57 私の偽善はつめが甘い
コカトリスの嘴を、少女は戸惑った顔でうけとった。
「取って⋯⋯ええ? っていうか、これ、何?」
「あ、見たことないよね。
それが、コカトリスの嘴なんだよ」
「は?」
「ニワトリのくちばしの下に、赤くて垂れてる部分があるでしょ? あんな感じで、コカトリスにも紫色の袋があって、それがコカトリスの嘴としてドロップするんだ」
「はぁ?」
「あはは、けっこう苦労したんだよ? 穴に落ちたりアビスワームと戦ったり⋯⋯まぁ、コカトリスとはあんまり関係ない苦労だったんだけどさ」
「はああ?」
「使いかたも聞いてきたよ。持ってるってバレないように聞き出すのは大変だったな。ダンジョン前の出張酒場のマスターさんに聞いたんだけどさ。
その嘴を、肌に直に触れるように持ってると、徐々に石化熱がよくなってくんだって。一ヶ月くらいかかるっていうから大変だね」
「いや、え、はあああ?」
「あはは、まぁ、騙されたと思って、試してみてくれないかな? ほっといたら死んじゃうんだし。もし治らなかったら私を呪ってくれていいから」
「ま、マジで言ってんの?」
「あはは、マジマジ。
じゃ、私の用事はそれだけだから。
あははははっ! その、お、お大事にね!」
私と嘴を交互に見る少女の視線に耐えきれなくなって、私はそのまま逃げ出した。
(うん、私、絶対こういうの向いてない)
門番さんに渡してもらえばよかったのかな。
いや、高価なものだから、人手を介するのは不安だったし。
「でも⋯⋯うん、目的達成だね。偽善かもしれないけど、私にできるのは、たぶんここまでだ」
恥ずかしさと解放感が入り混じった、妙に浮ついた気分のまま、私は街をうろついた。
気分がふわふわしててあまりしっかり覚えてないが、気がついたら安全そうな宿をとってベッドに倒れこんでた。
「ふぅぅ⋯⋯。次は、どうしよっかな」
私は枕に顔を埋めて、今後のことに思いをめぐらす。
宿はロフトでいちばん大きいとこらしくて、食事もおいしかったし、お風呂にもゆっくり入ることができた。
「シズーさんたちの様子を見たら、なにか口実をつけてロフトからは離れよう。長居してると余計なトラブルに巻きこまれそうだし」
やはり、疲れてたのだろう。
私はその夜、夢も見ずに泥のように眠った。
もちろん――そのときの私が気づいてるはずもなかった。
自分のつめが、あまりにも甘すぎた⋯⋯ってことに。




