15話「隔たりのある世界で」
『では改めて任務の内容を説明する』
ダンジョンの入り口前で大尉の厳格な声が響き渡る。しかし、その声を聞いているのは一刻前とは大違いに少なくなってしまった。
『まず、編成後のA班、B班は斥候を、C班は連絡要員として後方待機。そして、中間に冒険者達を配置する』
ざっと説明される内容。それだけに予測ができなく、冒険者の力に頼ってしまっている現状がよく分かる。
『では⋯⋯健闘を祈る』
『『『『ハッ!』』』』
大尉の声に残った者達は洗礼された敬礼を見せる。それは数は少なくなっても厳しい訓練を乗り越えたのは伊達ではないことを証明していた。
そして彼等は【ダンジョン】と言う怪物の口の中へと足を踏み入れた。
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ーービービービーッ! ビービービーッ!
ダンジョン最下層。ゼーレが起こした戦争⋯⋯の様な物を終結させる様に警報が鳴り響いた。
「あら? また人間がやって来たみたいですわ」
「そうだな。今回は二組同時か」
画面には慎重に入ってくる十六人の軍人。その装備は一刻前に入って来た者達を変わることなく緑色のヘルメットに迷彩服。手には軽機関銃を持っている。
ただし、一刻前とは違い今回は動きが明らかに変化していた。
「⋯⋯なんだろな。何かを⋯⋯探してる?」
「そうですわね。まるで、索敵しているみたいに見えますね」
「⋯⋯」
流石に侵入者が来たからか全員がジッと画面に見入る。軍人達は背中を合わせ周囲を警戒しながらかなり速い速度で移動していた。
そして間も無くしまたサイレンが鳴り響いた。
ーービービービーッ! ビービービーッ!
「また連続か。今度は⋯⋯っ!?」
次に入って来たのは軍人数名と⋯⋯全く見た目が違う五人の人間。北欧系の四人と一人の日本人。その姿を見たレイジは息を飲んだ。
「どうかなさいましたか?」
「お兄様ぁ?」
「⋯⋯だ⋯⋯?」
「はい?」
「何でアイツがここに居るんだ!?」
レイジの視線が唯一存在して居る日本人に注がれる。
周囲の金髪と違い染めた様に黒色が垣間見える金髪、耳や口に開けたピアス、如何にも喧嘩っ早い風貌のその男、坂巻桃矢が混じっていた。
「えっと⋯⋯貴方様? あの人間のことをご存知なのでしょうか?」
「ああ、何せアイツは⋯⋯俺を【ダンジョンマスター】にした張本人の様なものだからな」
「え!?」
「そ、そうなのですか!?」
レイジの発言に全員が驚きに包まれる。
思い出されるのは面倒な思い出ばかり。囃し立てることを始めとして最終的には人の気持ちを考えることなく平気な顔で他人を人柱とさせた。
当時は大して感じていなかった怒りが不自然にふつふつと湧き上がってくる。
「⋯⋯チッ」
「⋯⋯貴方様、どうしますか?」
「殺ってきましょうかぁ?」
「⋯⋯いっしゅんで⋯⋯おわる⋯⋯」
口々に寄せれえる坂巻桃矢の死刑宣告。堪え切れない怒りを露わにしながらレイジは必死に冷静さを保とうとした。
「⋯⋯いや、今は様子を見よう。坂巻達の動きが気になる」
「⋯⋯わかりましたわ」
「はぁい」
「⋯⋯ん」
爆発する感情を何とか押し殺したレイジの判断により坂巻桃矢の命は皮一枚で繋がった。
「⋯⋯」
そして、それを面白くない様に見つめる視線があったことにレイジ達は気づくことはなかった。
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『⋯⋯冒険者達、この中がどう言う状況かは聞いているか?』
A班、B班の突入から数分後、冒険者の男女五人と共にダンジョンへ入ったC班の隊長があまり好ましくない雰囲気で声を掛けた。
その理由は言わずもがな、米国における軍と冒険者の関係が悪いこともあるのだがここではもう一つ原因があった。それは、冒険者達の装備にあった。
