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ダンジョンマスターは魔王ではありません!!  作者: 静電気妖怪
一章〜盤外から見下ろす者、盤上から見上げる者〜
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10話「奇行」

 

「ぜぇ⋯⋯はぁ⋯⋯ぜぇ⋯⋯」


 乱れる呼吸、鉛のような足。周囲を歪ませるほどの強い日差しに額から落ちてくる汗は目に刺激をもたらす。


「お⋯⋯お兄⋯⋯ちゃん⋯⋯どこ⋯⋯?」


 朦朧とする意識の中唯一つの願いだけでその体を動かす。けれども、行っても行っても景色は変わらない。ただ、歩いてきた足跡だけが培った時間と結果を教えてくれるだけだ。


 どれだけ歩いただろうか。一時間か? 一日か? 一年か? 永く永く続くこの苦痛はどこまで行けば終わりを見せてくれるのだろうか。


「お兄⋯⋯ちゃん⋯⋯」


 限界だった。

 ドサリと体を砂地に放り投げてしまった。もう足が動かない。腕が体を持ち上げてくれない。


 これが水の飢餓。体の大部分を構成し、渇きと乾きを潤す存在への求め。諦めと言う死を直前にした時、その恐怖を洗い流す恵み。


 これが力の飢餓。どこまでも広がる恐怖とどこまでも飽くなき憧憬への求め。終わりなき探求が限界を見つけても頂きへ辿り着かない畏れ。


 これが愛の飢餓。山よりも高く天に近づき、海よりも深く底を覗く唯一無二への求め。どんな信頼よりも、どんな絆よりも凌駕し全てを変革する愛し。


 飢餓によって初めて理解する心からの叫び。飢餓の前では人は本来の姿を取り戻す。求めても求めても手に入らない極限のなかで。


 これが飢餓の道。求めるものは自らを救う水か、自らを高める力か、自らを慰める愛か。


「お兄⋯⋯ちゃん⋯⋯助け⋯⋯て⋯⋯」


 少女⋯⋯ゼーレの心からの叫びは愛であった。彼女の兄への愛は山よりも高く、海夜も深いものが証明された。そして、その証明と共に彼女は死ーーー




「⋯⋯やっと⋯⋯みつけた⋯⋯」




 ーーーぬことは無く、ゼーレの上に一つの影が覆い被さった。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


 ぶっちゃけ、ゼーレが歩いていた時間はおよそ二十分である。別に、極限状態でもなければ、すぐに死ぬような状態でもなかった。


 そして、そんなゼーレはミサキによって最下層まで運ばれた。


「ゴキュゴキュゴキュ⋯⋯ぷはぁっ! 生き返るうっ!」


 全身が欲していた水分を浴びるように飲み干すゼーレ。両手で大きめのペットボトルを支えながら飲むその姿は愛らしさすら感じられる。


「おーおー、良い飲みっぷりだな」


「ん⋯⋯さっきとは⋯⋯おおちがい⋯⋯」


「見つけた時はどんな感じだったんだ?」


「⋯⋯こう⋯⋯うぅ⋯⋯ってかんじ⋯⋯」


「ぷっ、それは面白いな。見てみたかったぞ」


 ミサキのまるでゾンビが這うようなモノマネにレイジは口元を抑えながら堪え切れない笑いを漏らす。


「そこっ! いつまでもゼーレをバカにしないっ!」


「あ、ゼーレ様、こーらをお持ちしましたのですが⋯⋯」


「ああパンドラちゃんっ! 君は良い子だっ! そこに置いておいてくれ」


「分かりました」


「⋯⋯まだ飲むのかよ」


「い、いいでしょっ! ゼーレもよく分かんないけどすごく喉が渇いているんだよっ!」


「⋯⋯ったく⋯⋯いいからそれ飲んだら外に出るぞ」


「えぇ〜、お兄ちゃん人使いが荒い。ゼーレ、まだ起きたばっかだよ?」


「もう運動もしてるだろ⋯⋯ってこの数日間ずっと寝てたのか?」


「え? 数日間?」


 ゼーレにとっては聞き逃せない言葉だった。うーん、と唸りながら指を口元に添えゼーレは思い返す。寝る前にやったことやその出来事を。


「数日間って言うのは分からないけど、ゼーレが覚えてるのはお兄ちゃんに怒られて不貞寝したくらいだよ?」


「怒られて? 何に対してだ?」


「水晶の機能のことだよ」


 レイジの脳裏に思い返されるのは帰還してすぐに教えられた水晶の新機能。元々あった機能も知らせなかったので軽く⋯⋯いや、何故か強く怒った気がするが、それは凡そ三日程前だ。


「⋯⋯」


「どうしたのお兄ちゃん?」


「⋯⋯三日前くらいだ」


「え?」


「その話は⋯⋯三日前の話だ」


「⋯⋯え? じゃ、じゃあ⋯⋯」


「⋯⋯一応聞くが、自分のベットで寝たんだよな?」


「ううん、お兄ちゃんのベット」


 サラリと真顔で返すゼーレ。真剣に考えているレイジを差し置いて何の躊躇も無くゼーレは爆弾を落とした。


 そして、その爆撃は余りに強く、コーラを注いでいたパンドラはピタリとその動きを止め注がれていたミサキの手はコーラまみれに、ミサキも驚きで手を気にかける暇すらない。そして、同じように驚くエイナは飲んでいる状態で動きが止まっている。


