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ダンジョンマスターは魔王ではありません!!  作者: 静電気妖怪
一章〜盤外から見下ろす者、盤上から見上げる者〜
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17話「幸せな犠牲と不幸な我儘」

 

 隊長、桃矢、そして最後の生き残りとなった冒険者クリスは屋敷の廊下を死に物狂いで走っていた。


『な、何だあの化け物は!?』


『テメエ等の仲間じゃねえのかよ!?』


『アンタ達の仲間は仲間を殺したりするのか!?』


『する訳ねえだろ!』


『じゃあ、あんな奴は仲間じゃねえよ!』


 隊長とクリスの間で繰り広げられる罵声と怒声。突然に別人の様になってしまった冒険者の女。事もあろうか、その女は同じ冒険者を二人殺した挙句狂気に満ちた笑い声を屋敷内に響かせていた。


『クッソッ! 一体ここで何が起きたって言うんだ!』


 クリスの焦りしか感じられない悪態とは逆に隊長は確信めいたものを感じていた。


 あの女は魔物に寄生された、と。


 【人類】が現状一番に恐れているのは強大な力を持った魔物の襲来だ。だが、戦場においてそれと同等に恐れられるのは仲間が乗っ取られることだ。


 戦場において一瞬の判断ミスが致命傷となるなら、仲間を装った敵がいる場合最悪だ。一瞬を突かれ、一気に形勢が逆転する事だってありえる。


 当然、軍人である隊長はその恐ろしさを知っており、寄生型の魔物がいることも伝えられていた。しかし、それを目の前にいるクリスや、青年が知っていたかは分からない。


 そして、隊長の中である程度の結論と決意を決めたこの時、分岐点に差し掛かった。


 近づいて来たのは一階に降りる階段と二階の通路。


『早く⋯⋯早く逃げねえと!』


 先陣を切る様にクリスが真っ直ぐに一階へ続く階段を降った。続く様に桃矢も階段を下ろうとするが、


『ま、待ってくれトウヤ!』


 隊長は何かに気づいた様に声を上げ、反射的に桃矢の肩を掴んだ。掴まれた桃矢は足を止めて懐疑的な表情で振り返る。


「あ? どうしたんだオッサン?」


『⋯⋯コッチだ!』


「お、おい!?」


 隊長は桃矢の反論を聞く前に手を掴み廊下の方へと走り出した。桃矢は手を振り払い階段の方へ戻ろうとするが上の階から聞こえる足音がその足を止めた。


「クッソッ!」


 戻ろうとした体の向きを変え先を走る隊長を追いかける桃矢。


「何てことしてくれたんだ!」


『⋯⋯多分だが下の階に出口はない』


「は?」


『考えてみろ! 入ってきた扉は開かない。他の場所を探してもで口らしき場所はなかってなら残っているのはどこだ!?』


「な、何言ってんのかわかんねえよ!」


 早口で怒声も混ぜた隊長の声に桃矢がたじろぐ。そして、桃矢の反応に自分の言動を省みた隊長は『すまない』と一言添えて言葉を選んだ。


『⋯⋯トウヤはあの女を倒せるか?』


「⋯⋯無理だな」


『そうか⋯⋯なら逃げるしかない』


 ようやく辿り着いた二度目の分岐点。三階へ上る階段と一階へ下る階段。隊長は迷う事なく三階へ上る階段を使った。


「何処に出口があるって言うんだ!?」


『多分だが⋯⋯あの大きな穴なんじゃないか⋯⋯?』


「あれが?」


 隊長の中で三階にあった大きな空間は不自然だった。本来あるべき部屋、あるべき扉が消失した様に出来上がったあの空間。



 本当はあの場所に冒険者が言うボス部屋の様な場所はあったのではないか? だから、本来ボス部屋にいるはずの魔物が外に出ているのではないか? そして、最初から襲いに来ないで隊長達が三階に辿り着いた後に姿を現したのは⋯⋯そこが出口だったからなのではないか?



