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不幸少女は二度目の人生でイージーモードを望む。  作者: 天宮暁


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94 決着

 シェリーさんの振り下ろした剣は的をそれ、ダンジョンの床をむなしく叩いた。


「ダメだ……わたしにはできない!」


 シェリーさんが叫ぶ。


 シェリーさんの向こうでイムソダが笑うのが見えた。


「ならば俺が――ぐぉっ!」


 ルイスに飛びかかろうとしたベアノフの背に、闇の炎が直撃する。


 クレティアスが、闇の炎を弾として放ったのだ。


「余計なことをするな、モンスター!」


 クレティアスがそう叫ぶ。


 ベアノフは、シェリーさんがルイスを殺せないのを見て、自分が泥をかぶろうとしたのだろう。


 その出鼻をくじいたクレティアスは、忿怒の剣(レイジングブブランド)を振り上げ、ベアノフに向かって斬りかかる。


 こんな状況になれば、いやでもわかった。


(私がやらなきゃ……)


 いま自由に動けるのは私だけだ。


(でも、それで本当にいいの!?)


 私は剣を握りしめたままで動けない。


 ――何をしておるか、ミナト! いまを逃せばイムソダは討てんぞ!


 夢法師までもが急かしてくる。


(だからだ……ベアノフは、私ができないと悟って、モンスターである自分ならばと、進んで汚れ役を買って出たんだ……)


「ベェアアアッ! いまはおまえにかまってる暇はないのだ、暗黒騎士!」


「モンスターがさえずってんじゃねえよ! 人間の言葉でしゃべってみろ!」


 爪と剣では間合いに差がありすぎる。

 ベアノフはクレティアスに押されていた。


(イムソダだけをルイスの身体から抜き出せれば……ううん、そうしたらイムソダは幽世に逃げこんじゃう)


 ――ミナト! いまは考えておる場合ではない!


(……うるさいな。

 じゃあ、ルイスのほうをルイスの身体から抜き出せば?

 でも、そんなことどうやって――)


 私の目は宙をさまよう。

 クレティアスと戦うベアノフが視界に入り――そこで閃く。


「そうだ! その手があるかも!

 夢法師さん、大至急さっきみたいにモンスターを造って! イメージは私がやるから!」


 ――何を言っておる! いまさらモンスターの一匹や二匹――


「うるさいっ! いいから私の言う通りにしてっ!」


 私は幽世にまで響くような大声を上げていた。


 夢法師は私の放った精神波に呑みこまれ、口答えもせず、この部屋の中にモンスターを造りはじめる。


 エーテルが集まり、形をなす。


 今回のイメージは前回よりも簡単だ。


 なにせ、目の前にモデルがいる。


(ええと、皮肉屋で、合理主義で、頭がちょっと硬くて、才能にコンプレックスがあって、シェリーさんのことを大事に思ってる)


 私は、細部までイメージを練りこんでいく。


(あとは、絆が必要だ)


「シェリーさん! これを見て!」


 私の声に、泣きはらした顔のシェリーさんがこっちを振り返る。


 そして、目を見開いた。


ここ(・・)に、ルイスさんを召喚するから! シェリーさんは力いっぱい念じて! ルイスさん、戻ってこい、ここに来いって!」


「あ、ああ……!」


 シェリーさんの目に光が戻った。


 シェリーさんは、夢法師が造り、私がイメージを重ねた「モンスター」に、力いっぱい抱きついた。


「――ルイス! わたしにはおまえが必要なんだ!

 わたしはおまえが裏切ったんじゃないかと疑ってたのに、おまえはずっと、こんなわたしなんかのためにひとりで戦って――

 だけど、そんなのはもう終わりだ! わたしはおまえを絶対助けるし、おまえをこんな目に遭わせたイムソダは絶対潰す!