「ぜ、ゼーレ様! そ、それは本当なのですか!?」


「ぐお!? 目がっ! 目があぁっ!」


 持っていた巨大ペットボトルをぶん投げてゼーレに詰め寄るパンドラ。投げられたペットボトルは中身のコーラをぶちまけながら遠方へ飛んでいく。飛んでいく過程で誰かの目に刺激水が入ったようだが誰も気にしない。


「うん、本当だよ?」


「お姉ちゃん⋯⋯しんにゅう⋯⋯きんし⋯⋯したはず⋯⋯」


 手に持っているガラス製のコップをプルプルと振るわせるほどに握り⋯⋯割った。割れたガラスの破片はそこらに散らばり、ミサキの手は最初からだがもうすでに取り返しのつかないほどにコーラでベトベトになっている。


「あ!? そのコップ高かったのに!」


「ゴホッ、ケホッ⋯⋯どうして⋯⋯どうしてお兄様のベットへえええええぇええええぇっ!!」


 最後に声を出したのはエイナだった。気管に入ったコーラを何とか戻そうと咳込んでいるうちに出遅れたようだ。


 そして、叫ぶ彼女の目はまさに狂気に染まっていた。今までの彼女の姿からでは想像できないほどに感情が高ぶり、抑え切れない状態になっている。


「ちょっ、お前たち⋯⋯」


「狡いですわっ! あ、貴方様とあ、あんな事やこんな事をし、ししたんだすわねっ!」


「パンドラちゃん妄想が激しいよ!? そこまではしてないよっ!」


「お姉ちゃん⋯⋯こんどは⋯⋯という⋯⋯こんどは⋯⋯ゆるさない⋯⋯よ?」


「ミサキちゃん!? スゴイ手がベトベトしてるんだけど!? やめてこっち来ないで! 掴まないで!」


「カアアアァァ、許しませんわぁ⋯⋯絶対に許しませんわぁ!!」


「エイナちゃん口閉じてっ! 乙女として出ちゃいけない声が出てるから! あとその狂気的な目もやめて! 怖いよ!」


 ジリジリと詰め寄る三人。口撃は続き、徐々にゼーレは壁際に追い込まれ⋯⋯ついに、逃げ場を失った。


「覚悟して下さいまし!」

「⋯⋯かくごきめて」

「⋯⋯⋯⋯」


「た、助けてえええええええええぇっ!」


 その後、少女達の叫び声が最下層内を反響しテトラが気分を悪くしレイジがその面倒を喰らったのだった。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「⋯⋯さて、外に行きていんだが⋯⋯準備はいいかゼーレ?」


「⋯⋯ふぁい」


 ボロッとした雰囲気に早変わりしたゼーレは正座の状態で膝の上に石を積まれていた。地面はある程度平らになっているがそれでも小さな石が転がっている地面での正座は苦痛だろう。


「⋯⋯お姉ちゃん⋯⋯もういっこ⋯⋯いけるね⋯⋯」


「ピギャ!?」


「ゼーレ様? また貴方様とでーとですか? 羨ましいですわ」


「プギョ!?」


「お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様⋯⋯⋯⋯」


「やめてっ! 二個同時は⋯⋯ギャアアァ!」


 なおも続くお仕置きと言う名の拷問。一体何が彼女達を動かしているのか狂ったように積まれていく石材。


「⋯⋯も、もうやめて⋯⋯あ、足が⋯⋯これだとお兄ちゃんにおんぶしてもらうしか無くなるよ⋯⋯?」


「「「⋯⋯」」」


「お、お兄ちゃん、そ、外に行くんだよね?」


「あ、ああ」


「じゃ、じゃあ、おんぶして連れてって⋯⋯もう、足の感覚が⋯⋯」


 願うように声を上げ、請うように手を伸ばすゼーレ。その姿に憐れみすら感じてしまうほどだ。そして、そんなゼーレの台詞を聞いていた三人は⋯⋯


「い、いやですわゼーレ様! もう石はありませんわよ?」


「ん⋯⋯お姉ちゃん⋯⋯かいふくやく⋯⋯のんで⋯⋯げんきになった⋯⋯? なったよね⋯⋯?」


「お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様⋯⋯」


「え、エイナ様落ち着いて下さい!」


 ⋯⋯驚きの早さで手の平を返した。


 必死にエイナを羽交い締めすることで奇行を取り押さえるパンドラ。そして、二人を尻目に無理にでも回復薬の瓶をゼーレの口に押し込むミサキ。


 ゴキュゴキュと無理に飲まされたゼーレは飲む終わると先程までの苦悶の表情が嘘の様に取れ、晴れ晴れとした表情になった。


「いや〜、生き返ったよっ!」


「⋯⋯外に出ていいか?」


「うん!」


 ゼーレはレイジに釣られるようにピョコピョコと後を付けダンジョンの外へ向かった。その背後には知ってから知らずか猛烈な嫉妬の視線が向いていると知らずに。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「やっと外の状況を確認できるぞ」


 レイジはどこか疲れた様に呟いた。無理も無い、ようやく話が進むのだから。この作業をするとしないでは対応に大きな差が出てしまうのだ。


 そして、ようやく辿り着いた地上で目にした光景は⋯⋯


『これより【ダンジョン】の制圧に入る! 皆の者準備はいいか!』


『『『『イエッサーッ!』』』』


 銃を肩にぶら下げ一人の指揮官に向かって敬礼を行う数え切れないほどの軍人の数だった。


「⋯⋯は?」


 唖然と、間抜けたレイジの声だけがこの場にそぐわぬ物だった。


ほのぼのとした場面が少ないせいか思っていた以上に時間がかかってしまいました。

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