89 心強い味方
「う、うぅん……」
私はうめきながら身体を起こす。
周囲を見回してみると、そこはもといた水球の間。
幽世から無事に帰ってこられたらしい。
「ミナト! 無事だったか!」
私が起きたことに気づき、シェリーさんが言ってくる。
「あはは……なんとかね。状況は?」
「差し迫ってるぞ。あれを見てくれ」
シェリーさんが指さした先には、空中にホログラフのように画像が浮かんでた。
街角の巨大ディスプレイのようなサイズのそれには、ダンジョンを進むクレティアスたちの姿が映ってた。
そう――クレティアス「たち」だ。
「……ルイスはやはり向こう側らしい」
シェリーさんが暗い顔で言った。
「消えていた他の騎士二人は、ルイスに従ってるように見えるな」
見張り騎士――ハインラインさんが付け加える。
水球の間に浮かんだホログラフ画面には、先頭を切って進むクレティアスと、その背後に続くルイスと騎士たちが映ってる。
クレティアスは、行く手を遮るスライムやアラクネの巣を、闇の炎で焼き払う。
『くそがっ。露骨な時間稼ぎをしやがって』
画面内でクレティアスが毒づいた。
『時間を稼ぐってことは、なにか策でも思いついたのかもしれないね』
ルイスが言う。
『策がねえから時間を稼いでるんじゃねえのか?』
『もちろんその可能性もあるけど、僕としては慎重に行きたい』
『ふん、こっちがそう思うことを見越してるのかもしれないでしょうが』
『見越してたからってどうだって言うんだい? まさか、あの程度の連中の仕掛ける罠や策略を食い破れないって言うんじゃないだろうね』
『……そんなことはありませんけどね』
『まぁ、君の力の根源は『怒り』だからね。気が急くのはわかるよ』
クレティアスとルイスの会話に、私は違和感をおぼえた。
(あの傲慢なクレティアスが、ルイスに敬語? ルイスの落ち着きかたもおかしい)
私の表情に気づいたのだろう、シェリーさんが言った。
「いつものルイスとは思えないな。覚醒したことで性格が変わったのか?」
「クレティアスも変だね。ルイスみたいなタイプのことは見下しそうなものなんだけど」
学校で言うと、なんやかんやでスクールカースト上位にいるのがクレティアス、本人のいないところで陰キャとか呼ばれてそうなのがルイスである。
いじめられるルイスをかばうのが、学級委員のシェリーさんだね。
(まぁ、魔術士として優秀らしいから、こっちの世界ではいじめられにくいかもしれないけど)
覚醒したルイスの力がそれだけ強いのか、それとも――
「モンスターがスライムやアラクネばっかなのは時間稼ぎ?」
私は夢法師に聞く。
――そうだ……中途半端なモンスターでは太刀打ちできぬのだから、数で足を止めておるのだ……案ずるな、節約した分のエーテルを利用して、奥には強力なモンスターを用意する……おまえたちには及ばぬだろうが、戦力の足しにはなろう……
そこで、夢法師が言葉を切った。
――そうだ、ミナトよ……おまえの力をまた借りたい……
「内容によるかな」
――なに、モンスターを作るのに協力してほしいだけだ……具体的には、おまえの戦ったことのある強いモンスターをイメージしてほしい……イメージを借りるだけだ、危険はない……
「それならいいけど」
(ええっと、何がいいかな)
アビスワーム……じゃこっちも巻き添えになるし、だいいち私はあいつのことをよく覚えてない。
(倒したはずなんだけどね……)
ノームたちは助かってたから結果オーライと思っておこう。
ノームといえば、ノームたちのところにベアノフとその仲間たちを置いてきたんだっけ。
(そうだ、ベアノフがいいかも)
ビギナーモードで戦ったから、彼の真価はわからないとこがあるけど、他のモンスターとくらべればかなり強いはず。
知恵もあるので、敵味方の区別なく襲ってしまうおそれもない。
「うん、決まったよ。イメージするだけでいいの?」