 隊長の思考が交錯する。当然、隊長の考えが間違いならかなりの痛手だ。しかし、


「嗚呼⋯⋯まさかまさか、気づいたのデスネ?」


 隊長達の行く手を塞ぐ様に女わ現れた⋯⋯否、予測した様に待ち伏せしていた。


『チッ⋯⋯ここでご対面か⋯⋯』


「マジかよ⋯⋯」


「この屋敷の仕掛けに気づく人間がいるとは驚きデス。どうしてわかったのデスカ?」


『⋯⋯』


「⋯⋯」


「⋯⋯なぜ返答がないのデスカ?」


 首を九十度回転させ疑問をぶつける女。大きく目を開き、答えない隊長と桃矢の審議するように見つめる。その仕草から何かを聞かれていると感じた隊長はようやく口を開いた。


『⋯⋯すまん、何を言ってるか分からない』


「⋯⋯え?」


「⋯⋯俺はここが出口だった理由を知らない」


「⋯⋯は?」


 隊長と桃矢の答えにポカンとする女。数回の逡巡で言っていることを理解し手を口元に添えた。


「きゃははははっはっっはっっっっはあはははははっっっっ!! 嗚呼、そうデス。そうデスネッ! これは失礼デスネ! ミーはまだジュクジュクの未熟者でしたのでマイマスターの様に無意識では行なっていませんデスネ! では⋯⋯んんッ! これでどうでしょうか?」


『!? ⋯⋯どう言うことだ!?』


 女の意味のわからない言葉の後から変化を感じた隊長は驚愕で顔を彩った。先ほどまで全く理解できない言語で話されていた女の言葉が急に理解できる言葉⋯⋯英語が耳に入ってきたのだ。


