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22話「記憶と違う自分が居て」

 

「さて、ミサキの怒りも収まったことだしコイツから色々聞き出すか」


 レイジは視線を足元の存在へ向ける。


 手を絡めるように全身を雑に鎖で巻かれた青年、冒険者クリスは今も恐怖の表情を緩めることなく眠っている。相当に怖い思いをしたのだな。


「おーい、起きろ」


 レイジは叫びかけながら肩を揺すり、それでも起きないため頬を軽く叩いた。


「⋯⋯起きないな」


「貴方様、(わたくし)にやらせて貰ってもよろしいでしょうか?」


 中々目を覚まさないクリスに悩んでいたレイジを見てパンドラが代わり役を申し出た。

 レイジもどうしようかと迷ったがパンドラのいつか見た技能(スキル)を思い出した。


「ああ、そう言えばパンドラには『美貌』があったな」


「はい。ですから、相手が同性でなければ簡単に情報を得られるはずですわ」


 パンドラの持つ技能(スキル)『美貌』は同性以外に対して絶大な力を発揮する。能力の概要は催眠術や魅了の類に等しいがその効果範囲はパンドラを見た全員と言う無差別(・・・)なものだ。


 最初に出会った時に使われた記憶は懐かしく、それ以降は何かと同性と戦っていたために使われる機会がなかったようだ。


「では行きますわ」


 パンドラはクリスの目を無理矢理こじ開けパンドラを視認させた。


 クリスはビクリと全身を痙攣させ顔を真っ赤にさせた。その表情には先ほどまで浮かんでいた恐怖はなく甘酸っぱい青春を謳歌している少年のそれだ。


「貴方様! 終わりましたわ!」


 パンドラは『美貌』の効果を確認する前にレイジに振り返った。

 当然だが確認する前に振り返るのはおかしい。逆に、別の目的があったとするなら話は別だがーー


「あ? 終わったか?」


「な!?」


 ーー当然別に目的があった。この自然の流れを利用してレイジを落としてしまおうと言う邪な目的が。


 だが、パンドラが見たレイジは想像していたものと違い両手で顔を覆ってパンドラに背を向けている。更に、守るようにエイナの影の壁がレイジの周囲に展開されておりくぐもった声しか聞こえない。


「ど、どうして⋯⋯?」


「何がどうしてなのですかぁ? 同じ手に二度も引っかかるはずはないのですよぉ?」


 パンドラの自然に出た疑問に答えたのはエイナだった。ヒョッコリと顔を覗かせしてやったりと悪い笑みを浮かべている。


「確かに今の流れは自然で(わたし)もうっかり忘れそうでしたわぁ。お兄様が目を隠して後ろを向いてくださるまでねぇ」


「で、でしたら貴方様は最初から気づいていたのですか!?」


「⋯⋯まあな」


「そ、そんな⋯⋯!」


 愕然と膝を崩すパンドラ。だが、膝を崩してまで愕然としたいのはレイジの方だ。何故、なさそうな機会まで自然な流れに変えてフレンドリーファイア(仲間殺し)してくるのかが理解できない。


「あ、あのぉ」


「ーーー!」


 目を覚まし、悩殺され、半分以上意識が朧げになっているクリスがパンドラに声をかけた。

 パンドラはあまりのショックで目尻に涙を浮かべながら振り返った。そして鋭いヒールを履いた足を振り上げてーー


「⋯⋯え?」


「さっさと知っていることを吐いて下さいまし!」


「うげろげっ!?」


 渾身の一撃でクリス手を踏み抜いた。

 文字通り踏み抜いたのだ。ハイヒールの踵はクリスに手を貫通し、紫の表面を赤く染めている。


「ぎゃああああああああああああああああああああぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!??」


