69 二度目の夢
また、夢を見てる。
過去のトラウマがうずくような悪夢は今日に始まったことじゃない。
だが、今日はとびっきりだ。
このあいだ、夢法師なんていう、わけのわかんないのが出てきたときとよく似てる。
「消え去れ」
夢の中だけで有効な私のマジックワードで悪夢を消し去る。
そのまま寝入ろうとしたところで、再び、夢法師が現れた。
白いフードつきのローブを着た、たぶん、男。
顔はフードに隠れて口元しか見ることができない。
紫色のヒルのような唇は、奇妙なほどにつややかだ。
「やあ。また来たよ」
「消え去れ」
ノータイムで唱えると、夢法師が思いっきり後ろに吹き飛ばされた。
「ま、待ってくれ」
「私の夢で他人の事情を気にする必要なんてないし。
消え――」
「待たないと、君の身近な人のところに行くよ!」
私はおもわず口をつぐんだ。
夢法師がにやりと笑う。
「たとえば――そう、君の記憶にある、アーネという魔術士。魔法への感受性が高いから僕にとってはやりやすい相手だ。夢に出て、彼女に力を与える。人の器では扱いきれないような巨大な力をね」
「つまらないブラフだね」
私は冷たい声でそう言った。
「それができるならとっくにやってるでしょ。あなたが私の夢に現れたのはこの森に入ってからだ。あなたの力の及ぶ範囲は、広く見積もっても霧の森の中だけなんじゃないの?」
「ふふっ。ミナトは賢いね。
でも、君には珍しく、怒りの感情が抑えられてないよ。記憶を探られ、知り合いを傷つけると脅されるのは、君にはとてもとてもイヤなことだったみたいだね」
「……どうも、ただの夢じゃないみたいだね」
しかたなく、私は認めた。
私の見る悪夢に新しいバリエーションが増えただけかと思ってたのだが、どうも本当に、夢法師は存在するようだ。
「なにが目的なの?」
「君に力をあげたいんだ。君はいまよりもっと強くなれる。そしてその力を僕のもとで生かしてほしい」
「いやだと言ったら?」
「誰かが、死ぬ。誰かが分不相応な力に覚醒し、調子に乗って暴れ狂った挙句、たくさんの人が死ぬことになる」
私は夢法師の言葉を考えてみる。
「私には、分不相応な力とやらを与えるわけじゃないの?」
「そんなもったいないこと、しないよ。これほどの才能を使い潰すなんてことは、さ」
私はしばし沈黙する。
そして言った。
「いくつかわかったよ。
夢法師。あなたの力は、誰にでも与えられるわけじゃない。さっき『覚醒』って言ってたけど、あなたにできるのは、他人の夢に干渉して、その人の眠ってる力を覚醒させることだけ。
しかも、相手は誰でもいいわけじゃない。さっき、アーネさんを例に挙げたのは、アーネさんには適正があるから。シズーさんや、石化熱だったあの子や、ハムトさんやトルタさんには適正がない」
「……へえ……」
夢法師が、肯定とも否定ともつかない返事をする。
「それから、適正があったとしても、なんでもさせられるわけじゃない。あなたにできるのは覚醒させることだけで、覚醒したあとの行動まではコントロールできない。だから、人を暴走させて被害を撒き散らすようにするってことまでしか、あなたにはさせられないんだ。
案外、たいしたことのない力だよね」
「なん……だって」
紫の唇がぴくりと震えた。
「影でこそこそ糸を引いて、黒幕気取りかもしれないけど……あなたに起こせるのは突発的な事件まで。
私なんて、実のお父さんに殺された。あなたがいなくたって人は暴走するし、他の人を殺すんだ。
私を手下にしてなにがしたいの? 世界征服? あなたの力じゃ無理だよ。せいぜい、霧の森に引きこもって入ってくる人をたまに狂わせるくらいが関の山なんだもん。ちょっと退治の面倒なモンスターくらいの存在だよね」
「な、な……っ」
「私を脅すことはできても、面と向かって従えることはできないんじゃないかな? 罪もない人を人質にしてせこい要求を呑ませようとしてるのがその証拠。
消えてくれないかな? 目障りだからさ」
「き、貴様……っ! 僕を愚弄してただで済むと……」
「ついでに、予想してあげる。
あなたは、あなたの意思で動いてない。あなたには『上』がいて、その命令に従って破壊工作をしようとしてる」
「……っ、な、なぜそう思う?」
「あなたは本来、一人で動くタイプだ。夢法師の力で部下を従えるっていうのはちょっと難しいし、身近に人を置いたら力の効果や限界なんかを知られてしまうかもしれない。夢法師は、誰も知らないところに身を隠して術を使うのがいいはずなんだ。
それなのに、私を手下にしたいっていう。
その理由は、あなたにはいま、逆らえない『上』がいて、その命令に従わないといけないから。
だから、あなたは本来の行動範囲を超えて無理をしはじめた」
「な、なんの根拠にもなってないじゃないか!」
「まぁ、当たってるかどうかなんて、あなたには聞かないよ。
でもね、私は、あなたにも、あなたの『上』にも全然興味がないんだ。
だから、放っておいてほしい。
そうしたら、こっちもそっちを放っておく。
ほぼ間違いなくあなたやあなたの『上』は悪人だろうけど、私やその周辺に実害がなければどうでもいいから。
世の中、悪いやつなんて腐るほどいて、そのすべてを潰して回らないと気が済まない……なんて性格はしてないんだ、私」
私のセリフに、夢法師が黙りこむ。
「じゃ、言うことは言ったから。
って、やっぱりこれが私の見てる夢だったらこっぱずかしいんだけど……」
その可能性も少なからずある。
なにせ、夢だから。
「もういいよね?
消え去れ」
私の言葉で、夢法師は跡形もなく消え去った。




