45 穴の底
「あははははっ!」
私は笑っていた。
落下しながら。
「な、なんとかしなくちゃ! 濃いエーテルを操作して⋯⋯クッションみたいに柔らかく!」
自殺者を受け止めるためのネットをイメージし、周囲へと投射する。
次の瞬間から、ぼふぼふぼふっ!と連続して衝撃が走る。
私はきりもみしながら、見えないクッションとなったエーテルを通過していく。
そのおかげでだんだん落下速度が落ちてきたけど⋯⋯
「――うそっ! もう底⁉︎」
さっきまで底はまだかと言ってたのに現金だが、いまになって底が見えてきた。
「あはははっ! ヤバい! 死んじゃう!」
浮遊魔法、エーテルクッション、上昇気流⋯⋯等々、思いつくイメージを片っ端から試す。
ひとつに集中しないから速度が落ちないのだと気づいたときには、もう地面は目の前だった。
「あわわわわぁっ!」
私は空中でジタバタし、足から地面に着地した。
ドン! と重い衝撃が全身に走り――
「⋯⋯あれ? 思ったより痛くない⋯⋯?」
たしかに足がしびれているけれど、痛みのようなものは感じない。
「事故直後は興奮してて痛みを感じないってやつかな⋯⋯」
小学校のときに、自転車同士で衝突して、腕の骨を折ったことがある。
あのときも痛みは襲ってくるまでに時間がかかった。
私はおそるおそる自分の身体を確かめる。
「うーん⋯⋯大丈夫っぽいかな」
どこにも違和感はないし、ちゃんと動く。
「でも、けっこうな勢いだったよね?」
まちがいなく、普通だったら落下ダメージで即死する速度だった。
「⋯⋯待てよ。落下ダメージ?
ひょっとして、これも難易度のせい?」
最近のゲームでは、高いところから落ちたらダメージを受けるようになってることが多い。
といっても、あきらかに即死しそうな高さから落ちても「ぐああっ!」の一言とともにHPがちゃんと残る、っていう現実にはありえない設定なんだけど。
「いまは不測の事態に備えてビギナーモードだから⋯⋯」
ひょっとしたら、落下ダメージそのものがないのかも。
「うーん⋯⋯試してみる気にはなれないけど」
もしそうだったら、浮遊魔法なしで穴に飛びこんだとしても、ダメージを受けずに底に着けたのかもしれない。
私は、いまだにドキドキしてる胸が落ち着くのを待ってから、周囲を見る。
「やっぱり、埋まってる⋯⋯」
穴の底の開口部は、ダンジョンブロックで埋まってるようだった。
つまり、横穴がない。
私はどこかに隙間がないものかと、穴の底の側面をぐるりと回る。
穴の底は、学校の200メートルトラックくらいの広さだが、崩れたブロックや土砂が、そこかしこに山積みになっていた。
私はブロックや土砂の山を回りこんで壁面を調べていく。
「ないなぁ、横穴。あの陰が最後かな⋯⋯」
死ぬような思いで紐なしバンジーをしたあげく、通れませんでしたでは悲しすぎる。
「でも、私ってそういう運命のもとに生まれてるんだよね⋯⋯」
極力、期待しないように努力しながら、土砂の山の陰に回る。
するとそこには――
「⋯⋯人間カ? 珍シイナ!」
なんともいえない、不思議な生き物がいた。




