76 ダンジョン遺構
「さて、この辺りのはずだが……」
シェリーさんが言った。
「うん。この先に地下に降りてく口の広い洞窟があるよ。たぶん、ダンジョン遺構の中につながってる」
「この霧でよくわかるな」
「と、盗賊士なので」
ミニマップ情報をうっかり口にしてしまい、私はあわててそう誤魔化す。
「ダンジョンにエーテルの流れは感じないね。ううん、かなり下のほうには感じる。そのあたりがダンジョンのまだ生きてる部分かな」
「われわれはダンジョン探索の専門家ではない。そこまで行けるか?」
「ダンジョンが生きてないなら、崩れかけの洞窟を進むのと同じだよ。崩落には気をつけてね」
「危険を考えれば、入り口に一人残していきたいところだが……」
「か、勘弁してくださいよ! こんな何も見えない、夢法師が襲ってくるかもしれない場所に一人なんて」
残ってる最後の騎士が泣き言を言った。
……まぁ、気持ちはよくわかる。
「ならば、全員で入ってみるしかあるまい」
「本当に危険そうなら引き返します。その時は私の判断を尊重してくださいね」
「むろんだ。夢法師は早く追い詰めたいが、無理をしては返り討ちに遭いかねん。
とはいえ、ここに踏みこむ以上、できれば今回で夢法師を捕らえたい。さもなくば、夢法師がねぐらを変えるかもしれないからな」
「そうですね」
場合によっては、難しい判断を迫られそうだ。
ダンジョン遺構はところどころ陥没してて、土砂で埋まってるところも多かった。その土砂には大きな木が根を張って、霧の森の一部をなしている。
「水の流れがあるのはもっと下のほうみたいだね」
地面に耳をつけると、下のほうから水の流れる音がする。
「あっちこっち崩れてるから、階段を探す必要もないね」
それにしても、ダンジョンの崩落現場には、妙に縁があるな。
ロフトの街の近くのダンジョンにあった大穴は、降りるすべのない縦穴だったが、このダンジョンの穴は、崩れてから時間が経ってることもあって、土砂で斜めに埋まってる。
私たちは土砂の斜面を慎重に降りていく。
そうして数層を降りたところで、水音が聞こえるようになってきた。
その層を少し進むと、床が浅く浸水したエリアに入った。
「綺麗な水だね。淀んでる感じじゃない。ちゃんと循環してる水なんだ」
「夢法師が潜伏してるとしたら、飲み水には困らないということだな」
シェリーさんは、夢法師も人間だと思えるようになってから、目に見えて元気になっていた。
「シェリーさん、剣の腕前のほうは?」
聞いてから、ちょっと失礼だったかなと思ったが、シェリーさんは気にした様子もなく、
「覚醒者は筋力がすさまじく強くなるが、戦いの技術は素人と変わらない。モンスターや体格のいい男性騎士とやりあうことを考えれば、そう難しい相手ではない」
「そ、そんなことが言えるのは団長くらいですよ! あの速さとパワーなんです。まともに打ち合ったら押し負けるし、なまじ戦いの訓練を積んでないだけに何をしてくるかわからない怖さがあります! 引っかき、噛みつき、本当になんでもありなんだから! そのうえ、死を恐れずに向かってくる……」
もう一人の騎士がそう加えた。
(ってことは、もし覚醒者が出てきても、シェリーさんの心配はしなくていいってことか)
王都で有数の腕だったというクレなんとかさんと比べたらどうなんだろう。
そんなことを思いつつ歩いてると、
「む? 足元の水位が上がってきたな」
シェリーさんの言った通り、床をさらさらと流れてた水が水位を増してる。
続いて、道の先からドドド、と大きな音が聞こえてきた。
激烈に嫌な予感がした。
「私のまわりに集まって!」
私は言いながらエーテルを操り、術を構築していく。
「水よ、大きな泡となりて我らを包め!」
私は、アドリブで巨大な泡を作り出し、私たち三人の周囲を覆う。
直後、鉄砲水が私たちを呑みこんだ。




