74 霧の森の謎
(ちょっと意外かな)
自分の部屋に戻ってから、私はひとりで考える。
(冒険者よ、夢法師の捜査に協力してくれ! もちろん無給でな!……なんて言われるかと思ったんだけど)
ロールプレイングゲームならまずまちがいなく言われてる。
でも、自分は異国からの旅人で、民間人だ。
責任感の強いシェリーさんがそんなことを頼むはずがない。
頼むとしたら冒険者への依頼としてだろうけど、騎士団を率いて任務に当たってるのだから、部外者の力を簡単には借りられないのかもしれない。
「夢法師か……もう一回くらい夢に出てこないかな?」
そこからヒントでも引き出せればいいんだけど。
そんなことを思いながら眠ってみたが、残念ながら(?)夢法師は現れなかった。
でも、その代わりに、寝起きばなに私はいいアイデアを思いついた。
「マッピングしましょう」
朝食の席で、私はシェリーさんに提案した。
「マッピング……とは?」
「ええと、こういうことです。
これまで覚醒者の発生した場所を地図上に記していくんです」
「覚醒者は霧の森全体で発生してるんだぞ。どんな意味がある?」
ルイスがさっそくつっこみを入れてくる。
「全体で発生してる。それはそうですけど、発生場所に偏りがあるかもしれません。そもそも、なぜ森の外では覚醒者が出ないのかも気になります」
「なるほどな。やってみる価値はあるか……。
だが、ひとつ問題がある。霧の森の集落は、他の集落からどの方角へ何時間進めば着く、というような形で、お互いの位置を確認しているのだ。北へ一時間、西へ二時間、川なりに一時間半、というようにな。
つまり、全域を見渡せるような地図がない」
「もしかして……」
ルイスが口元に手を当てて言った。
「夢法師は、自分の位置を特定されないために、地図のないこの森を犯行現場に選んだんじゃ?」
(なかなか鋭い意見だね)
口に出すのはしゃくだったので、内心だけでそうつぶやく。
「逆に言えば、地図さえあれば夢法師の位置は特定可能なのかもしれません」
私の言葉に、シェリーさんが顔を上げた。
「そうか! それは考えもしなかった! 霧がある分覚醒者の発見が遅れるからだとばかり……」
「それもあるんじゃないかな。夢法師の目的は混乱を作り出すことのはずですから」
「ん? 夢法師の目的だと? 何を言ってる、冒険者」
ルイスが私をじろりと見た。
「あっ、しまった。私が二度目に夢法師の夢を見たときの話をしてなかった!」
私はあわてて、二度目の夢での会話を説明する。
「なるほど。夢法師には『上』がいるというのだな。
だとすれば、夢法師のやってることは、ただの面白半分の犯行などではなく、計画的な破壊工作だということになる。
有益な情報だぞ、ミナト!」
「……そんな重要な情報があるならもっと早く言ってほしかったんだけど?」
……うん、今回ばかりは、ジト目でにらんでくるルイス君の意見が正しいです。
「それで、シェリーさん。『上』に心当たりは?」
「……わからんな。隣国の工作を疑うならどの国であってもおかしくない。国以外の組織や、知恵のあるモンスターのようなもののことまで考えれば、あらゆる可能性が排除できない」
「じゃあ、『上』から叩くことは難しいですね」
「うむ。となると、地図作りか……。
だが、これも一筋縄ではいかないぞ。集落の人間は国に集落のありかをつかまれたくないと思っている。徴税吏が来るからな」
日本でも太閤検地以前は隠し田のようなものが多かったと聞く。こんな霧深い森ではなおさらだろう。この森の場合は田ではなく木材なわけだけど。
(あれ? そういえば……)
「伐った木材って、どうやって運んでるんですか?」
私の疑問には、ハムトさんが答えた。
「森の中をえっちらおっちら運ぶんじゃ商売にならねえからな。水路を使うんだよ」
「水路……森の中に?」
「表に出てる川も使うが、奥地から運ぶには地下水路を使うんだ。ま、運ぶっつっても、川に木材を流して下流でせき止めるだけのことなんだが」
