78 夢法師の正体
「遠い、遠い昔のことなのでち。ここは世界有数の大きさを誇るダンジョンだったのでち。水を使ったギミックがこれでもかと盛りこまれたダンジョンで、人間の冒険者もたくさん潜ってたでち」
ウンディーネは、私たちを近くにあった小部屋に案内した。
ウンディーネの部屋なので、私たちが座れるような椅子はない。
地べたに、私がアビスワームの胃袋から取り出した敷き布を敷いて、その上に私とシェリーさんがぺたんと座ってる。
ちなみに、騎士さんは戸口に立って周囲の警戒だ。
私はもちろん、シェリーさんもウンディーネを見ることができたが、この騎士さんはそら耳のように声が聞こえる程度だという。
なお、ここからは人間語で話してもらってる。
シェリーさんがいるからね。
「わたちたちウンディーネは、その水の管理を任される代わりに、ダンジョンマスターからすみかを与えられたのでち。ダンジョンマスターは争いごとが嫌いな人だったのでち。ウンディーネの力で冒険者を押し流せば、殺すことなくダンジョンを守れると考えたのでち」
「そんなダンジョンマスターもいるのか。たいていは、覚醒者同様、他人への憎しみのような強い感情にとらわれ、ダンジョンの核とされるのだと聞くが」
シェリーさんがそう言った。
「ダンジョンマスターは寂しい人だったのでち。祖国を逐われ、荒野で朽ち果てようとしてた一族の最後の生き残りで、ひとり孤独な生活を送ってたと聞いてるでち」
ウンディーネが神妙に言った。
「ダンジョンマスターになった経緯は知らないでち。そのあと、ウンディーネと知り合って、一緒に暮らすようになったのでち。ダンジョンも、危険の少ない仕組みにして、冒険者を傷つけまいとしてたのでち」
そこで、もう一人のウンディーネ(♂)が口を開いた。
「それなのに、冒険者たちは怪我をしないのをいいことに、ちょろいダンジョンだと言ってここに押しかけたのでち。最後には勇者と呼ばれる人間までやってきて、ダンジョンマスターは殺されたのでち」
「そんな……」
「ダンジョンマスターは、最後の力で、ウンディーネのすみかを守ってくれたのでち。わたちたちはそれ以来ここにずっと住んでるのでち」
「じゃあ、ダンジョンマスターはもういないんだな。
だが、それならどうしてダンジョンが生きているのだ?」
シェリーさんが聞いた。
今度は男の子のほうのウンディーネが言う。
「ダンジョンマスターは死んだのでちが、ウンディーネはその亡骸を保存してるのでち。ウンディーネの水で亡骸を包むと、魂が身体から流れ出るのを防げるのでち。マスターは、身体こそ動かないでちが、まだ少しだけ生きてるのでち」
少しだけ生きてるとは変な言い方だけど、このダンジョンだって「少しだけ生きてる」状態だ。
「マスターは、ここにいるウンディーネを守りたいと思ってくれてるでち。でも、このダンジョンはもう長くないのでち。ダンジョンを生かすのに必要なのは、新しいマスターなのでち。
ダンジョンマスターになる条件は、強い負の感情を溜めこんでることでち」
と、これは女の子のウンディーネ。
「待て。それは、覚醒者に選ばれる条件と重なるな」
シェリーさんが言った。
「そうなのでち。マスターは、新しいマスターを探してるのでち」
「えっ、ちょっと待って。それじゃあ……」
「冒険者なら、『妖精の導き』を知ってるでち。ダンジョンマスターがダンジョン内の人間に呼びかけ、深くまで誘いこむ罠なのでち」
妖精の導き。
前回のダンジョンでも、最初に一層を突破したパーティが、妖精の導きで二層を突破し、三層のコカトリスを発見してから生還してたね。
ノームによれば、あれはダンジョンにより多くの冒険者を誘いこむためのダンジョンの悪意なのだということだったが。
「この森は、いまでもダンジョンの中なのでち。マスターはこの森にいる者に、『妖精の導き』を使えるのでち。
それよりもっと強いこともできるのでち。ダンジョンのコアとなったマスターの意識は、ダンジョンの意識そのものなのでち。ダンジョンの意識は、ダンジョン内に入った人間の意識にも干渉できるのでち。
もちろん、制限はあるのでち。できるのは、夢の中に現れることくらいだったのでち。
実際、マスターはこれまでウンディーネたちとのおしゃべりにしか使ってなかったんでち」
「おい、じゃあ、まさか、夢法師っていうのは……」
「「――マスターでち」」
揃って言ったウンディーネたちに、私とシェリーさんはおもわず顔を見合わせた。




