47 アビスワーム
「まさかここが十七層だなんて」
唖然とする私に、ノームが言う。
「正確には、十六層だな。人間流に数えれば、ということだが」
「最下層はどうなってるの?」
「わからない。我らでも近づくことができぬ。ダンジョンマスターのいる階層へは、通常なんらかの条件を満たさなければ入れぬ」
「なんらかの条件って?」
「それはいろいろだ。特定のモンスターを倒した、特定のアイテムを所持している、体内に蓄えたエーテルの量――要するに『強さ』が一定水準を超えている、などだ」
「まぁ、最下層に用事はないからいいかな」
「ふむ? では、おまえはどんな用事があってここにいる?」
「私の目的は、三層でコカトリスを狩って、コカトリスの嘴を手に入れること」
「それなのに二層――いや、おまえたちの言うところの十六層まで降りてきたというのか?」
「あはは。それには事情があって――」
私は二層に三層への階段がなくなってしまったことを説明する。
「なに、宙を飛んで降りてきただと? おまえは人間ではなく天使だったのか?」
「まぎれもなく人間だよ」
そう言って私は浮遊魔法を使って浮いてみせる。
「ほう! 魔法でそんなことができるとは驚きだ」
ノームが目を丸くして(もともと丸いけど)言ってくれる。
「しかし、それならば、その魔法で上へ戻ることを勧めるな」
「どうして?」
「どうしてもこうしても――」
ノームが言いかけたところで、ミニマップに赤い光点が出現した。
私はノームのえり首(っぽいあたり)をつかんで、その場からおもいきりジャンプする。
ごがああああっ!
と音を立てて、私たちが一瞬前までいた場所が砕け散る。
いや――
「あははっ! 呑み込まれてる⁉︎」
黒い「縁」のようなものが一定範囲を囲んだかと思ったら、次の瞬間には縁が垂直に立ち上がった。
縁は上に向かってすぼまっていき、かなり上空で口を閉じた。
(あははっ! 巨大な闇色の茶巾絞りって感じ)
その茶巾絞りのなかから、ごりごりとすさまじい音がする。
工事現場の削岩機のような音だ。
茶巾絞りの頭上に、文字とHPバーが見えた。
ダンジョン・スウォロワー・インセイン・アビスワーム
HPバーは、灰色の上に七割くらい銀色がかぶっている。
(ベアノフとの戦いでわかってるのは、赤、黄色、黄緑、水色、紫、までだね。紫の次が白だったとしても、バー6本と7割――HP670ってことか)
紫と灰色のあいだにもバーがあれば、それ以上ってことになる。
「あれだ! あれが、十六層を荒らし回ってるアビスワームだ!」
私につかまれたままで、ノームがそう指摘する。
「あははっ。ただのアビスワームじゃないみたいだね」
ベアノフと同じ名付きモンスターだ。
「やはりそうか、人間の大導師よ!」
ノームのなかで、私は大導師になってしまったらしい。
「逃げろって言ったのは、こいつのことか」
「そうだ! この巨体で、やつは地中に潜る! いかな大導師といえど、対抗するのは難しかろう!」
「ノームたちはどうするの?」
「仲間がダンジョンマスターとなったのだ。逃げ出すわけにはいかぬ」
「なるほどね」
ノームは、同胞愛がとても強い種族みたいだ。
「でも、逃げるって言ったって、浮遊魔法じゃ動きが遅いんだよね。
とりあえず――漂いし魔力よ、我が魔力の導きに従い、破壊のための力と化せ」
私の前で、大量のエーテルが渦を巻く。
自分の体内のエーテルを、周囲のエーテルと共振させ、体内のエーテルを放出することなく、周囲のエーテルをかき集める。
エーテルショット。
二層では複数同時に生み出したけど、今回は一点集中だ。
「こ、これは! なんという量のエーテルだ!」
ノームが驚いてるが、いまは無視。
「――爆砕せよ! エーテルショット!」
エーテルの弾丸――いや、爆弾が、アビスワームに命中する。
耳を聾する音と衝撃。
周囲の瓦礫が砕け、弾ける。
私はあわててエーテルを操り、目の前に不可視の盾を作る。
その盾の向こう、エーテルの奔流が晴れた先には――
「あははっ。まだみたいだね」
白地に灰色のHPバーを頭上に浮かべ、アビスワームが大きく鎌首をもたげていた。
 




