95 うごめく魔族たち
私、シェリーさん、ルイス、ハインラインさん、ベアノフは、水球の間に戻って今後のことを話し合うことにした。
ベアノフは両腕を失ったクレティアスを捕まえてる。
逃げ足の速いやつだから、私が持ってたドロップアイテムの丈夫なワイヤーでがんじがらめにしてある。
クレティアスはもう意識を取り戻してるが、抵抗はあきらめ、沈黙を守っている。
残りの覚醒騎士二人もがんじがらめにして夢法師が造った出口のない小部屋に閉じこめた。
水球の間には、あいかわらず水球の中に浮かぶ老人がいて、ウンディーネの二人も隠し部屋から出てきてた。
「最初に、いいかな?」
口火を切ったのはルイスだった。
「イムソダのことだ。
もう知っての通り、イムソダは肉体を得て現世を征服しようともくろんでた。
すでに多くの魔の者が地上での肉体を得て、人間に紛れこんでるらしい」
「なんだって!?」
シェリーさんが声を上げた。
「やつらは、自らを『魔族』と名乗っているようだった。
魔族には人間国家とよく似た階級制がある。魔王を頂点に、魔将軍、魔公爵、魔侯爵、魔伯爵、魔子爵、魔男爵などの位があって、位は実力に応じて魔王から授けられるらしい」
「そんなに多くの魔族が人間に混ざっているというのか?」
「うん。やつらは各国の中枢に潜り込んだり、交易や金融で財を成したりして日に日に影響力を強めてる。
やつらの究極の目的は、魔族の国を建設し、人間の国を平らげ、世界を征服することだ」
「そ、そんなことが……」
シェリーさんが絶句する。
いっぽう、私は、
(うん、まぁ、ありがちかな)
なんて思ってたんだけど。
私は小さく手を上げてルイスに聞く。
「あのさ、イムソダも位っていうのを持ってたんだよね? どのくらい高位の魔族だったの?」
「詳しくはわからないけど、イムソダが四天魔将と名乗るのを聞いたことがある」
「じゃあ、魔王のすぐ下の魔将軍だったってこと?」
「だろうね。でも、イムソダは自分の意思で動いてたみたいで、魔王から指令を受けてるような様子はなかった」
「ある程度裁量を持たされるような実力者だったってことかな……」
四天魔将というのがどういうものかはわからない。
魔将軍が四人いて、それぞれが四天魔将なのかもしれないし、たくさんいる魔将軍のうち特別な四人をそう呼んでるのかもしれない。魔将軍を四人束ねる立場だから四天魔将って可能性もある。
ただ、私は確信してた。
(仮に四天王みたいな存在なんだとしても、『くくく……奴は我ら四天魔将の中でも最弱』『我ら四天魔将の面汚しよ』……みたいなポジションなんじゃないかな)
本来はもっと強いはずなのに、ルイスの口車に乗せられてあっけなく討ち取られてしまったし。
なにより、人望がすごくなさそうだ。
「魔族が人間社会に潜りこんで世界征服を狙ってる、か……」
まるで陰謀論みたいな話だね。
「そういえば、クレティアスはイムソダのことを『イムソダ様』って呼んで、『あのかた』と区別してたように思うんだけど」
私の言葉に、一同の視線がクレティアスに集まった。
「ふん……素直に言うと思うか?」
「言わぬのなら、こちらにも考えがある」
シェリーさんが怖い顔でそう言った。
「拷問か。おまえらみたいなお人好しに、たいした拷問もできんだろうが」
「王都へ戻れば、その手の専門家はいる。もっとも、樹国は長らく平和だった。ザムザリアほど過酷な拷問師はいないかもしれんがな」
――わしが、そやつの夢に入りこんでもよいぞ……
どちらかといえば、夢法師のセリフが決め手になったのだろう、クレティアスは吐き捨てるように言った。
「いいだろう、俺の知ってることを話してやる。
といっても、連中は俺のことを駒としか思ってなかったからな。たいした情報はない。
そのなかであのかただけは慈悲深かった」
「あのかたというのは魔王のことか?」
「そうだ。まだ少女という歳だろう。光で隠れていたから顔まではわからんが、背格好はそこの鼠によく似てる。いまいましいことにな」
鼠っていうのはもちろん私のことだ。
「魔王は女の子なんだ。クレティアスってロリコンだったの?」
「んなわけがあるか。ガキをたぶらかしてなにが楽しい? 人生経験豊富な歳上の女、それも他人の妻を奪うのがいちばんだ。女を人格ごと征服したという実感がある」
そう言って笑うクレティアス。
女性を征服の対象としか見てないってことだね。