私の脳裏には、既に紫の体毛の巨大な鷹頭熊の姿がある。赤目で、堂々としてて、仲間思いで知恵も回る。
ダンジョンに潜りはじめたばかりだった私も、危ういところまで追い詰められた。
――うむ……ほう、鷹頭熊とは珍しい……しかも名付きとはな……
夢法師の言葉とともに、水球の前にエーテルが集まってくる。
それは徐々に形を結び、大きな熊らしき輪郭が見えてきた。
――むっ、これは……
そこで、エーテルがひときわ強く発光した。
「きゃっ」
私はおもわず顔をそらす。
光が収まったところで顔を戻すと、そこには記憶と寸分たがわぬ鷹頭熊の姿があった。
鷹頭熊は、戸惑ったようにきょろきょろと周囲を見まわしてる。
「成功だね。それにしても、ベアノフにそっくりだ」
私がつぶやくと、鷹頭熊が私を見て、驚いた顔をした。
なにごとかを言ってるが、言語設定がヒト語だったのでわからない。
まるで、道で顔見知りに出くわしたみたいな反応に見えるのだが……
私はあわてて言語を獣人語へと切り替えた。
「ミナトではないか。これはいったいどうしたことだ? ノームの郷で幼い者の指導をしていたはずなのだが……」
「ええっと、本物のベアノフ?」
「うん? それ以外の何に見える? 鷹頭熊の見分けがつかぬか?」
「他の鷹頭熊を見たことないけど、どう見てもベアノフだと思うよ。
夢法師さん、これはいったい?」
――聞きたいのはわしのほうだ……鷹頭熊をエーテルから生成するつもりが、おまえと顔見知りのその者を召喚してしまったようだ……
「そんなことありえるの?」
――ありえん……はずだがな……おまえのイメージが強力だったのと、おまえとその鷹頭熊とのあいだに精神的な絆があったせいだろうな……そのような絆は、幽世では距離の近さに置き換わる……わしも、強力なモンスターを生むために集中的に力を注いだことは事実だが……
困惑した様子の夢法師だが、もっと困惑してるベアノフが言った。
「ミナト。説明してくれ。俺には状況が呑みこめん」
「ああ、ごめん。なんか、巻きこんじゃったみたいだね。
ええっと、いまいるここは霧の森のダンジョン遺構で――」
私はこれまでの経緯をベアノフに説明した。
「……というわけなんだ」
「これはまた、奇妙なことに巻きこまれているな」
ベアノフが若干呆れたようにそう言った。
「だが、そういうことなら力を貸そう。ミナトには借りがあるからな」
精悍な鷹の頭で、ベアノフが力強くうなずいた。
「そ、そうは言っても、ベアノフにはもともと関係なかった話だし……夢法師さん、彼を元の場所に返してあげることは?」
――どうやって召喚できたかもわからぬのに、送り返すことなどできるはずもなかろう……
「あはは……やっぱり?」
「ミナト。俺ならかまわんぞ。
さいわいここもダンジョンの中、モンスターである俺には有利だからな。
そのうえ、いまの『召喚』とやらで俺の力が強化されたように思えるのだ」
――ありえることだ……わしの注いだ力はそこな鷹頭熊に流れこんだはずだからな……
「それって危なくないの?」
――もとがモンスターであれば問題あるまい……もし人間だったなら覚醒の亜種のような状態になったやもしれぬがな……
私は、しばし考える。
「あはは……なんだか無理やり呼び出したみたいで悪いんだけど、力を貸してもらっていいかな、ベアノフ」
「うむ。しかと引き受けた」
あいかわらずの武人っぽさでベアノフがうなずく。
この間、シェリーさんとハインラインさんはことの経緯をあぜんと見守ってた。
私はそれぞれに互いを紹介する。
「なかなか好ましい漢ではないか」
「ははっ、まさかモンスターと一緒に戦うことになるたぁな……」
シェリーさんはベアノフを気に入ったようだが、ハインラインさんは乾いた笑みを浮かべてた。
こうして、窮状にある私たちに、心強い味方が一人(?)増えたのだった。




