繋がる(両)片思い
私には勿体ないほどに、私のなかで彼女は輝いてしまっていた。近づき難くなって、だんだんと交わす言葉も減った。そのまま私と彼女は別の高校へと進み、それでも彼女の存在は私から切り剥がせない。
恋心というのは恐ろしいものだ。小中と女子校に通っていた私にとってそれは縁遠いものだと思っていた。
だってそうでしょう?
私の知っていたお伽噺では、お姫様がいて、王子様に恋をしていた。王子様が男性であることなんて当たり前なんだって。
でもね、私の前に現れた王子様は優美でかっこいいとか、そんなのとはかけ離れた、だけど魅力的な女の子だった。
私も当惑したよ。なにも見えなくなって、少し塞ぎ込んで。それでも彼女は、私の手をとって連れ出してくれた。
私の気持ちには気づいていてくれましたか?
あなたの中にまだ、私はいましたか?
もう、どうしようもなく、ぐちゃぐちゃになった心が混ざり合って、混ざって、混ざって……。そう、今着ている服みたいに、周りの皆が着ている服の色みたいに、最後にはなっていくのかなあって。その心の中に、真っ白な気持ちが混ざっているなら、少しは灰色に近づいたかもしれない。
真っ白な気持ちってどんなのだろう。真っ白って云うには適切かどうか定かではないけど、私が彼女に伝えたい気持ちは、確かにある。穢れもなくこの言葉を使えたなら、この言葉は真っ白だったけど、思いをのせたらそうはいかない。
私は彼女の写真の前まで歩いた。彼女の笑う姿は、私に昔向けていたそれと変わらなかった。柩の中を見ても同じ。ただ、目だけは閉じていた。
涙は嫌というほど流したはずなのに、またこぼれ落ちそうになる。だけどここではだめだ。彼女の前でだけは。そう思っていたのに、一滴の大粒の涙が頬を伝って落ちていった。
目を一度閉じて、開けば視界はある程度晴れる。また柩を見ても、ぼやけてしまうだけだからもう見ない。
家族でもない、今では友達と言っていいのかもわからない私が、長々と前に居ても迷惑かな。
だから私は最後に、伝えたかった言葉のほんの一部を伝えることにした。
「好きだよ。」
彼女にだけ伝わりますようにと、小さな声で、私は願いながら、上部だけ真っ白にできた言葉を置いてその場を離れても、混ざり合った黒は本来の濁りを取り戻せない。
帰りにコンビニで弁当を買って、自宅のマンションのエレベーターで時間を確認すると、もう八時を過ぎている。エレベーターを降りると、少しだけ美味しそうな香りが漂ってくる。コンビニで済まさずにどこかで食べてこればよかった。
自分の部屋の鍵を開けようとすると、二つある鍵の一つに手応えがない。閉め忘れたかなと思いつつ、家の扉を開いた。
「ただいま」
誰もいないけど癖で言ってしまう。昔は、……母が生きていた頃はおかえりの言葉があったけど今はもうない。
「おかえり~♪」
そう、あるはずないのだ。もしあったらそれは間違いなく不審者だから。
……逃げなくちゃ!!
足音は次第に大きくなる。それなのに腰に力が入らない。人は恐怖に駆られたときは途端に動けなくなるというが、本当だったんだ。
あ、死んだら、大好きだった人と一緒にいられるようになるかもしれない。
「神様、どうかお願いします……。せめて今度は、大好きなひかりと一緒に毎日を過ごせるように。」
私は覚悟を持って目をつぶった。
「す、すずねっち、久しぶりだね」
「えっ?」
私は驚いて目を大きく見開いた。大好きな人が目の前にいる。
「……ひかりなの?本当に?……嘘じゃない?」
「本当に、本当だよ。会いたかったよ。ずっと。」
涙がポロポロ落ちる。さっき我慢し切れていたなら、今私はなにも話せないほどに泣いていただろう。
視界に写る景色は目を閉じる前と同じ、つまり同じ場所だった。
「私、死んだら天国とか、そういう場所があるんだと思ってた。」
死んだのに、死ぬ前の景色そのままじゃないか。
「?……すずねっちは死んでなんかないよ?」
「え?」
なら、なんでひかりはここにいるの?そう言う前に答えをくれた。
「えーと、話せば少し長いんだけど、簡単にいえば、神様の手違いで死んだから、好きな形で現世に戻してもらえたの。だから、ひかりは死んでないよ」
私は心の中で踊るほどに嬉しくなると同時に違和感も覚えた。それならなんで家族のところに行かないで私のところに来たのか。
「ねえ、ひかりは好きな形で戻してもらえたっていったけど、それってどういうこと?」
ひかりはちょっと恥ずかしそうにしながら言った。
「知りたい?」
「う、うん。」
ひかりは一度深呼吸をしてから声を出した。
「私はすずねにしか見えないし触れられない存在なの。物とかには触れるし透けることもできる。そんな存在に望んでうまれなおしたの。」
「ええーと……、なんで私?」
「んん……もうっ!はっきり言っちゃうよ!?昔からすずねのことが好きなの!その……性的な意味で!だから、私の家厳しかったし、そーゆーのとかだめだと思ったから、いっそのことすずねだけに見てもらえるようになりたいと思ったの!だからすずねなの!」
私は間抜けみたいに、ポカーンと口を開けていたに違いない。
大好きな人からの大胆な告白ほど嬉しいものはない。
「だから!……さっきの一緒に過ごせるようようにって言ってくれたとき、嬉しかった。すずねに否定されたらどうしようって、思ってた。私はすずねと一緒にいたい。だけど、この気持ちを伝えないで一緒に過ごすのは卑怯だと思ったの。だから、もし今のを聞いても一緒にいてくれるなら私をここに置いてくれる?」
私の王子様はいつもと新しい場所へ私を連れ出してくれる。今回もそうだ。ひかりが動いてくれなければ、何一つ進まなかった。だからと言うのは、それこそ卑怯だが、私も一つ勇気を絞りだそう。
「ここにおいても構わないけど、一つだけ条件をつけるよ」
「本当に?ありがとう!条件なんて、なんでも聞くよ!」
私は私のしたいことを振りかざそう。遠慮はいらないという言葉を昔言ってくれた筈なのに、忘れてしまっていたから、今度こそ。
「私と結婚を前提にお付き合いしてください!」
それが条件ですと言いながら、私はひかりの顔を見て笑った。