その殆どが防刃ジャケットやプロテクターなど市販で購入できる物であり、銃社会であったため銃は本物であるが弾を持っていないのだ。
そして、白人系の集団の中にひっそりと混じっていた唯一の日本人、坂巻桃矢は厚手のコートにモデルガンとダンジョンの恐怖を知る隊長からはとても信じられない装備だったからだ。
『あ〜、ある程度は聞いてるよ。【ダンジョン】内では電子機器が使えるけど、外では使えないんだろ?』
『⋯⋯ああ』
『あとは、白い新種の魔物かな。他には何かあるのかい?』
『⋯⋯まあ、大体その辺りだ』
『そうかい』
隊長の問いかけに答えた白人系の青年は何が楽しいのか口元をニヤニヤさせながら集団の先頭へ走り立つと全員が見える位置で振り返った。
『じゃあ皆んな、さっさとこんな場所をクリアして俺たちがギルド最速のダンジョン踏破者になろうぜっ!』
『な!?』
青年は大きな声でそう言い放った。まるで、目の前にいる隊長への宣戦布告の様に。そして、侮蔑の意味を孕んでいるかのように嫌らしく言った。
当然、隊長はその宣言に怒りをぶちまけない様に堪えるのだが、他の冒険者達が状況を悪化させる。
『⋯⋯ぷっ、あはははははっ!』
『何言ってんだお前! そんなの当然だろ? 俺達が来たんだぜ? これで踏破できなかったら他に誰ができるんだよ!』
『そうだそうだ! ま、その掛け声をかけた事に関しては褒めてやるよ!』
『お、何だよその偉そうな言い方は! せっかく言ってやったのによ!』
口々に小馬鹿にした様な言葉を口走る冒険者達。唯一この場にいた日本人、坂巻桃矢を除く白人系の男女はピクニックの気分の様だ。
そして、殆ど会話に参加しない坂巻桃矢は別に内容がどうとか、警戒しているからと言う理由ではない。それは⋯⋯
『⋯⋯君は盛り上がらないのかい?』
「⋯⋯なんて?」
『ん?』
「は?」
そう、坂巻桃矢は英語が話せないのだ。
『あ〜隊長さん? そいつに話しかけても無駄だぜ? 確かにレベルは高いけどそいつ⋯⋯英語話せないからっ!』
青年の告白にさらに場が盛り上がる。笑い声が木霊し、手や足で音を立てる。
坂巻桃矢も馬鹿にされている様に感じているが慣れたのか余り関与してこない。ただ静観しているだけだ。
『⋯⋯すまない』
「別に」
そんな坂巻桃矢を見て何を思ったか隊長は比較的簡単な単語で謝罪した。坂巻桃矢も流石に理解しそっぽを向くがその表情は明らかに怒っている。
『よっしゃあっ!じゃあサッサと突破するぞっ!』
『『『おうっ!』』』
「⋯⋯」
『⋯⋯すまない』
「⋯⋯」
青年の掛け声で一気に速度を上げる冒険者達。隊長は最後にそう一言を坂巻桃矢に言い残し後方へ下がっていった。
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冒険者とC班は進み続け何事も無くこの階層の中心に建つ屋敷の前に来てしまった。
『おぉ〜、これが言ってたメインか』
『にしてもボロいな⋯⋯入るのは良いが崩れないか?』
『ビビったか?』
『なわけ!』
軽口を叩きながらとても頑丈とは言えない壁やドアを蹴りながら騒ぐ冒険者達。しかし、この異常な事態に隊長や隊員達は緊張の糸を張っていた。
『隊長⋯⋯おかしくはないですか?』
『気づいたか? そうだ。この状況は明らかにおかしい』
『自分達⋯⋯真っ直ぐここへ来たんですよね?』
『ああ、大した寄り道はしていない。寧ろ予定より早く着いたはずだ。なのに⋯⋯なんで先行していた部隊と合わないんだ⋯⋯?』
そう、冒険者とC班は先行していたA班とB班が進む道と同じ道を通った⋯⋯否、一本道のため逸れることはない。そして、途中で冒険者達が走った為に進行速度は予定よりも早かったはずだ。