こいつにとって女性は、自分の男としての魅力を見せつけるためのトロフィーでしかないんだ。
「まぁ、クレティアスのしょうもない性癖なんてどうでもいいよ。
でも、その魔王に心酔したってことなんでしょ?」
「ああ。あのかたはすばらしい。魂が震えるほどの魔力に加え、魔族だろうと人間だろうと分け隔てなく慈しみ、戦いに赴くものを気遣ってくださる。イムソダなど、あのかたに比べればただの豚だ」
「クレティアスが魔王と会ったのは、ロフトのダンジョンから逃走して、イムソダに覚醒させられてからだよね? そんなに時間があったようには思えないんだけど」
「幽世の時間感覚は現世とは異なる。短いが、濃密な接触だった。あのかたは俺を責めず、俺の傷を哀れんでくださった。
あのかたは俺になにも求めなかった。だから、俺のほうから誓ったのだ。あのかたの騎士になろうと。
それからだ。あのかたは俺の夢枕に立ち、秘密の任務を授けてくださる。俺も、あのかたに事態を直接ご報告していた。
そのすべての瞬間が甘美だった……どんな美女も与えてくれなかったような恍惚と、魂の底から湧き上がる安堵が俺を包むのだ」
「すっかりできあがっちゃってるね」
クレティアスののぼせたような様子に、私は肩をすくめた。
(でも、自分のことがいちばん大好きみたいなクレティアスをそこまで心酔させるなんて……)
なにかの魔法を使ってるって可能性もある。
「あのかたは聖者だ。おのれのためではなく、仲間のために自らの力を惜しみなく使われる。
あのかたがまだこの世界に来臨されていないのが残念でならぬ」
「あれ? 魔王はまだこっちには来てないの?」
「あのかたにふさわしい肉体などそうそうあるはずもない。
魔の者のほうでも、現世への受肉はいまだ研究中の技術なのだ。イムソダが今回現世に降ろうとしたのも、来るべき魔王陛下の降臨に備えての地ならしという面があった」
「いま、魔族はこの世界にどのくらいいる?」
今度は、シェリーさんが聞いた。
「さて、な。魔の者が肉体を取り戻し魔族となるのは簡単なことではない。力が強ければ強いほど難しい。
だから、力の弱い者から降りはじめ、ようやく魔伯爵レベルの魔族が増えてきた。
イムソダの降臨が成功していれば、イムソダは魔族たちを従え、この一帯――ミストラディア樹国の北半分を占める霧の森を領土として、魔族の国を打ち立てる計画だった。
魔の者は肉ある世界の戦を知らぬから、俺はイムソダの参謀となる予定だったのだ」
この、頭に血が上りやすい、極度のナルシストが参謀ってのもアレだけど、幽世と現世では勝手がちがう。現世に詳しい人材がほしいっていうのはわかるかな。
シェリーさんが身震いして言った。
「おそろしい計画だな……まったく、防げてよかった。
おまえはその計画の中でどのような役目を果たしていたのだ?」
「イムソダの直衛と監視だ」
「直衛はともかく、監視とは?」
「イムソダは、存在の規模こそ群を抜くものの、自制心に欠けたところがある。手当たり次第に人間を覚醒させ、霧の森に混乱を作る――そんな大義名分のもとに、あいつは覚醒者の精神を食らって太ろうとしていただけだ。そんなやりかたをしていればすぐに目をつけられるだろう。
あのかたはそれを憂慮し、俺にイムソダの手綱を取らせようとした」
「おまえに、あいつの手綱を取るなんてことができるのか?」
「無理だな。俺の力では、イムソダほどの魔族には対抗できぬ。イムソダの行動を事後報告するのがせいぜいだった」
「じゃあなぜ魔王はおまえをイムソダの監視役にした?」
「それは……言いたくない」
「なんだと?」
「あのかたのお心を思えば、俺は口が裂けてもこのことは話さん。たとえこの身が朽ちようともだ」
そう強硬に言い張るクレティアスは、なんだか妙に騎士らしく見えた。
「では、拷問だな。夢法師殿にもご協力をいただこう」
「待て、どうしても暴くと言うのなら、俺はいますぐ自害する」
「なんだと?」
「闇の炎で身を焼けばいいだけだ。俺をいましめているこの縄には魔法が効かぬようだが、自分の身体の内側を焼く分には問題ない」
「なぜそこまでして秘密を守る」
「俺が、あのかたの騎士だからだ。あのかたには味方が必要だからだ……」
その後も手を替え品を替えてクレティアスから魔王について聞き出そうとしたものの、その口を割らせることはできなかった。
あと一話で第二部完結します。




