9話「【魔王】と【勇者】」
「ふあぁ〜あ」
一つの大きな欠伸が漏れた。眠気がまだ抜けないままに眼を擦り、腕や足を伸ばして全身の凝りをほぐす。
「⋯⋯あれ?」
不思議と感じた暑さ。普段出会ったら快適な場所で気持ちよく起きれるはずなのに今日は一段と暑い⋯⋯いや、暑いだけでなく布団の触り心地も乾いたザラつきを感じてしまう。
まだ夢の中なのだろうか? そう思いながらも自分の周囲を見渡し、触れる感触を確かめる。
「⋯⋯ここ⋯⋯どこ⋯⋯?」
徐々に覚醒してくる意識。それだけに、今ある現実が夢の様に感じてしまう。
目に映るのは一言で表せば砂漠。乾いた砂は黄土色になり、ポツポツと散在している木々は一つの緑を付けることなく痩せ細り、頭上から照らす太陽はまるで服を脱がしたいのかと思うほどに熱烈なものをぶつけてくる。
「⋯⋯ゼーレはいつからこんな場所で寝る様になってたっけ⋯⋯?」
眠りから目を覚ました少女⋯⋯ゼーレは困惑した頭を傾げながら広く、どこまでも続いていそうな黄土色の海を見つめた。
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「⋯⋯ッ!」
ダンジョンの最下層、魔物の週団の最期を見ていたレイジ達はその不自然さに議論を始めようとした。だが、その議論が始まる直前にミサキが勢いよく振り返った。
「どうしたミサキ?」
「⋯⋯お姉ちゃん⋯⋯?」
「は? あ、おい!」
レイジの制止を耳にも入れずミサキは真っ直ぐに最下層から出て行った。まるで、何かを感じ取ったかの様な雰囲気で。
「どうかなさったのですか?」
「あ、ああ。ミサキが急に『お姉ちゃん』って言って飛び出して行ったんだ」
「『お姉ちゃん』⋯⋯ですか⋯⋯って、それはゼーレ様の事ではありませんか!?」
「多分そうだと思うんだが⋯⋯散々探したのに急に見つかるものなのか?」
「あぁ多分、ミサキは【直感】を持っていたと思うんですぅ。それで何か感じたんじゃいですかぁ?」
「そう言うものか?」
「ミサキの直感は馬鹿にならないんですよぉ?」
「そうですわね。ゼーレ様のことはミサキ様にお任せしましょう」
「⋯⋯そうだな。実際、俺たちが行ってもミサキに追いつかないしな。行っても足手まといになっちまう」
どこか信頼の様な⋯⋯諦めにも言える空気で三人はその場を濁した。そして、この空気に飲み込まれていなかったただ一人⋯⋯テトラだけはジッと三人の姿を見つめているのだった。
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「さて、貴方様。先程の魔物の集団についてなのですが⋯⋯」
「ん? 何かわかったのか?」
「あ、いえ、確証はないですわよ? ただの憶測ですわよ?」
「いや憶測でもいいよ。どうせ、ただいろんな種族の魔物がいっぺんに攻めてきたくらいしかわからないんだから」
何度も念を押す様に言うパンドラにレイジは若干呆れながらもその話に耳を傾けた。
「まず、貴方様は今回の攻撃をどう見ますか?」
「そうだな⋯⋯安直に考えるなら他の【ダンジョンマスター】からの攻撃と考えるが⋯⋯それは低いと思う」
「⋯⋯何故でしょうか?」
「そもそも俺たち【ダンジョンマスター】は一種族しか呼べないし産み出せない⋯⋯と思う」
レイジの脳裏に浮かんだのは自身のステータス。表記の中には【霊族のダンジョンマスター】と入っている。実際に、階層主として加わったパンドラを除き【霊種】や地縛霊なんかの大体は『霊』と言う語源に沿っていた。
その事を考慮するならばゴブリンやスライム、オークにオーガはあまりにも統一性が感じられない。
「ぶっちゃけ、あんだけの種類に実は統一性があったって言うなら話は別だがそうとも考えられない」
「⋯⋯では⋯⋯?」
「もし、【ダンジョンマスター】でなければ次の候補は⋯⋯【魔王】だろ」
【魔王】が指し示す存在は何者なのかはレイジにとっては分からない。ただ、全ての魔物は魔王から生まれたと言う事を除いて。
「⋯⋯ご明察です。私も同様の見解です。今回の件、もし【魔王】の手によるものでしたら合点が行きます。まず、【魔王】は多種族の魔物を作り出せます。そして、以前お聞きした地上での魔物の被害。あちらも【魔王】が魔物を解き放っている可能性が高いと思います」
「そうか⋯⋯となると【魔王】の狙いは⋯⋯」
レイジ達が一斉に目を向ける。そこには、
「【ダンジョンコア】⋯⋯か」
「【ダンジョンコア】⋯⋯ですわね」
今は天井から降り注ぐダンジョン内を照らす光を反射させキラキラと輝いている一つの水晶が静かにレイジ達を見守っていた。
「それでしたらぁお兄様もじゃないですかぁ?」
