75 霧中を行く
調査は順調に進んだ。
シェリーさんの部下の騎士たちが森の外側にある村を回り、搬出口の聞き取りを行った。
なかには渋る村もあったというが、隣村や他の村で起きた事件のことは噂になってたし、徴税吏に情報を流すことはないという証書をシェリーさんが書いたため、大部分の村は協力してくれた。
併せて、夢法師の被害に遭いそうな住人には避難勧告を出し、もし夢に現れても耳を貸さないよう注意を徹底した。
結果、数日後にはおもな搬出口と、そこに流れこむ水流の向きをプロットした地図が完成した。
「うむ。こうして見ると一目瞭然だな。水流の原点は森のこの辺りのはずだ」
シェリーさんが机の上に広げた地図を指差して言った。
そこは、搬出口から引かれた延長線が複数交わってる一帯だ。
なお、今私たちがいるのはハムトさんの家である。
さすがに全員が寝泊まりできるほど広くないので、シェリーさんとルイスはそれぞれ別の家に厄介になってる。
ハムトさんの家の居間は広く、見事な木目のついた大きなテーブルもあるので、作戦会議にはうってつけなのだ。
そのハムトさんが言った。
「その辺りは、とくに霧が濃くて、地元民でも近づきやせんな。霧の奥から女の歌声が聞こえたなんて噂もありやした」
ハムトさんがシェリーさんにそう言った。
「お、女の歌声? まさか、ゆ、幽霊……?」
幽霊が苦手なシェリーさんは顔色を青くした。
「いやいや、おおかた、鳥の鳴き声やら小川のせせらぎやらを聞き間違えたんじゃないですかね」
「そ、そうだな。このような霧深い森なら、無責任な怪談のたぐいも生まれようというものだ」
「霧の奥に巨人の影が映る、なんて怪談が昔はあったんですがね、最近では、太陽の差し込む加減でこっちの影が霧に大きく映し出されたんだろうってことで、木こりたちの意見は一致してます」
「な、なんだ。やはりちゃんと理屈がつくのではないか」
シェリーさんが胸をなでおろす。
「まぁ、姉さんの幽霊嫌いは置いとくとしても、そういう噂にもひとかけらの真実があるかもしれない。夢法師が潜伏してるなら、なんらかの気配くらいは察知されててもおかしくないからね」
ルイスが、ふん、と鼻を鳴らしながらそう言った。
「……ひょっとしたら、モンスターがいるのかも」
私の思いつきの言葉に、みんなの視線が集まった。
「ダンジョンが部分的に生きてるなら、その中心部にはモンスターが湧いてるかもしれない。ダンジョンで生まれたモンスターが、森の野生の獣と交わって、二世のモンスターを産ませてるかもしれないし」
「ふむ。そうなると、騎士だけでは不安が残るな。
ミナト、今さらではあるのだが、我々に同行してくれないだろうか。もちろん、しかるべき報酬は用意する」
「うん、いいよ。もともとそのつもりだったし」
ハムトさんたちには一宿一飯の義理がある。
正確には五宿十飯くらいだけど。
もちろんお金は払ってるものの、夢法師のことを知りながら、私には関係ないです、さようなら!なんてわけにはいかないだろう。
「ならば、さっそくこの場所へ向かおう。ハムト氏には途中まで案内してもらい、そこから先は盗賊士であるミナトのナビゲーションに従おうと思う」
「いいですよ」
面倒といえば面倒だけど、人任せにして迷われたらもっと面倒だからね。
そういうわけで、早めの昼食を村で済ませてから、私たちは森へと出発した。
私、ハムトさん、シェリーさん、ルイス、その他の騎士三名の七人だ。
二時間ほど進んだところで、ハムトさんが引き返し、そこからは私が一行を先導する。
霧はますます濃くなっていくが、盗賊士の感覚とミニマップがあれば迷うことはない。
騎士たちには、一本の紐をみんなで握って、絶対にはぐれないようにしてもらってる。時々、地面の出っ張りに足をかけて転ぶ騎士がいるが、そこらへんは頑張って慣れてもらうしかない。
「これは、ぞっとしないな」
シェリーさんのつぶやきが聞こえた。
「これではいくら数がいても簡単に分断されてしまう。なるほど、ザムザリア王国がこの森に攻め入った時に木こりたち相手になすすべもなく潰走したというのは事実らしい」
なかなか縁起でもないことを言ってくれる。
「ちょっと後続の騎士さんが離れすぎてますね。隊列を詰められませんか?」
紐が伸びきってて、最後尾にいるはずの騎士たちが私のミニマップの範囲から出てしまってる。
ミニマップには確実な味方か敵モンスターしか映らないから、もともと彼らは映ってないんだけど、いるはずの場所にモンスターが出たら気づくことはできる。
「ん、そうだな」
私が足を止めるあいだに、シェリーさんはひとつ後ろの騎士に声をかけ、その騎士がさらに後ろに向かっていく。それ以上は霧で包まれてよく見えない。
ほどなくして、騎士が戻ってきた。
「た、大変です!」
「どうした!?」
「紐が途中で切られており、私の後ろにいた騎士二名とルイス補佐の姿が見えません!」
「なんだと!?」
シェリーさんが声を上げる。
私は、その騎士に聞いた。
「あなたは、紐が切れてることに気づかなかったんですか?」
「紐は腰に通している上に、この通りの鎧姿ですから……」
申し訳なさそうに騎士が言う。
(うーん……ちょっと間抜けだよね。手で持っててって言ったんだけどな)
ルイスのことと言い、シェリーさんの率いる部隊って、ちょっと練度に問題あり?
「問題は、木や岩に引っかかって自然に切れただけか、意図的に切ったか、だね」
私の言葉に、シェリーさんが言う。
「意図的に切る理由などあるのか?」
「途中でモンスターの気配を察したとか、何かを見つけたとかで、ルイスさんが紐を切って後ろの騎士とともに無断で単独行動を取ってる、とか?」
「う、ううむ。ないとは言い切れないのが悲しいところだが、さすがに周りの騎士が止める……と思いたいな」
「モンスターに襲われた、あるいは夢法師の襲撃を受けたという可能性はないのですか?」
と騎士が聞いてくる。
「モンスターに気づかなかったってことはないと思うんだけど。私が歩いたルートを正確についてきてって言ったよね?」
「はい、その通りに進んでいたはずです」
「夢法師のほうはわからない。夢に入りこむ以外の術が使えてもおかしくはないけど……なんかしっくりこないなぁ」
夢法師が戦士みたいに近接戦をバリバリこなせたり、盗賊士みたいに気配を殺して接近したりできるのかっていうと、適正の問題もあって難しいんじゃないか。
盗賊士の適正が6.9ある私に気取られずに近づいて、騎士二人とルイスを、すぐ前にいる私たちに気づかれずに連れ去るなんてできるもんだろうか。
「ひょっとして、もう殺されてる?」
私の言葉に、シェリーさんが顔を上げた。
「くっ……その可能性も否定はできんな。どうする。来た道を戻って確かめるか?」
「……夢法師が三人を殺したんだとしたら、私たちが戻れば同じ方法で狙われるかもしれないね」
「う……む。そうだな……もし夢法師の仕業なのだとしたら、道はこれで合ってるということでもある。単にはぐれただけという可能性もある以上、ここは先に進むべきか」
そういうわけで、私たちは一抹の不安と戦いながら、濃霧の中を進んでいく。