「それはまた、なんていうか、都合のいい地下水路があったもんですね」
「聞いた話じゃ、大昔、この森は巨大なダンジョンだったらしい。そのダンジョンのダンジョンマスターが大昔の勇者に倒されて、ダンジョンがただの遺構になった。あっちこっち崩れて大穴が開いたんだが、そのダンジョンは一面水張りになってるっつー変わり種で、その水が森の栄養分にもなり、森を覆う霧の原因にもなったんだと。
どこまで本当かは知らねえが、この辺りに言い伝えられてる話だよ」
「じゃあ、ダンジョンの真上に森があるんですか。地下水路っていうのは、そのダンジョンの遺構で」
「地下水路は、ダンジョンの中心から外側に向かって走ってる。元は、水に落ちた間抜けな冒険者を外に放り出すっつー、なんとも豪快な仕組みだったんだと」
うーん。ゲームだとよくあるよね、水系ダンジョン。
ダンジョンの光景って代わり映えしないから、変化をつけないと飽きちゃうし。
きっと水位を上げ下げして、筏を駆使して進むんだろうな。
あれ? でも、
「ダンジョンじゃなくなってからどれくらい経つんです?」
「さあなあ。俺のじいちゃんのじいちゃんの頃にはもうダンジョンじゃなかったはずだ。百年やそこらは昔だろう」
そこで、ルイスが口を挟む。
「そんなはずはない。国の記録では、森が木材を産するようになったのはもっと前のはずだ。そもそも樹国と名乗っているのだから、建国当時には既に霧の森があったはずだろう」
「それだとおかしいよ。だって、ダンジョンはマスターが倒されたらエーテルの循環が止まって崩壊する。冒険者を中心から外へ排出する仕組みだって止まるはずだよね」
「あっ!」
私の言葉に、ルイスが声を上げた。
……他の人は頭上に「?」がついてるけど。
「つまり、霧の森の下にあるダンジョンは、まだ生きてるんだ。完璧に、ではないかもしれないけど、部分的には生きてる」
この辺りにモンスターは出ないというから、その部分は機能していない。
でも、ダンジョンの水流ギミックはまだ機能してる。
そこで、困惑顔のシェリーさんが言った。
「だ、だが、それが夢法師とどうからむんだ?」
「えっと、確実に、とは言えないんだけど……夢法師はダンジョンを根城にしてるのかも。水流ギミックを使って移動して、術をかけてまわってるのかもしれない」
「そうだな。そう考えたほうが自然なんだ。夢に出るっていっても、魔術である以上射程距離はあるはずだ」
ルイスがそう補足する。
「なるほど。だとすると、夢法師の人物像が見えてくるな。
まず、やつは神や悪魔、幽霊のような神出鬼没の存在ではない」
「姉さん的には重要なとこだよね」
ルイスが意地悪く言った。
「まぜっ返すな。
とにかく、夢法師が卓越した魔術士であることは事実としても、やつはれっきとした人間なんだ。隠れ場所も必要なら移動手段も必要だ。夢に出る術だって、自由自在ってわけじゃなく、いろんな制限があるはずだ」
「この森は食べられる野草が多くてモンスターが少ないから、人里に出ないでもかなり長期間身を潜められそうだね」
「ミナトの言う通りだな。もちろん、協力者が物資を補給している可能性も否定はできないが」
「それはなさそうかな。私の二度目の夢のときの感じだと、夢法師はなるべく自分のそばに人を置きたがらないはずだから」
「つまり、単独行動の可能性が高いと。『上』なる存在はいるわけだが、そちらとの接触も頻繁ではなさそうだな。
だが、どうやって居場所を特定する?」
「木材の搬出路を逆に辿ればいいんじゃないかな。下流でせき止めて出荷するって話だから、その出荷口の位置と、地下水路の方角を地図上に描けばいいんだよ」
理論的には二つ、実際問題としてはいくつかの出荷口を調べれば、延長線の交点が水流ギミックの原点だ。
もし水流を移動に利用してるなら、夢法師はこの原点近くに拠点を用意するだろう。
「――よし。やることは決まったな」
シェリーさんが、不敵な笑みを浮かべてそう言った。




