42 研究発表会
そんなわけで、3ギルドの期待を受け、私は再び例の大崩落の現場にやってきた。
私の他には、シズーさんとアーネさんが付き添ってくれている。
「本当に、ロープを用意しなくてよかったの?」
シズーさんが聞いてくる。
ちなみに、私たちはいま、崩落現場の手前、フレイムリザードに気取られない地点に隠れ、奥の様子をうかがってる。
「はい。いろいろ思うところがありまして」
ギルドの代表会談で出た案は、ロープを垂らして降下するって案だけど、私はこれを却下した。
(だって⋯⋯生命線を握られるんだよ?)
三層への階段がないってことは、帰りもまたロープを上る必要があるってことだ。
もしも私が降りてるあいだにロープが切られたら⋯⋯。
そんな不安を抱えたままで、下層の探索なんてとてもできない。
(そりゃ、シズーさんやアーネさんは信用してるけど、私がいないあいだに何が起こるかわからないし)
私が先行してることが特派騎士やレイティアさんに漏れたら、必ずひと悶着起こるだろう。
そんなときに、私だけがロープの下にいて、ロープの管理は他人任せ。
(たとえば、私に功を立てられたくない誰かが、夜中にこっそりロープを切る、とか)
学校ではよく、私がいないときを狙って下駄箱から靴を盗まれたり、机に落書きされたりした。
本当に大事なものは、肌身離さず持っておく。
それが、自分の命綱だったらなおさらだ。
「じゃあ、とりあえず邪魔なモンスターを狩りますね」
「いや、とりあえずって⋯⋯」
なにか言いかけるシズーさんを尻目に、私は崩落現場に近づいていく。
「手伝うわ」
と、アーネさんが追いかけてくるが、
「いえ、このくらいなら大丈夫です」
手助けを断って、背中から無念の杖を取り出した。
(ミニマップで見ると、フレイムリザードは19体。サラマンダーは2体。雌雄かな)
サラマンダーには雌雄があり、オスの方がちょっと強い。
オスが巣を守り、メスはフレイムリザードを産んでいく。
だけど、育児みたいなことをしてる様子はない。
フレイムリザードたちは、産まれるなり、父親(?)であるオスサラマンダーの兵隊になる。
ここは、サラマンダーたちの王国だ。
「オスから叩くのがセオリーだけど⋯⋯まぁ、なんとでもなるよね。
――漂いし魔力よ、我が魔力の導きに従い、破壊のための力と化せ」
詠唱とともに、私のまえに21個の光の塊が現れた。
光、っていったけど、正確には、オーロラ色の空間の歪みだ。
「えっ、これって⋯⋯!」
アーネさんが驚いてる。
アーネさんは、すぐにこの「光」の正体に気づいたらしい。
「アーネさんに教わって、いろいろ試してみたんです。攻撃魔法にはどんなイメージが効果的なのか。
炎、岩、水、氷、風、金属⋯⋯他には、酸素と水素の混合気とか、メタンガスとか、硫化水素とか。
それぞれ便利なんですけど、イメージするあいだ隙ができますし、複雑な術ほどダメージ効率が悪いんですよね」
「それはそうよ。威力を減らしてその分を術式の構成に回してるんだもの」
「そうですね。
でも、それなら、術式の構成をシンプルにして、その分威力をあげることだってできるはずです。
そうして行き着いたのが、この魔法なんです」
私は杖を一振りし、生み出した光弾を射出する。
ジュドドドドン!
「⋯⋯っ、⋯⋯っ!」
パクパクと口を動かすアーネさん。
「エーテルをそのままの形で凝縮し、射ち出す魔法です。とりあえず、エーテルショットと呼んでます」
私の放った光弾は、ゆるやかな弧を描き、それぞれの目標に着弾していた。
目標――フレイムリザードとサラマンダーの群れだ。
エーテルショットに頭や身体を撃ち抜かれ、モンスターの群れが黒い粒子になって消えていく。
「ふぅ⋯⋯片付きましたね。じゃあさっそく降下の準備を⋯⋯って、シズーさん、アーネさん?」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
返事がないので振り返って見ると、二人とも目を見開いて絶句してた。
(や、やりすぎたかな⋯⋯)
でも、これから三層に向かうに当たって、こっちの実力を、片鱗くらいは見せておく必要があったのだ。
そうでないと、他にも誰かをつけるって話になりかねない。
「な、なによ今のは!」
アーネさんがつかみかからんばかりの勢いで聞いてくる。
「い、いま説明した通り、私の開発した攻撃魔法ですよ⋯⋯。アーネさんだっていろいろ開発してたじゃないですか。それを私なりに真似してみただけで⋯⋯」
「真似なんてもんじゃないわよ! ただでさえイメージの難しいエーテルを、威力に変えられるレベルで濃縮し、攻撃魔法にするなんて⋯⋯それも二十個くらい同時によ⁉︎」
「で、でも、アーネさんだって聖域化のときにエーテルを操ってたじゃないですか。やることはあれと大差なくて⋯⋯」
「うっ、そ、そう言われれば、そうなのかも⋯⋯? いやいや、術の難易度が大違いでしょーが!」
アーネさんが頭を抱えてそう叫ぶ。
代わって、シズーさんが言った。
「たまげたわね。そりゃ、ソロで二層を完全踏破できるわけだわ」
シズーさんが呆れたようにため息をつく。
アーネさんがようやく気を取り直して言った。
「はぁ⋯⋯。すごいとは思ってたけどこれほどとはね。
それで? ロープはいらないって言ってたけど、まさかそれも魔法でどうにかするって言うんじゃ⋯⋯」
「えっ! 魔法でロープを生み出すってこと?」
アーネさんのセリフに、シズーさんが驚いた。
「いや、さすがにミナトでも、ロープみたいな具体物をゼロから生み出したりはできないと思うけど。⋯⋯できないわよね?」
「ロープを出すのは無理ですね。均質な材質のヒモみたいなものなら出せますけど、安心してぶら下がれる強度にはならなくて。だいたい、下に降りちゃったら上側を固定できないです」
「じゃあ、どうするのよ?」
顔に疑問符を浮かべて聞いてくるアーネさんに、私は答える。
「――魔法で飛べばいいんです」