 だから――ここに来い、ルイスぅぅぅっ!」


 シェリーさんの絶叫とともに、エーテルの奔流が荒れ狂った。

 シェリーさんの抱きついた「モンスター」から、強烈な光がほとばしる。


 それを予期してた私は、クレティアスに牽制のエーテルショットを放ち、ちょうど背を向けてたベアノフは、光を直視して目がくらんだクレティアスに襲いかかる。


「姉……さん」


 「モンスター」の発した声を確認すると同時に、シェリーさんは「ルイス」めがけて鋭く踏みこみ、火吹き竜の剣を真っ向から振り下ろす。


 クレティアスは、私の放ったエーテルショットで態勢を崩し、突っこんできたベアノフの爪をもろに食らった。


 シェリーさんの振り下ろした火吹き竜の剣は、激しい炎をまとったまま、ルイスの身体を両断した。


 ルイスの身体――に入ってたイムソダは、死の直前、驚愕の表情を浮かべていた。


 だが、シェリーさんの渾身の一撃で、何事も言い残せないまま、新しい身体ごと滅ぼされた。


 その直後、ベアノフが跳び上がり、体重を乗せた両腕を、クレティアスに向かって振り下ろす。

 クレティアスは両腕を引きちぎられ、受け身も取れず、ダンジョンの床に叩きつけられた。



 ――それで、すべてが終わっていた。








「終わった……のか?」


 そうつぶやいたのは、見張り騎士ことハインラインさんだ。


 シェリーさんは、両断された上に炎で灰と化したルイスだった(・・・)ものから離れ、私と夢法師が(・・・・・・)ルイスを模して(・・・・・・・)造り上げた(・・・・・)「モンスター」へと駆け寄った。


「ルイスっ!」


「姉さん……」


 シェリーさんが、新しい(・・・)ルイスを全力で抱きしめる。

 シェリーさんは力があるので、ほとんどサバ折りに近い。


「ぐっ、苦しいよ、姉さん」


「す、すまん」


 シェリーさんがあわてて身を離す。


 ――うむ……まだ身体が不安定かもしれぬゆえ、慎重に扱ってほしい……


 夢法師が二人に忠告する。


 新しいルイスが、目を白黒させたままで言った。


「ええと、いったい何がどうなったの? 正直、わけがわからなかったんだけど」


 ルイスの言葉に、シェリーさんが私を見た。

 ハインラインさんも同じような表情でこっちを見てる。


「あはは……えっと、ヒントはベアノフだったんだよね」


「……俺か?」


 両腕を赤く染めたベアノフが聞いてくる。

 クレティアスの両腕を引きちぎってたからね。

 もとが熊だけあって、なかなか凄惨な絵面だった。


 クレティアスはまだ生きてるみたいだ。

 なくなった両腕の付け根を、闇色の炎が埋めている。

 もっとも、意識はないようだ。

 ベアノフはその背中を足で押さえつけ、油断なくクレティアスを見張ってる。


「もとはベアノフを召喚するつもりはなくて、たんなる事故で召喚しちゃったんだけどさ。

 もともとの手順では、エーテルで身体を造って、私のイメージを反映してモンスターが完成って話だったよね。

 この、召喚とモンスター生成の合わせ技をすればいいんじゃないか……あのとき、そう思いついたんだ」


「合わせ技、だって? まだよくわからないんだけど」


 ルイスが眉をひそめて聞いてくる。


「えっとね、まずはモンスターを造る要領で、ルイスさんの身体を造ったんだ」


 私の説明を、夢法師が補足する。


 ――わしがダンジョンマスターとしての力で基礎を固め、ミナトがイメージを整えたのだ……もっとも、あのときわしはミナトの強烈な精神波に当てられ、言いなりになっておったから、ある意味ミナトがひとりでやったようなものでもある……


「あはは……説明してる時間がなかったし」


 私はそう言って頬をかく。


「そうか……そこまで言われたら理解できる」


 ルイスがそう言ってうなずいた。


「モンスターとして造った僕の新しい身体に、僕のもともとの身体に宿ってた僕の精神を召喚(・・)したんだな?」


「そういうこと」


「じ、じゃあ、イムソダはどうなったんだ?」


 ハインラインさんの疑問にはシェリーさんが答える。


「滅んだよ。

 イムソダはルイスとの『賭け』の契約で、ルイスの身体に入っていた。乗っ取っているつもりだったのだろうが、契約によって身体から出られないのだから、牢獄に入ってるようなものだったのだ。

 ルイスのもとの身体からルイスの精神を『召喚』して抜き出したあと、わたしはすかさず、イムソダの精神だけが残された、ルイスのもとの身体を斬り捨て、焼き尽くした」


「うん、そこは、ルイスさんがお膳立てをしてくれた通りだね。そうじゃなかったら、幽世(かくりよ)にいるイムソダを滅ぼすのは難しかったはず」


 なにせ、ルイスの身体に入る前のイムソダは、夢法師がビビって逃げ出すくらい巨大な存在だったみたいだから。

 いくら無節操に他者の精神を食らって肥え太っただけだと言われても、サイズがそんなにちがう相手と、慣れない幽世で戦って倒せたかって言われると、かなり怪しいんじゃないかな。

 ちょっと牙が鋭いだけのアリが、限界まで太った豚と戦って勝てるかみたいな話だよね。


「とにかく、全部終わったってこと。ルイスさんは助けたし、イムソダは倒したし、私を狙ってたクレティアスも捕まえた」


 私の言葉に、大きな息をついて、ハインラインさんがしゃがみこんだ。


「……今度ばかりは死ぬかと思ったぜ」


 ハインラインさんの言葉は、だいたいここにいる全員の内心を代弁してたと思う。

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