しかし、屋敷の前まで来て先行していた部隊に合うどころか銃声一つ聞くことはなかった。終始、静寂と冒険者達の声が入り混じっているだけだった。
『あれ? 隊長さん、何かあったんですか?』
『⋯⋯気づかないのか?』
『気づかない? 何がよ?』
『我々は一度たりとも先行していた部隊と合うどころか銃声ひとつ聞いていないのにここに辿り着いてしまったのだぞ?』
隊長の指摘を聞いた青年は今思い出したかのように口を開け理解した様に素振りを見せるが⋯⋯
『ふ〜ん⋯⋯で?』
『⋯⋯は?』
『いやだからそれが? って言ったんだけど?』
『何を⋯⋯言って⋯⋯』
『いや、お宅等の仲間と遭遇しなかったのは⋯⋯弱かったからでしょ?』
『なっ!?』
『会わないってことは死んだってことでしょ? それってつまり弱すぎたってことじゃね?』
青年の信じられない答えに隊長達は開いた口が塞がらなかった。その一方で、聞いてた他の冒険者達は口を大きく開けて笑っていた。
『き、貴様等っ!』
『ま、待てっ!』
流石に堪え切れなかった隊員の一人が青年を殴りかかろうとするが、その動きを制止させる様に隊長が手を伸ばした。
『な、何で止めるんですか!?』
『⋯⋯』
隊長もまた殴りかかろうとした隊員と同じ気持ちだった。仲間を馬鹿にされ、その死すら侮辱された。今すぐにでも殺してやりたい程だったが、隊長は直感していた。
『⋯⋯それ以上進めば⋯⋯死ぬぞ』
『な、何を言ってーー』
『へぇ、よく気づいたじゃん』
隊員と青年の距離は大股で三歩程。隊長は隊員が近づくにつれ自然体でありながら構えている様な青年の雰囲気を敏感に察知していた。
『大してレベルも高くないくせに』
『⋯⋯我々をあまり舐めるな』
『ふぅん⋯⋯ま、アンタはそこそこってことにしておくよ。じゃあ、皆んな! 屋敷の中に入るぞ!』
『おう! って行くのか? 他の部隊がどうとかって言ってなかったか?』
『軍なんて所詮そんなもんだ! 俺達でクリアするぞ!』
そう言って青年は他の冒険者達を引き連れ、壊れかけた両開きのドアを開いた。そして、気づいた様に隊長へ振り返った。
『あ、軍人の皆さんは帰ってもらっても結構だよ。どうせ来たって役に立たないから』
『『『『ッ!?』』』』
『ま、来るのは自由だけど⋯⋯自分のことは自分で守ってね』
青年はそう言い残して屋敷の闇へと消えて行った。
『⋯⋯』
『⋯⋯隊長』
『⋯⋯どうした?』
『俺たちはどうすれば良いんですか?』
『⋯⋯』
すぐに答えなければいけないのに答えが出ない問いかけ。しかし、その問いに考える時間をダンジョンはくれなかった。
『ッ!』
『と、扉がッ!』
誰も触れていないのに閉じる扉。急速に動くその扉だが、隊長の目にはやけに遅く感じた。そして、その遅延された世界で隊長は決断した。
『お前達は今すぐに帰れっ!』
そう言って隊長は走り出した。閉まる扉が完全に閉じる前にその隙間に潜り込もうと。
『た、隊長!?』
『いいか、お前達はなんとしてでも生きて帰れ! これは命令だ!』
『た、隊長はどうするんですか!?』
『俺は⋯⋯』
脳裏に浮かび上がるここまでの出来事。仲間を馬鹿にされ、侮辱され、それでも我慢するしかできなかった自分。
なんのために走っているのか。その答えは至ってシンプルだった。仲間の仇を討ちたい。一矢報いたい。そして何より⋯⋯強くなりたい。
その願いを糧に、隊長は一層力強く走った。今にも追いかけて来そうな隊員に振り返ることをせずに。
『俺は必ず生きて帰る! 後で⋯⋯後で必ず追いかける!』
そして扉は閉められた。五人の冒険者と一人の軍人をその中に入れて。
外からの声は聞こえない。外からの叫びは届かない。ただ、薄暗く凄惨な世界がユラユラとロウソクの灯で照らされていた。
軍が弱くなり過ぎない様に書くのが難しい⋯⋯