「五月蝿いですわ! 早く吐いて下さい! 知ってることを! 全部!」


「言いますッ!言いますからッ!やめて下さい!痛い痛い痛い痛い痛いイダイイダイイダイイダイいいいいぃぃぃぃッ!!」


 最早八つ当たりに等しいパンドラのヒール貫通。

 その拷問に近いものを受けクリスが頬を朱に染めながら泣いている。この拷問の怖いところは痛みと快楽を同時に受けれるところだろう。


「では! 貴方の名前!」


「お、俺は! クリスです!」


「次! 貴方の! ステータス!」


「に、二十五です!」


「どうやって! 上げたのですか! 」


「そ、外にいる! 魔物です!」


「魔物のことを! どれだけ! 知っているのですか!」


「ま、魔石を砕くと! 死ぬこと! あとは! 経験値になることです!」


「貴方の! 所属は!」


「ぎ、ギルド! アメリカ支部です!」


「そのギルドで! 一番強い人は!」


「れ、レベルが! 四十位の! ギルド統括者です!」


 パンドラの勢いと同じテンポで質問に答えていくクリス。縛られた体は無数に穴が開いており、そこからは赤い血が絶えることなく流れ出ている。


 不思議なのはここまでの惨状になったのにも関わらずクリスは涙をダムの決壊のように流しながら恍惚とした表情をしていることだ。

 当然だが、これ以上の尋問は無理だろう。


「⋯⋯」


「貴方様! このような感じでどうでしょうか! 十分な情報を聞き出せたのではないでしょうか? (わたくし)は頑張りましたよね? 貴方様の役に立てましたよね?」


 褒めて褒めてと言外に言わんばかりに擦り寄るパンドラ。その裏にひっそりと潜むのは先の愚行を隠そうとする下心。


 そんなパンドラに両手で目を隠しながらレイジは口元を緩ませて、


「アホかお前はっ!」


 最下層にレイジの怒号は響き渡った。

 またもや石抱が出番かと思われたが流石にそれは躊躇われ、パンドラはただの正座で長い説教を受けることになった。


 折角手に入った貴重な情報源を無駄にされただけにその説教は長く、最終的にエイナが回復薬を飲ませたことで正気に戻ることを発見するまで続いた。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「それじゃあ俺の質問に正直に答えろ」


 妖刀が何処かに駆り出されていたため直剣の蛇腹刀の腹をクリスの首に添えながらレイジは低い声で脅した。


 内心、ここまで低い声が出るのかと驚きながらもレイジは慈悲無きダンジョンマスターを演じた。


「こ、ここはっ!?」


「質問の許可を出していないぞ?」


「ひっ!」


 改めて目覚めたらどこかわからない洞窟の中。しかも縛られており目の前には凶器を押し付けながら恐喝する男、更にその周囲には射殺さんばかりに睨むを効かせる美しい女性達。


 これでベタな発言をするなというのが難しいではないだろうか。


「いいか、俺の質問に正確に答えろ。もし俺が不審に思ったり余計なことを喋るなら⋯⋯」


 レイジは僅かに剣の腹を首に食い込ませ赤い一筋を作り出す。


 クリスも見えていないが流れる熱の感覚に怖気を感じ取り顔を縦に振る。


「よし、まず始めにここへ来た目的はなんだ?」


「だ、【ダンジョン】の攻略だ。ギルドにアメリカとロシアの軍に協力するように依頼されたんだ」


「ギルド? さっきも⋯⋯いや、そのギルドってのはどう言う組織なんだ?」


「ギルドは俺達のような魔物を殺す冒険者を統括する組織だよ」


「⋯⋯さっき軍に協力するように依頼されたと言ったが、ギルドはアメリカやロシアの軍に介入できるほどの権力を持っているのか?」


「あ、ああ。ギルドは世界機関としてできているから色んな国に融通が効くようになっているんだ」


「なるほど」


 異世界の方でもあったギルドがどの様に出来上がっていたか分からないが、地球のギルドは同等かそれ以上に力を持ち、世界に普及しているだろう。


 それにダンジョンの外でも魔物が蔓延っているとなれば冒険者の人数もそれなりに多くなってくる。そうすれば、今後は軍と一緒にダンジョンの攻略に踏み込む機会は増える。


 どの道、


「⋯⋯まあ、ある程度は予測通りか」


 どの道【人類】と言う括りの中で敵対しているのだから変わりはなかった。


「じゃあ最後の質問だ」


「さ、最後!? やっと俺は解放されーーッ!?」


 最後と言われた安堵で叫び上がってしまうがそれを制止するようにレイジの剣が首に食い込んだ。


「答え以外に喋っていい許可は出してないぞ?」


 食い込んだ剣。チクリとする痛みと金属の冷たさが肌に伝わる。そして、その冷たさが全身をめぐるようにクリスの体が次の行動を拒否している。


「⋯⋯懸命だな。最後の質問は【ダンジョン】についてだ」


「だ、【ダンジョン】?」


「そうだ。お前はここの【ダンジョン】以外の【ダンジョン】の情報を知って入り限り話せ。場所、内部の状況、現在の被害状況など知って入り限り全てだ」


「そ、それは⋯⋯」


 押し黙るクリス。その反応にレイジは答えを急かすように剣を更に食い込ませる。


 レイジも当然気づいていた。【ダンジョンマスター】が九人、【魔王】が一人。そして、現れた新しい陸地を全て【ダンジョン】と考えるならその何処かに【魔王】がいることを。


