四話「恥辱の日」
「私は何故このような目に遭わされているのだ」
嘆きの言葉が、口から零れた。私は勇者****。いや、今は魔法使い****と言うべきか。国王陛下より魔王討伐の任を受け旅立った勇者であったが、勇者の期間は三日で終了し、今は下着一丁の魔法使いとして薄暗く死臭漂う不気味な谷の底を歩いている。
「ゾンビ系って動き鈍いの多いからカモなんだよな。割とわかりやすい弱点多いし」
「ヒャッハー! 敵も味方も回復だぁぁぁッ!」
鼻歌でも歌いだしそうな先輩魔法使いである猛者の一人が前方一面を炎の海とし地面も動く死体も関係なく焼き払い、明らかに聖職者とは思えない口ぶりと格好の男が神々しくも優しい光を振りまくと、断末魔をあげふわふわと近寄ってきていた半透明の人型が消滅してゆく。
「いや、確かに弱点はわかりやすくある……のか」
炎と神聖なモノを苦手としているのは、猛者たちの魔法でも面白いようにバタバタ倒れてゆくのを見れば、わかる。だが、なんと言うか腑に落ちない。
「あの死体や霊体の魔物だが、二日前の廃城と比べて――」
「強いよ? レベルで80台~90台ってとこだし。テコ入れなのか、新しいレイドの参戦可能人口を増やしたいのか、クエストとかレイドバトル関連は一定レベルまでのパワーレベリング防止の逆経験値補正が緩和されてるからね。恐ろしい勢いでレベル上がってない、今?」
「あー。まぁ」
クエストとかレイドバトル関連とやらはよくわからないし正直認めたくないが、私の魔法使いとしてのレベルは既に勇者としてのソレを超えてしまっている。こうなるのがわかっていたから、猛者たちは私を下着一丁のままここに連れてきたのだろう。強さに見合う装備をあつらえるなら転職したての頃に妥当だった装備などすぐさま役立たずになるという理由で。
「だが、流石にコレはないんじゃないだろうか」
猛者たちの中には幼さの残る少女も私と大差ない年と思しき女性もいるというのに唐突に下着一丁にされてからここまでその恰好で居るのだ。装備がすぐに不要のモノとなるのはわかったが、せめてマントか何かを羽織らせてほしいと言ったらだめなのだろうか。こう流石に猛者たちに倒された動く腐乱死体達の身に着けていた衣服を剥いで纏おうだとかは思わないが。
「なんだコレは、なんなのだ、コレは」
強くなってるのはわかる。恐ろしく強くなっていっているのはわかる。だが、それと引き換えに私の大切なモノがゴリゴリすり減っているような気がただただしているのだが。このまま変な扉を開いてしまわないだろうか。ゆっくりとこちらに向かってくるゾンビどもの目が濁って私を映さないのは責めてもの救いか。
「ウボアー」
「ヴアー」
生じた爆発の外延部分に居た動く骸たちが吹っ飛ばされて宙を舞っている。
「凄まじい威力だ」
蹴散らされて雑魚にしか見えないあれらも猛者の話が確かなら、王都の騎士達より強い筈。いったいどれほどのレベルがあればアレをなせるというのか。気にはなるが、私には聞く勇気がない。そんなことでよく勇者だと名乗れたものだと自嘲気味に思うが。
「そういえば、今の私は勇者ではなかったな」
宮廷魔法使いの末席の者のレベルをいつの間にか追い越していたことは、考えないことにしておく。
「流石は腕自慢が集う酒場で出会った者達だ。腕自慢にも程があるとは思うが」
正直これなら私などを呼びつけなくても国王陛下は彼らに直接魔王討伐を命じればよかったのではないかとつい思ってしまう。彼らだけで行けば手を煩わせて私のレベルを上げる必要もない。
「デイリークエストのモブ討伐数はもう大体達成してる頃合いだよな」
「納品系もレア系以外の敵ドロップ関連はそろそろたまってると思うよ」
「まぁ、レアと採取系の納品は戻ってPLバザーで確保すれば右から左へ通して終わりだろ」
相変わらず彼らの言うことにはよくわからないモノが多いが、強さの高みに至った者だけが理解できるモノで会ったりするのだろうか。
「しかし」
彼らに指示されることには訳の分からないことが多い。ゾンビの腐肉やボロボロの上に鼻も曲がりそうなほどの腐臭が染みついた服だったモノの一部などを集めてどうしようというのか。
「あのゾンビ達が人として生きていた頃の家族が、遺族が供養を依頼したとしても、な」
遺髪とかであれば私も納得できるのだが。
「いや、それ以前に――」
思い返してみれば、猛者達は先ほど今も面白いように消し飛ばされている死体や霊体の魔物をレベル80以上と言っていなかっただろうか。
「確か、我が国の将軍のレベルが30前後ではなかったか?」
先日の廃村のゾンビも50以上と言っていた気がする。双方が正しければ、我が国の将軍より強い魔物が世界のあちこちに居るということになるのだが。
「……そうか、さばを読んだのだな!」
矛盾に頭を悩ませた私は、少し唸ってから理解した。駆け出しの勇者であった私が自分のレベルの低さを気に病まないようにあの将軍は自分のレベルを低く偽って私に伝えたのだろう。宮廷魔法使いや城を護る兵士もきっと同様に。
「確かに……私だけが弱ければ『自分が行っていいものかと』そう思ったはずだ」
私が一桁のレベルなのに城門の横に立つ兵士がレベル87とかだったら、きっと自分が旅立つ意味について考えてしまったであろうし、旅立つ勇気も持てなかったかもしれない。
「その実30レベルとは、人の力を借りてとは言え数時間足らずで至れるものであると」
王城へ今度立ち寄ることがあったなら、私はあの将軍に礼を言おうと思う。
「将軍達がレベルを低く偽ってくれたおかげで私は臆さず旅立てました」
と。レベル上げがこんなに簡単だったことを秘していたことについては軽く文句も言いたいところだが、それは私が慢心や油断することを危惧して黙っていたのであろうし。
「私はまだまだ井の中の蛙と言うか世間知らずだったということだな」
世界とはこんなに驚きと知らないことに溢れていたとは。苦笑を零して、私は忘れることにする。未だ下着一丁で居るという現実を。