【ダンジョンマスター】の敗北条件。【ダンジョンコア】の破壊もしくは【ダンジョンマスター】の死亡。これを考えるのであれば魔物達の狙いはレイジ自身だったとも言える。
「⋯⋯そうですわね」
「まあ、何にしてもこの戦い⋯⋯唯の競争という訳にはいかないな」
レイジ達の間に闘いへのスイッチが入った。
【魔王】からの侵攻に耐え、【人類】からの侵略に耐え、他の【ダンジョンマスター】からの攻撃にも耐え、それでも勝利を目指すなら【魔王】を討て。
大きな波乱の渦は既に渦巻いていた。ゆっくりと着実にその強さは増していたのだった。
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ーーキーンコーンカーンコーン⋯⋯キーンコーンカーンコーン。
始まりと終わりを知らせる鐘が始まりを告げた。
「遅れてすまんっ!」
ガラッと勢いよくドアを開き一人の男性が教室内に入ってきた。手には教科書とメモ帳、それとは別にプリントの束を持っており、相当急いで来たのか額にはいくつもの汗が浮かんでいる。
「さて、授業の前に選択授業の方を選んでもらうぞ」
短髪の黒髪に柔和な相貌。身長は高めで、ほっそりとした体つき。しかし、その細身は無駄のない筋肉で覆われており見た目に反した体育系の教師だ。
ここ、冒険者育成学校では基本的に教師は体育系であり、現役冒険者もいれば軍人も派遣されることもある。中には大学の研究者も現れることがあるが基本的には教科書という名目の資料が代わりとなっている。
そしてここで教えられるのは当然、サバイバル技術の指導、戦いでの立ち回り、魔物への対処などだ。
現在、ここの教室は通称『特待生』と呼ばれるステータスが抜き出た者、もしくは国の推薦によって入った者が集まる教室だ。
その為、年齢は基本的には高校生だが中には中学生、大学生、一般も混じっている。他の教室である場合は中高大、一般と分けられるがこの教室だけは別である。
そう、この学校は育成学校と銘打ってあるだけでほぼ大学の様な物になっているのだ。それだけに、魔物への対処が間に合わない緊急を要する事だったということがわかる。
そして、男性教師は教卓に教科書やらプリントの束やらを置きそう言って切り出した。
「さっき、政府の方から緊急で連絡が入った。内容はみんなも知っていると思うが新大陸にできた新しい陸地の件だ」
教師の話を適当に流しながら生徒達は配られたプリントを後ろへと回していく。中には教務を示しているものもいれば、呆然とプリントを眺める者など様々だ。
「⋯⋯正直なところ上からの圧力が無ければまだ話したくはなかったんだがな。内容は⋯⋯【ダンジョン】についてだ」
「「「「っ!?」」」」
教師の発言で教室内の空気が一変する。
今や世界はファンタジーに包まれた状態だ。魔法ん出現に魔物の襲来。そして次にやって来たのはダンジョン。ゲームや異世界が好きな中高生は特に反応が強い。
「まず話しておきたいのは新しくできた陸地の全てに洞窟のようなものが発見された。政府はこれを【ダンジョン】と呼ぶことにしている」
教師が黒板前にスクリーンを出し、新しくなった世界地図やその洞窟の写真を見せながら話を始めた。
「そして、この【ダンジョン】を踏破することが上からの指示だ。それで⋯⋯」
「先生っ」
男性教師の話の途中一人の男子生徒が手を挙げた。その表情は興味と歓喜で包まれており落ち着きを無くしているように見える。
「ん? なんだ?」
「【ダンジョン】の踏破って何をすればいいんですか〜?」
「⋯⋯今からそれを言おうとしてたんだ。嬉しいのはわかるがちょっと落ち着け」
「は〜い」
男子生徒は教師に諌められふざけた態度で席に着いた。座れば隣にいた生徒に肘鉄を軽く貰い笑われている。
「そんじゃあ【ダンジョン】の踏破だが⋯⋯なんでも一番下の階層にいる【ダンジョンマスター】だか【魔王】だかを倒すか【ダンジョンコア】を破壊するだけらしいぞ」
「「「「おおっ」」」」
教室内が一層騒がしくなる。最早待ってましたと言わんばかりの盛り上がりようである。ダンジョンにダンジョンマスター、魔王と続いたこの状況。
中には「俺が魔王を倒すぜっ!」と息巻く生徒もいるほどだ。
「こらこらウルセェぞっ。あんまり騒ぐな! 下の階に響くだろ!」
教師の怒鳴り声の方がうるさいと感じるがそうでもしなければ教室内があれたままで先に進まなくなってしまうのだから仕方はないだろう。
そんな教師の気持ちを知ってかしらずか、その大きな声で教室内は静かになった。
