43 浮遊魔法
「飛⋯⋯ぶ? 魔法で⁉︎」
アーネさんが目を見開いて言った。
「どういうこと? 鳥にでも変身するっていうの?」
シズーさんが聞いてくる。
「あはは、さすがにそれは無理ですね。
変身魔法も面白そうですけど、必要なエーテルの量とイメージの複雑さが壁になるんで、まず無理だと思います」
「その口調だともう試してみたって感じね」
「パワードスーツみたいに、一時的にパワーを補強するみたいなことはできなくはないんです。コントロールが難しいので実戦向きではないですけど、重いものを持ち上げたりはできそうです。
でも、重いものを浮かせるんなら、浮遊魔法を使ったほうが便利ですね」
「ふ、浮遊魔法?」
アーネさんが食いついた。
「飛行っていえるほどの速さは出せないので、まぁいいとこ『浮遊』くらいかなぁと」
「ネーミングを聞いてるんじゃないわよ!
それって、宙に浮かべるってこと⁉︎ 鳥みたいに⁉︎」
「いえ、羽ばたいたりはできないので、やっぱり『浮かぶ』って言うのが正確です。重力を魔法で中和するんです」
「重力⋯⋯って、なによ?」
あ、そうか。そこからか。
「うーん⋯⋯信じてもらえるかわからないですけど。
ものともののあいだには、互いに引き合う力が働いてるんです。万有引力っていうものです」
「ば、万有引力?」
「ええ。この地球――じゃないんだった⋯⋯ええと、この地面を構成する膨大な量の土とか岩とか鉱物とかがあるじゃないですか。それも引力を持ってて、そのせいで、地面の上にいる私たちは地面に引っ張られてるんです。ものから手を離すと地面に向かって落っこちるのは、この力のせいなんです。この地面に引っ張られる力のことを、私たちは重さと呼んでます」
「それで、重力――重さの力ってわけね⋯⋯。
でも、そんな話聞いたことがないわ」
「あははっ、まぁ、見てもらったほうが早いと思います。
――我を大地に繫ぎとめる重き桎梏よ、つかの間、その万能の手から我を解放せよ」
呪文を唱えると、私の身体が急激に軽くなった。
その状態で地面を軽く蹴る。
私の身体が宙に浮いた。
「う、うわっ! ホントに浮いたわ!」
「嘘⋯⋯魔法でこんなことができるなんて⋯⋯」
アーネさんとシズーさんが驚いている。
「ど、どうなってるの⁉︎ さ、触ってもいい⁉︎」
「いいですけどあまり強くは――ひゃあ!」
宙に浮く私の身体に、アーネさんが勢いよく触ってきて、私は反対側へと流された。
「ちょ、どうしたの⁉︎」
「ど、どうしたじゃないですよ! いまの私は重力が働いてないんです。つまり、地面に引っ張られてないので、他の力が働くと⋯⋯」
「そっか! 水に浮かぶ笹船が押されると動くようなものね。あれ、でも、笹船にも重力は働いてるはずじゃ⋯⋯」
「それは、水の浮力が重力と打ち消しあってるからです」
「浮力ってなに?」
「それは⋯⋯ええと、なんて言ったらいいのか」
どうして液体の中では浮力が働くのか、なんて、うまく言葉で説明できなかった。学校では、そういうものとしか習ってない。
「と、ともかく、この魔法を使って穴を降りてみようと思ってます。エーテルの濃さは心配ですけど」
「そうだった。いまはその話よね。重力とか浮力とかいう話は帰ってきてから聞くわ」
アーネさんがわれに返って言った。
「エーテルの濃い領域を、擬似魔法現象を起こさず通るには、とにかく余計なことを考えないことだわ。怖いとか不安とかって感情すら危険なの。無念無想よ」
「無念無想ですか」
なんか、禅みたいだな。
「浮遊魔法の制御に集中するのがいいでしょうね。雑念が浮かばないほど深く集中してしまえばいいわ。
大丈夫、ミナトくらい魔術士の適正が高ければできるわよ」
アーネさんに太鼓判を押され、私は崩落箇所の縁に立つ。
「じゃあ、行ってきます」
そう言って私は浮遊魔法をかけ直す。
「いってらっしゃい」
「くれぐれも無理はしないでよ?」
シズーさんとアーネさんに見送られ、私は、崩落した大穴を、壁沿いにゆっくりと降りていく。
セリヲ様のご指摘により、@→「 」(全角スペース)に修正しました。




