67 力? いいえけっこうです
私は夢を見ていた。
悪夢のタネにはこと欠かない。
父親に撲殺された以外にも、クラスでのいじめ、友だちの裏切り、陰湿な陰口、教師までいじめる側に回ったこと、母親のハマってた新興宗教での恐怖体験などなど。
私はしょっちゅう悪夢を見るから、悪夢を見ると、「あ、これは夢だ」と気づいてしまう。
まるで、映画をたくさん見すぎて、初めて見る映画でもオチがわかってしまうような感覚だ。
世間的には明晰夢って呼ばれてるやつかもしれない。
悪夢の中で、私はつぶやく。
「消え去れ」
それだけで、くりかえし上映されてた悪夢が消え、後には闇だけが残された。
私の数少ない特技の一つだが、自慢できる相手はいない。
「ふぅ。これでゆっくり眠れるかな」
私はつぶやいて眠気に身を委ねようとしたのだが――
「――へえ。僕の幻覚を破るとはたいしたもんだね」
私の前に、変な人影が現れた。
白いローブのようなものに身を包んだ、見るからに怪しい人物だ。
目深にかぶったフードからは、紫色のヒルみたいな唇がのぞいてる。
「ええと、どちらさま?」
こんなパターンの夢は初めてだな。
「僕かい? 僕は夢法師という」
「夢法師……うーん、じゃあ、これって正夢なのかな。名前から察するに、人の夢に侵入してなんか悪いことする魔法使いみたいだよね」
私の言葉に、夢法師とやらはあっけにとられた。
「ふっ、ははっ! 面白いねえ、君」
「そりゃどうも。あの、もう帰ってもらっていいですか? 明日の朝も早いんで」
「悪いけどそうはいかない。君みたいな優秀な魔術士を逃すのは惜しいんでね」
「私、盗賊士なんですけど」
「いや、君の本質は魔術士だ。力と真理を求めてさすらう、俗世に馴染まぬ求道者なんだ」
「たしかに、俗世には馴染んでない感あるけど、求道者じゃないよ」
「ほら見ろ! 世間に馴染めず疎外感を味わってるよねっ? 劣等感とか被差別意識とかでハラワタ煮えくり返ってるよねっ?」
「いやべつに……」
小さい時からそんなもんだから、他人と親しくなれないなんて今さらだ。友だちがいないなら、自分一人でできることをやればいい。具体的にはゲームとか。
「あの、もういいですか?」
「ぐううっ。何故なんだ! それだけの素質があり、不幸な目にも遭っていながら、どうして人を憎まない!」
「憎んだって相手が消えてなくなるわけじゃないし」
「じ、じゃあ、憎いやつを消してなくせる力があったらどうだい……」
「うーん……べつにいらないかな。人なんて殺しちゃったら、たとえ捕まらなくてもカルマ的な何かが溜まってくような気がするんだよね。私、悪いことし放題のオープンワールドゲーでも基本善人プレイだし」
「なんでそんなに悟り澄ましてるんだよおおおっ!」
夢法師が頭を抱えてそうわめく。
「えっと、もういいよね?
――消え去れ」
「ぐわっ! この僕を押し返す力だって!? そんなバカな!?」
「しぶといなぁ。消え去れ」
「ぐうううっ」
「まだ粘るの? 夢法師だっけ。あなたは結局何がしたかったの?」
「それだよ! 力、力だ!」
「力?」
「そう、その力!」
他にどんな力があるというのか。
「『力が欲しいか?』」
急に、しゃがれ声になって夢法師が言った。
「あ、これ、まじめに答えたほうがいいやつ?」
「そうそう! さあ、言ってごらん、本当のところを!」
「だから、いらないってば。私は自分の手の届く範囲で十分だから」
「なんでだよおおっ!」
夢法師がどんどん奥に押しやられ、最後には米粒大になって闇の中へと消え去った。
「……はぁ。寝よ」
とまあ、それが、昨夜見た奇妙な夢の顛末だった。




