香の絶叫を聞きながらカラカラと笑いながら真里亞はその先を見守った。
「どうやら⋯⋯問題なくいけそうだな」
真里亞の視線はドンピシャで香にぶつかるだろう美香の背中だった。
その光景を見た真里亞は安堵しながら、
「⋯⋯ま、これでお役御免って訳だな」
今か今かと地上で枝を広げ待ち続ける夥しい数の魔物の中心にその身を落とした。
そろそろ二章もクライマックス。散々引っ張っておいたモノを回収し忘れないようにしなくては⋯⋯




