4 厳しい世界
「さて、と……」
ゴブリンたちは逃げ出した。
ミニマップで確認すると、逃げたゴブリンたちに続いて、洞窟内の他のゴブリンたちも逃げ出してる。
そこで、洞窟奥から悲鳴が聞こえた。
「XXXXっ! XXXXXっ!」
「あっ、そうだった。奥にヒトがいるのか」
どんな目に遭っているかは想像がつく。
「あははっ、見捨てるわけにもいかないよね……」
私は緊張で笑いながら、ボスゴブリンの死体に近づく。
ボスゴブリンは腰に剣をさしていた。
それをベルトから外し、持ち上げる。
鞘から抜いてみる。
錆だらけの刀身が顔を出した。
「ちょっと重いけど、使えなくはない?」
ゴブリンの体格に合わせて小さめの作りだったので、非力な私でもなんとか使えそうだ。
私は抜き身の剣を構えながら、洞窟の奥に向かう。
女性の悲鳴の聞こえてくる方に近づいていく。
ヒカリゴケでうっすら照らされた中で、鍾乳石に縄で手をつながれた半裸の女性がゴブリンにたかられていた。
……何をされてるかなんて考えたくもない。
「……なんでゴブ? 今いいところで……」
ゴブリンの一匹がこちらを振り返りかけて硬直する。
「どうしたでゴブ? って、ニンゲンでゴブ!」
女性にたかっていた連中もこちらに気がついた。
女性がこちらを見て目を見開いた。
視線が、助けてと言っている。
「あはははっ! ちょっと許せないな……」
私はあまり怒ることがない。
怒りそうになると、緊張が限度を超えて、笑い出してしまうからだ。
でも、いまの私は、間違いなく怒ってた。
そりゃ、わかってる。
この世界のゴブリンは、そういう生き物なのだろう。
本能に基づいてこういうことをしてるにすぎない。
サバンナでシマウマを捕食するライオンを、非人道的だと責めてもしかたがない。
でも、それって、
「こいつらは人間の敵だってことだよね」
私は手近にいたゴブリンに近づいた。
(たしか……剣道ではこんな感じ)
体育の選択授業でやった剣道を思い出し、まっすぐに剣を斬り下ろす。
「ゴブォ――」
ゴブリンの悲鳴が半ばで途切れた。
私の剣が頭を真っ二つに割り、ゴブリンの喉までを潰したからだ。
他のゴブリンたちが、あきらかにうろたえた。
「あはははっ! みんな倒す!」
ゴブリンに近づいて、胴打ちの要領で首を刎ねる。
別のゴブリンに近づいて、突きで目を真っ直ぐに刺す(ゴブリンの後頭部が弾け飛び、脳漿が壁に飛び散った)。
最後のゴブリンに近づいて、肩口から脇までをけさ斬りにした(ゴブリンの上半身が斜めに断ち切られ、ずるりと滑って床に落ちる)。
「あははははっ、はぁ、はぁ……」
いくらビギナーモードとはいえ、これだけ動き回れば息が上がる。
それに、これは命の取り合いだ。
運動量以上に、精神的な緊張感が強い。
私は終始笑いっぱなしだった。
「X、XXX……」
捕まってた女性が何かを言った。
(あ、ゴブリン語)
私はオプションから言語をヒト語に変えた。
「あ、あなた……一体……」
「いま解きますから」
私を見て驚いてる女性に近づき、腕を縛ってる縄を、錆びた剣でどうにか斬る。
「大丈夫……じゃ、ないですよね……」
なんて声をかけていいかわからず、私は言葉に詰まった。
「……それは言わないで」
女性は何かをこらえるようにそう言った。
しばらくの沈黙。
私は緊張で笑い出しそうなのをこらえるのに必死だった。
こんなところで笑ったらマズいのはさすがにわかる。
女性が、私を見て言った。
「奥に水場があるわ。あなた、返り血で酷い格好よ。洗いましょう」
「……そうですね」
私と女性は、互いに探るような視線を向け合いながら、水場に向かうことになった。