83 忿怒の剣
「下がって! シェリーさん!」
私はそう言って前に出る。
クレティアスの怒りに任せた斬撃を、私は黒鋼の剣を両手で握りしめて受け止める。
だが、
ばきぃぃん!
甲高い音を立てて、私の剣が砕け散った。
「くっ……」
私はとびのき、クレティアスの剣をなんとかかわす。
「得意の魔法はどうした、冒険者! この期に及んで出し惜しみか……」
「あはは、そういうつもりじゃなかったんだけど……」
クレティアスの動きは、格段に速くなっていた。
シェリーさんをかばう必要もあって、とっさに魔法をまとめられなかったのだ。
私は、アビスワームの無限胃袋|(見た目はトートバッグ)から、二本目の黒鋼の剣を取り出した。
それを見て、クレティアスが呆れたように言った。
「奇術師か、貴様は。
だが、その剣では俺の忿怒の剣は止められん!」
叫びつつ、クレティアスが再び斬りかかってくる。
「――詠唱省略、エーテルショット!」
私は不意打ち気味に数発のエーテルショットを放つが、
「――なんのッ!」
クレティアスは、忿怒の剣とやらでそのすべてを蹴散らした。
「あはは、やるね! じゃあ――風よ、敵を孕んで運び去れ!」
私は、風船状にふくらんだ不可視の風の塊をクレティアスに放つ。
「ちぃっ!」
クレティアスは舌打ちし、手にした闇の剣で風を払おうとする。
が、とらえようのない風の塊は剣をすり抜け、クレティアスの身体をしっかりと捉えた。
「くそっ!」
大きく吹き飛ばされたクレティアスが、剣を地面に突き立てて減速する。
「エーテルショット!」
忿怒の剣とやらを使えないタイミングを見計らって、私は数発のエーテルショットを速射する。
「舐めるなッ!」
クレティアスは、左手に闇の炎を生んでそのひとつを受け、残りは暗黒騎士っぽい鎧の部分で受け止めた。
エーテルショットは鎧の表面で吹き散らされ、クレティアスはわずかに身じろぎした程度。
「エーテルショットが――効いてない!?」
ちょっと悪ノリしてそう言うと、真に受けたのか、クレティアスがにやりとほくそ笑む。
「おまえの術は封じた。もともと、騎士である俺に鼠ふぜいが敵うはずがなかったんだよッ!」
そう叫んで再び迫るクレティアス。
「風よ!」
「無駄だ!」
さっきと同じ風の風船を、クレティアスは左手のひと振りで吹き散らす。
「エーテルショット!」
「その術は見飽きたぞッ!」
引きつけてから放ったエーテルショットも、クレティアスは余裕で斬り捨て、あるいは鎧で受け流す。
「終わりだ、冒険者ミナト!」
闇の剣を振り上げ、クレティアスが叫ぶ。
(剣じゃ受け止められないし、術も間に合わない!)
私は引きつった笑みを浮かべ、硬直する。
そこに、
「――なにっ!?」
横合いから伸びてきた騎士剣を、クレティアスが振り返って受け止めた。
「……わたしのことを忘れないでほしいものだな、二人とも」
シェリーさんがそう言って、受け止められた剣を翻し、クレティアスに薙ぐような斬撃を放つ。
「邪魔をするなっ! 森に隠れ住む蛮族ふぜいが!」
「我が剣が蛮族のものかどうか――その身で確かめるがいい!」
シェリーさんはそう吠えると、剣戟の速度を一気に上げた。
「ちぃッ! 面倒な!」
なんと、クレティアスが押されてる。
シェリーさんは、クレティアスの忿怒の剣とまともに打ち合うのは危険と見て、たくみに剣を翻しながら、クレティアスの剣をかいくぐるように攻め続ける。
実に堂々たる剣技だった。
(ちょっと、目が追いつかないんだけど)
クレティアスも負けじとスピードを上げはじめ、私の目には二人の剣が影くらいしか見えなくなった。
(あはは、これが達人の世界か)
適正任せのにわか仕込みの盗賊剣では、これに対抗するのは難しい。
でも、
「――風よ!」
シェリーさんの剣に押され、飛びすさったクレティアスに魔法を放つ。
「くっ……」
ただの突風なのでダメージはないが、クレティアスの動きが一瞬止まる。
そこに、シェリーさんが間髪入れず斬りかかる。
「このっ……、卑怯な!」
クレティアスが、いろんなことを棚上げにしてそう叫ぶ。
「あはは、今回は決闘じゃないし。力を合わせて戦うのが冒険者のやりかただからね」
……いや、私が誰かと共闘したことがあったかとつっこまれると困るんだけど。
シェリーさんが斬りつけながらクレティアスに言った。
「ザムザリアの国賊クレティアス! 貴様はもう騎士などではない! 守るべき主君を裏切って国を追われ、魔の者の走狗と成り果てた、ただの犯罪者にすぎん!