「それで今日から実戦に入るんだが、そのために職業を決めておかないといけないからな。なりたい奴を選べばいいがちゃんとステータスを考えながら選べよ。じゃないと後で後悔するからな」
教師はそう言うと選択の時間を設け持っていたメモ帳に視線を落とした。暗に、隣の人と話しながら決めてもいいが度をわきまえろと言っているかのようだ。
そんな中、教室内で一人に少女が書かれている選択欄と睨めっこをしていた。
「う〜ん⋯⋯」
少女⋯⋯七草千代は迷っていた。そんな迷いを知っている前の席に吸わす少女が後ろを向き話しかけて来た。
「ちっちゃんやっぱ悩んでるね」
「あ、さとちゃん」
彼女の名前は流石聡子。前髪はつけられているメガネを隠すように目元まで伸びており、後ろは一つの三つ編みで束ねられている。
よく図書館にいそうな雰囲気の女子生徒だ。
「うん⋯⋯私、近接か遠距離かその時点で迷っちゃってるんだよ。さとちゃんはやっぱり魔法使い?」
「うん。私⋯⋯運動音痴だし、魔力にステータスが偏っちゃってるから」
「そっか〜。じゃあ、私も魔法使いに⋯⋯」
「ちょっと待てよ」
「え?」
少女二人の楽しい会話に一つの待ったがかけられた。
二人が振り向いた先には一人の男子生徒が立っていた。
長くない程度に伸びた茶髪、鋭く吊り上がった目尻は何かを睨んでいるようだがいつも通りだ。そして、吊り目に付随して整った顔立ちは幾多の男子を恐怖に落とし、幾多の女子を恋に落としたのか分からない。
そんな男子生徒⋯⋯天草剣士郎が千代の言葉を遮った。
「なに剣士郎君?」
「何じゃねえよ。お前は剣士の方を選べよ」
「ええ⋯⋯」
剣士郎の熱意に嫌な顔をする千代。ここまで剣士郎が真剣になる理由は確かにあった。
剣士郎は代々剣術を扱う家系に生まれた。小学生から入った道場では始めて六ヶ月で賞を取り、そのまま県大会でも優勝した。毎年開かれる全国大会でも今までに何度も優勝を勝ち取ってきた。しかし⋯⋯
「お前⋯⋯俺に圧勝したくせに剣を持たないとか言わないよな⋯⋯?」
そう。剣士郎はこの冒険者育成学校に来て最強の剣士として生きる予定だったが⋯⋯あえなくその夢は一人の少女によって打ち砕かれた。
体育の一環で行った剣道の試合。そこで、初めて防具をつけた千代はまさかの勝ちを拾ってしまったのだ。それも、回数を重ねるごとに圧倒すると言うおまけまで付けて。
「だからこの前の試合は悪かったって言ってるじゃん」
「別に悪くわねえよ! お前の実力があるだけだろ。だから、その実力を正しい方向へ伸ばせって言ってんだよ!」
「あーはいはい、分かりましたよー」
「絶対、近接の方へ来いよ!」
ガルルル、と今にも食いかかって来そうに睨みつけながら離れていく剣士郎。千代は面倒なものに絡まれたと言わんばかりの表情でシッシと手で払う。
「はぁ〜、めんどくさ」
「あははは、ちっちゃんは人気だね」
「嫌よ、あんなのに好かれるなんて」
「誰にでも好かれていた方がいいよ? それはそうと結局どうするの? 近接の方へ行く?」
「ん〜⋯⋯ま、ステータスを見てから考えるよ」
「わかった。決まったら教えてね」
「うん」
聡子は返事を聞くと体の向きを前に向けた。
千代も久しぶりに見るステータスを開いた。基本的にはステータスに変動は起きない。魔物を倒してレベルを上げれば当然変化はするが、倒していない千代はその変化を期待していなかった。
筋トレをすれば上がらないことはないがかなり大変であり、上がったとしても誤差でしかないのだ。そんな訳で、期待することもなくただの最終確認のつもりで千代はステータスを開いた。
しかし、そこには思ったものと別のものが写っていた。
「⋯⋯え? なに⋯⋯これ⋯⋯?」
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名前:七草 千代
種族:人族
性別:女
Lv:1
HP:500
MP:500
技能:身体強化(5)、剣術(5)、見切り(-)、光魔法(3)、七元徳(-)
称号:???
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七元徳(-)
七つの徳をその身に宿す。
大いなる運命を背負い???へ至る者に与えられる。
唯一にして無二の存在が使うことができるその力は絶対的な存在へ向けられる。
第一解放『神を降ろす知恵』
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大きく大きく渦は歯車を回す。全てを巻き込む歯車は全ての起点となってゆっくりと動き始めていたのだった。
はい、ようやく冒険者側が入りました。あとはダンマスが五人と魔王か⋯⋯紹介の途中放棄をしそうで怖い。