「どうしたんだオッサン?」


『⋯⋯奴の言葉が分かる』


「は?」


「そこのオジサンはミーの言葉が分かると言ってるんですよ」


「っ!?」


『⋯⋯どう言うことだ? 俺が分かるのにトウヤも分かる⋯⋯意味がわからない』


 隊長の頭の中がゴチャゴチャになる。桃矢の反応から女の言葉を桃矢が理解できていることから日本語なのだろう。しかし、隊長もまた女の言葉が理解できていた。


 つまり、女の言葉は日本語と英語、言語の壁を異次元的な方法で超えたことになる。


「中々に驚いているのデスネ。でもでも、ミーもおしゃべりが過ぎてしまったのデス。どうしてこの場所が分かったか気になりますが⋯⋯死ねば関係ないデスヨッ!」


『ッ!?』


「うお!?」


 流石軍人か。驚きに注意がそれていた中、自身と桃矢の足元に何かを感じ桃矢を突き飛ばしながらその反動で自身もその場からズレた。


 そして、次の瞬間には隊長と桃矢がいた位置には数本の鎖が獲物を逃した蛇の様に揺らめいていた。


「く、鎖!?」


 隊長の間一髪の反応のおかげで捉えられることを免れた二人は飛ぶ様に下がり体制を整えた。


『トウヤ大丈夫か!?』


「あ、ああ! 助かった! だが⋯⋯」


 二人の視界に映るのは次々と現れる鈍色の鎖。出口となる大穴への道を塞ぐように一本、また一本と伸びる。


『⋯⋯』


「逃げれると思ったのデスカ? 思ってないデスヨネ? 逃すわけがありませんデスヨ!」


 刻々と過ぎる時間。その一秒ごとに出口への道のりは少しずつ狭まっていく。されど、隊長の中ではゆっくりとゆっくりと一秒を刻んでいた。


 遅延する時間の中、隊長は⋯⋯


『走れトウヤッ!』


「ッ!?」


 隊長はそう叫びながら女に向かって走った。銃を構え、迫り来る攻撃に備えながら。


 隊長の驚きの行動に一瞬躊躇うが桃矢も隊長に続く様に足を動かした。


「嗚呼、これが戦い⋯⋯避けられない運命なのデスネ!」


 女は左手を前へ突き出す。その動きと連動する様に女の周囲を漂っていた鎖が数本隊長へと襲いかかった。


『うおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!!』


 極限まで高められた集中力。合わせた照準が高速で動く鎖の先端を全て捉え切った。放たれた銃弾が鎖の先端に当たり、鎖の進行方向を変える。


「きゃは!?」


 だが、隊長の銃撃は鎖の進路を変えるだけではなかった。オマケとばかりに鎖に当たらなかった銃弾の数発が女を襲った。


 女は驚いたものの周囲に残っていた鎖を前に移動させることで銃弾を弾いた。


『今だ! 入れ!』


 隊長の声と共にジャンピングダイブで鎖と壁の僅かな隙間を桃矢は抜けた。


「オッサンも早く来い!」


『⋯⋯』


 鎖の障壁と抜けた桃矢がまだ通ることができる隙間から隊長を呼ぶ。しかし、帰ってきたのはけたたましく鳴る銃撃の音だけだ。


「早くしろ! 閉じるぞ!」


 徐々に通路が狭くなる中、再度叫ぶ桃矢。しかし、ようやく返ってきた返事は桃矢の思い描くものではなかった。


『⋯⋯いいかトウヤ、よく聞け。俺はここで死ぬ』


「は!?」


『帰ったら⋯⋯すまない、と伝えておいてくれ』


「な、何言って⋯⋯」


 鳴り止まない銃撃音。鎖の壁で見えない先で何が起きているか桃矢にはわからない。


 実際に、そこで起きているのは数ミリのミスでも許されない過酷な戦いだった。


「キャははッ! 素晴らしいデス! 素晴らしいデスヨ! これほどの人間がいるだなんて驚きデス!」


 楽しむ様に鎖を飛ばす女。そして、その先端を全て目で捉え撃ち落とす隊長。その連続する攻防が途絶えることなく続いていた。


 しかし、この戦いには終わりがあった。隊長の持っている弾は切れかかっていた。隊長はそのことに気づいていた。だから⋯⋯


「おい! 冗談だろ!? 早くこ⋯⋯」


『うるせえッ! さっさと行きやがれッ!』


「ッ!?」


 ズドンと体勢を崩さない様に気をつけながら勢いよく鎖を後ろ蹴りする隊長。その勢いに大きく鎖が歪むがその形はクッションの様に徐々に戻っていった。


 しかし、突然の隊長の行動に桃矢の心は戻らなかった。切羽詰まった隊長の蹴りと怒声に桃矢は立ち上がった。


「⋯⋯すまんッ!」


 言葉になったのは先程までの物とは違った。隊長の言葉を理解し、隊長の叱咤を理解し、隊長の犠牲を理解した。


 桃矢は今も続く銃撃音が鳴り響く鎖の壁を振り返ることなく不自然に出来上がった大きな穴へと身を投じた。


『⋯⋯ようやく行ったか』


 疲れを吐き出す様に口から出た安堵の言葉。それと同時に奮闘していたバレルもカラカラと終わりを告げる。


「もう終わりなのデスカ?」


『ああ、終わりだね。俺のやるべきことはやれた。もう十分だろ』


「命乞いはしないのデスネ? 不思議デスネ? 何故デスカ?」


『⋯⋯そんなことしたらお前は俺を殺さないのか?』


「それは無いデス。ミーがユーを殺さない理由にはなりませんデスヨ」


『ならしないね。そんな事したら死んでいった奴等に自慢話できねえじゃねえか』


「⋯⋯きゃハッ! 面白いことを言うのデスネ! 成る程、自慢できないデスカ!」


 口元を手で隠しながら笑う女。大役を果たし切った隊長には恐怖を感じていた狂った笑い声もどこか心地良い。


「きゃハハッ! ハァ⋯⋯では、死んでくださいデス」


『ああ』


 隊長の覚悟を決めた返事を耳に入れ、女は隊長の首を持っていたナイフで両断した。ナイフの勢いと押し上げる血で放射状に飛び出す隊長。残った体からは真紅が女の視界を埋める様に噴き出す。


 痛みを感じさせるほども無い時間で終わる生。それは、女の情けか、隊長への賞賛か。どちらにしても、隊長は幸せな死を遂げられたのかもしれない⋯⋯


「ま、ミーがユーの仲間を見逃したとしてもマイマスターがユーの仲間を見逃すかどうか分かりませんデスネ」


 ⋯⋯自分の死が無駄になるかどうかも知らないのだから。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


『クソクソクソオオオオォォッ!! 何でだよ! 何で開かねえんだよ!?』


 血が滲むほどに拳を叩きつけ、靴が擦り切れるほどに足を振り、弾丸が切れるまで銃で撃ったが、クリスが外に出る事は無かった。


『開けよ開けよ開けよ開けよ! じゃないと奴が⋯⋯アイツが⋯⋯』


「アイツとは⋯⋯誰でデスカ?」


 必死に扉をこじ開けようとするクリスの背後から聞こえた女声。その声にクリスの肩が跳ね上がる。そして、ゆっくりと言うことを聞いてくれない首を捻る。


『あ、あぁ⋯⋯何で⋯⋯何でここに⋯⋯』


「⋯⋯キャはッ! ここにいる理由デスカ? おかしなことを言うのデズネ! ここにいる理由なんて決まっているではないデスカ! 当然⋯⋯」


 ゆっくりと近ずく女。離れようとクリスは後退るが⋯⋯もう既に背中は扉に着いていた。そして、間も無くして女との距離は無くなっていた。


「ユーを殺すため、と言いたいところデスガ⋯⋯嗚呼、ユーは運が良いデスヨ! ユーは⋯⋯ミーの手土産になるのですから」


 その言葉を最後にクリスの視界は真っ暗になった。どう言う意味か反論する暇もなく、猶予もなく、クリスの意識は深く深く沈んでいった。


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