卑怯だと? 笑わせるな! 賊ふぜいが、いつまで騎士でいるつもりだ! 貴様の口からその単語が発せられるたびに虫酸が走る!」
「き、貴っ様ぁっ!」
言われたくないことをズバリと言われ、クレティアスが顔を赤くした。
それと同時に、突如、クレティアスの忿怒の剣が燃え上がる。
「――何っ!?」
危険を感じ、シェリーさんが大きく後ろに飛び下がった。
「俺はあのかたの騎士だ! 俗世の王など超越した、至高の存在に仕える暗黒騎士だッ!」
クレティアスが私の呼称を採用しつつ、燃え上がった剣でシェリーさんに斬りかかる。
シェリーさんは反射的に剣で受けようとし、すぐに剣では受けきれないと気づいて下がろうとする。
だが、迷った分だけ出足が遅れた。
「八つ裂きになれッ!」
「くぅっ!?」
クレティアスがふるった剣は、シェリーさんの鎧をかすめただけだ。
だが、剣のまとう闇の炎が剣先からほとばしり、シェリーさんの身体を呑みこんだ。
「ぐわああっ!」
「シェリーさん!」
私は、クレティアスに牽制のエーテルショットを放ちつつ、シェリーさんの腰に飛びついて、私とシェリーさんの重力を魔法で消す。
飛びついた時の慣性で、私とシェリーさんは数メートルも宙を飛び、クレティアスから離れたところに着地する。
「シェリーさん、大丈夫ですか!?」
「くっ、なんだこれは……身体が灼けるように熱い! しかも、精神が昂ぶって――」
シェリーさんを包んだ闇の炎はすでに消えていた。
見たところ火傷はないようだが、シェリーさんは胸を押さえて苦しそうにしてる。
「くくくっ……忿怒の味はどうだ、女騎士」
クレティアスが足を止め、なぶるようにそう言った。
「……何をしたの?」
「俺はもはや、物質を半ば超越した存在なのだ。俺の忿怒は、精神のみならず物質も灼く」
「そんな夢法師みたいな……」
「夢法師だと? くくっ、そこにいる老いぼれと一緒にされては困るな。
俺は選ばれたのだ。人という狭い殻を破り、俺は神への階梯を昇り始めたんだよ……あのかたのお導きでな」
瞳に恍惚の色を浮かべ、クレティアスが言った。
「つまり、『あのかた』とやらは、ナルシストに新しい自己満足の理屈を用意してくれたってわけだね。ご丁寧にそんな力までくっつけて」
「なんとでも言うがいい。
冒険者ミナト、ある意味で俺は貴様に感謝している。
俺が神へ近づくきっかけを与えてくれたのだからな」
「……だったら、見逃してくれないかな?」
「そうはいかん。貴様は、俺の忿怒を浴び、悶え苦しんで死ね。新たなる神の怒りを一身に受けられることを光栄に思うがいい、冒険者ミナト」
「あはは……弱ったなぁ」
私の腕の中で、シェリーさんは苦しんでる。
水球の中にいる夢法師は、自分が危険に晒されてるというのに身じろぎもしない。
「――くくくっ……こんなに早く復讐の機会が巡ってくるとは思わなかったぞ。
さぁ、そのクソ生意気な女騎士ともども身悶えして死ね!」
ひときわ燃え上がる忿怒の剣を、クレティアスが大上段に構えた。
――その時、視界の隅で何かが動くのが見えた。




