41 白羽の矢
「⋯⋯というわけで、二層には、報告されてた以外の下り階段は見つかりませんでした」
私の報告に、シズーさんとアーネさん、それから同席している戦士ギルドの代表者がため息をついた。
いま、私たちがいるのは、営業時間の終わった買取所の天幕だ。
カウンターの奥にある狭めの部屋に、3ギルドの代表者と私の四人がいる。
(っていうか、シズーさんが盗賊士ギルドの代表者だって今日初めて知ったんだけど)
買取所の受付なんてやってるからてっきり下っ端なのかと。
(戦士ギルドの人とは初めてだね)
戦士ギルドの代表者であるウォーバンさんは、身長2メートル近い隻眼の男性だ。肩幅も広く、がっしりしていて、年齢は40くらいだろう。赤い髪を短く刈っていて、顔の形はどっしりとした台形だ。
口数の少ない人だが、それだけに一言一言に重みがある。
(なんとなく、ベアノフに通じるものがあるかな)
私の話を聞き終え、ウォーバンさんが口を開く。
「⋯⋯すべて事実なのだな?」
それに答えたのはシズーさんだ。
「ええ。ミナトは信頼できる子よ」
「あたしも同行したことがあるけど、実力は抜きん出てるわ。遠からず、魔術士としてもあたしを抜くかもしれない」
アーネさんの補足に、ウォーバンさんが細い目を見開いた。
「それほどか。では、この二層の調査結果は事実として受け入れよう」
「いいの?」
「おまえたち二人が認めているなら、俺が疑う理由はない」
意外そうに聞いたシズーさんに、ウォーバンさんが重々しくうなずいた。
今度はアーネさんが言う。
「シズー、例の崩落場所の様子はどうなの?」
「優秀な盗賊士のチームに定期的に偵察させているけど、大きな変化はないみたい」
「ダンジョンが自分を癒してるのだとしても、癒し終えるのは当分先ってことかぁ」
アーネさんが唇を尖らせる。
「俺は現場を見ていないからわからんのだが⋯⋯降りられんのか? 盗賊士のなかにはロープを使って崖を上り下りできるものもいるだろう」
「二つ、難点があるわ。
まず、ロープを下ろそうにも、まずはフレイムリザードとサラマンダーを排除する必要があること」
「それは、精鋭を集めれば不可能ではないはずだ」
「あたしとミナトがいれば、まぁなんとかなると思うけど」
シズーさんの言葉に、ウォーバンさん、アーネさんがそう言った。
「二つ目は、崩落箇所にはエーテルが大量に渦巻いていて、何が起こるかわからないこと。下りてる最中にダンジョンの床が修復されて戻れなくなるかもしれない。そうでなくても、濃度の濃いエーテルのなかでは擬似魔法現象が発生しやすい」
「あの⋯⋯擬似魔法現象ってなんですか?」
手を挙げて聞く私に、アーネさんが答えてくれる。
「その名の通りよ。魔術士が意図して起こすのが魔法現象。意図せずに自然発生してしまうのが擬似魔法現象ね。
エーテルの濃い場所では、人間の想念がエーテルに影響して、魔術士でなくとも魔法のような現象を生んでしまうの。
擬似魔法は意識的に制御されてないから、どんな現象が起こるかわからない。たとえば、エーテルの濃い空間で『寒いな』とつぶやいたら、あたり一帯が凍りついてしまったりとか」
「えっ、怖いですね」
「そう、怖いのよ。ロープを上り下りするのは盗賊士になると思うんだけど、盗賊士は当然魔術の素人よ。自分の想念を自在にコントロールすることは難しいわ。
それどころか、ヘタに意識させれば、『こんなことが起こったらどうしよう』って方向に想像を膨らませて、本当にそういう現象を引き起こしてしまうでしょうね」
「盗賊士に訓練を施す⋯⋯というのは無理か?」
ウォーバンさんがアーネさんに聞く。
「ううん⋯⋯素質のある人なら、一月くらい修行させればなんとか。でも、問題はそのあとよ」
「そうね。コカトリスが大量に生息しているとされる三層に、少数の盗賊士を送りこんでもしょうがないわ。理想をいうなら⋯⋯いえ、現実的に考えても、優秀な三士をバランスよく揃えて送りこみたいところね」
「ふぅむ。魔術の素養のある盗賊士で、三層でコカトリスの相手ができるほどの実力の持ち主、か。そんなもの、いるはずが⋯⋯」
ウォーバンさんの言葉が途切れた。
シズーさん、アーネさんも、「あ」という顔をしている。
三人の視線が集まった。
――もちろん、私に。
「あははっ。やっぱりそうなります⋯⋯?」