 外に出られない以上この情報を知ることがかなり有利になる。そのため、半ば無理やりに答えを聞こうとするがーー


「お、俺は⋯⋯知らない」


 ーーここでまさかの収穫無しだった。


「知らないだと? 嘘か?」


「ほ、本当なんだ! 本当に他の【ダンジョン】のことは知らないんだ! だって⋯⋯今まさに全ての【ダンジョン】に一斉に侵入してるんだから!」


「なに?」


 クリスの必死の言い訳に懐疑的に睨みつけるレイジ。しかし、クリスの発言は耳流しして良い物ではなかった。


 世界各地にダンジョンが同時に出現した。その中で一つを選択し、そこに全勢力を費やすより各国がそれぞれのダンジョンを調査した方が効率的なのは火を見るより明らかだ。


「⋯⋯」


「だ、だから俺は何も知らない!本当だ!信じてくれ!」


 必死に弁明し、自分が嘘をついていないことを主張するクリス。そして、その願いが叶いレイジは食い込んでいた剣を僅かにだが引き戻した。


「⋯⋯ほっ」


「お前の言い分はあながち否定できない」


「それじゃあ俺はーー」


「まあ、問題が代わりにできたがな」


「も、問題⋯⋯?」


「ああ、お前をどう処分はどうするか、っていう問題だな」


「な!?」


 レイジはクリスの首から剣を外し囲う様にして見ていた少女達に振り返った。

 そして、レイジの発言を聞いたクリスは驚きの表情で暴れだすが縛っている鎖がそれを許さない。


「は、話が違うじゃないか! 俺を解放してくれるんじゃないのかよ!」


「俺がいつお前を解放するって言った?」


「言っーー」


「言ってないな。それに例え言ったとしてもそれを俺が素直に守る理由はないだろ。お前達は俺達を殺しに来たんだぞ?」


「ッ!」


「さて、改めて聞くがコイツをどうしたら良いと思う?」


 レイジは向けていた視線を少女達に戻した。

 クリスもこれ以上レイジへの説得は不可能と考えたか同情を引くような眼差しで少女達を見つめるが、


(わたくし)は殺すべきだと思います。その方さえ居なければ(わたくし)は怒られなかったのです! その方のせいで怒られたのですから当然です!」


「それは違いますわぁ。パンドラが怒られたのはパンドラが珍しく浅はかで勢いだけで作戦を決行したからですわぁ。あ、私も殺すほうに一票ですわぁ」


「⋯⋯ん⋯⋯ふおんぶんしは⋯⋯のこさず⋯⋯死ぬべき⋯⋯」


「嗚呼、ミーにも意見を言わせてくれるのデスネ。マイマスターはなんてお優しいのデスカ! ミーはそこのユーを殺して欲しいデス! ミーのシスター達がたくさん殺されたのデス!」


「⋯⋯満場一致か」


「あ、あぁ⋯⋯」


 全員の意見が纏まり、同情すらされなかった哀れな冒険者クリス。口から漏れるのは強要される死への拒絶だ。


「い、いやだ⋯⋯死にたくないッ!」


 目の前の死から逃れるために、目の前の恐怖から遠ざかるためにクリスは立ち上がり出口を見つけて走ったが、


「逃すかよ」


「あぐっ!?」


 全身に巻きつく鎖がそれを許さない。

 今度こそ逃げられないようにと鎖がクリスを引き寄せるように短くなる。


「何でだよ!? 何で俺が死ななくちゃならねえんだよ! あんなにたくさん魔物を殺したじゃねえか! あんなにたくさん人様を助けてやったじゃねえか! 何でだよ! 何で何だよ!?」


「ああ? そんなの簡単だろうが」


 引き寄せられたクリスはレイジの目の前まで引き摺られーー


「お前が俺の敵だからだよ」


 ーー頭から腰までを真っ二つに割かれた。


 二つに分かれたクリスは物が落ちる音を二つ作った。ビチャビチャと跳ねるように鮮血や臓器が飛び散り、土色と紅色の花火を彩った。

 それに何処か美しさが感じられるのは生への執着ゆえかもしれない。


 そして、怒りを叫び、不条理を慟哭したクリスはそれ以外を残すことなく⋯⋯ダンジョンへ吸収されていった。


「さて貴方様、これからどうしましょうか?」


「あ、ああ⋯⋯」


 クリスの最後を作り、見届けたレイジ。


 自分でやったことなのに何処かポッカリと空いた感触を感じる。大事なものを捨ててしまって、無くしてしまった後に気づくそれと何処か似ている。


 意外にも自分は血も涙もない人間なのだろうか。

 意外にも自分は人間を殺せる人間なのだろうか。

 意外にも自分は変わっている人間なのだろうか。


 よく分からないことをよく分からないままにレイジは自分の手が汚れていたことに今、気づいてしまった。


レイジ君がちょっとゲスかったかなぁ⋯⋯

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