5 女冒険者
「レイティアよ」
鍾乳洞の奥にあった地底湖で、女性が身を清めながら言った。
女性――レイティアさんは二十代後半だろう。
切れ長の目が印象的な、背の高い赤毛の美人さんだ。
でも、ただの美人さんじゃない。
全身に、しなやかな筋肉がついている。
女性らしさを損ねないギリギリのラインまで鍛えてる感じだ。
「あ、ええと……湊です」
「そんなに怯えないで。大丈夫、まだゴブリンの子どもを妊娠してたりはしないから。万一に備えて教会で祝福をもらっておいてよかったわ」
おどおどと言う私に、レイティアさんがそう言った。
私も、レイティアさん同様、服を脱いで冷たい湖水で血を洗い流してる。
ヒカリゴケしか光源がない暗い湖面は、私の姿を鏡のように映し出していた。
背が低く、肉付きの薄い、中学生くらいに見える少女の姿。
(顔は……印象は前と似てる。前はニキビがあったけど、なくなってる。髪は前より黒くて、肌は前より白い気がする)
目覚めてからこれまで、自分の姿すら確認する余裕がなかったのだ。
(さっき脱いだ服は、貫頭衣っていうのかな。麻の簡素な上着とズボン、革製の靴)
たぶん、この世界では一般的な服装なのだろう。
全裸で放り出されなくてよかったと思うべきか。
「……どうしたの? 怪我でもした?」
身体を確かめている私を見て、不審そうにレイティアさんが言う。
「あ、いえ……」
私はあいまいに誤魔化す。
「それにしても、あなた、強いのね。ゴブリンの群れを一瞬で倒すなんて。あまりそうは見えないのに」
「は、はあ……ありがとうございます」
「ぷっ、どちらかといえば、お礼を言うのは私のほうじゃない」
レイティアさんが笑った。
が、すぐに暗い顔になって首を振る。
「まったく……酷い目に遭ったわ」
「そ、それは……」
「いいのよ、気を使わなくて。女だてらに冒険者をやっていれば、こうなる可能性はあったんだから……」
「…………」
何も言えない。
不幸続きの私も、そういう目に遭ったことはなかった。
(こういう世界、なんだね)
二度目の人生も、ろくでもないことになりそうだ。
「スヴェットは殺されちゃったし。私はこれからどうすれば……ああ」
「レイティアさん……」
レイティアさんが、顔を押さえて泣いている。
しばらく、そうしていた。
身体が冷え切ってきた頃に、レイティアさんが顔を上げた。
「そういえば、ミナトはどうしてこんな場所に?」
「そ、それは……」
私が説明に困っていると、レイティアさんがうなずいた。
「いえ、いいわ。冒険者なんだもの。秘密にしなくちゃいけないこともある」
「私は冒険者じゃないです」
「あら、そうなの? 強いからてっきり」
レイティアさんが意外そうに言う。
(冒険者とか、普通にいる世界なんだ)
ゲームだったら楽しいかもしれないが、あいにくこれは現実だ。
3Kも真っ青のブラック日雇い稼業に、憧れなんてちっとも湧かない。
(だけど、そうするしかないのかも)
この世界のことはわからない。
でも、身元不明の人物ができそうな仕事なんて限られるんじゃないだろうか。
(難易度が変えられる私には、おいしい仕事かもしれないし)
そんなことを考えてると、レイティアさんが言ってきた。
「さて。こうして命を助けられたわけだけど……私があなたにできることってある?」
「そうですね……」
レイティアさんの申し出は渡りに船だ。
だけど、
(どこまで話していいんだろう?)
下手なことを言えば、不審者だと思われかねない。
ゴブリンにいきなり捕まるような場所に、意識のない状態で転生させる――そんなウルトラCを決めてくれた神の推奨する世界である。
警戒して警戒しすぎることはないはずだ。
「……とりあえず、近場の街まで案内してもらえませんか? 実は、道に迷ってしまって」
「道に迷って、ゴブリンの巣窟に入りこんだの?」
呆れたように、レイティアさんが言った。
「まあいいわ。それくらいはお安い御用よ。というより、パートナーが死んじゃった今、私も一人で街まで向かうのはちょっと危険なの」
「この辺はそんなに危ない場所だったんですね」
「あなたくらい強ければいいのでしょうけど。近場でダンジョンの口が開いたせいで、モンスターが活性化してるのよ」
レイティアさんの言葉にあいまいにうなずく。
(ええと……教会、祝福、冒険者、ダンジョン、モンスター……か)
大事そうなことを頭に入れておく。
その後、私とレイティアさんは服を洗い、焚き火をして乾かしてから、ゴブリンたちの巣窟を出た。