38 階段がない!
私が曲がり角からのぞいた先は、大きな広間になっていた。
学校の校庭がすっぽり収まるくらいの広さだろう。
その空間が、奥に向かって傾斜してる。
(スキー場のゲレンデの上に立ったときみたいだね)
傾斜の途中にはフレイムリザードがたくさんいた。
その奥には、名前とHPバーが頭上に浮いた、ひときわ大きな火トカゲもいる。あれが、ベアノフの言ってたサラマンダーだろう。
だが、見るべきはそこじゃない。
(傾斜が奥に向かって急になって⋯⋯その先は見えない。
でも、あれは⋯⋯)
傾斜が視界から見えなくなった先で、ちかちかと光がまたたいている。
その光に照らされて、空中にいくつもの岩塊が見えた。
(岩が、浮いてる)
岩は、よく見ると角ばった形をしていた。
(ダンジョンのブロックが崩れたらあんな感じかな?
って、そうか)
実際に、ダンジョンが崩れたのだ。
いま、でこぼこした傾斜のあるこの場所には、私の立ってる地面と平行に床が伸びてたはずだ。
その床が、崩れた。
(エーテルの流れは⋯⋯うわっ! なにこれ)
空間にはエーテルが大量に集まってた。
エーテルは空中に浮かぶ岩塊にからみつくように流れてる。
(そうか。修復してるんだ)
ダンジョンがなんらかの原因で崩落し、そこにできた大きな「傷」を、ダンジョン自身が癒そうとしてる。
まるで、人体が傷口をかさぶたでふさぎ、傷を治そうとするように。
(って、待ってよ。たしかこの先って⋯⋯)
私は音を立てないように懐から地図を取り出す。
三層にコカトリスがいると報告した冒険者たちの作成した地図によれば⋯⋯
「やっぱり。階段のあった場所が崩落してる!」
私はその後ベアノフと別れ、一層終わりのキャンプ候補地に戻ってきた。
物陰で静かに瞑想していたアーネさんが、私に気づいて顔を上げる。
「アーネさん、いま戻りました」
「おかえり、ミナト。どうだった?」
「それが⋯⋯」
私は見てきた光景を説明する。
もちろん、ベアノフのことは伏せて。
「階段のある広間が崩落してた? たしかなのね?」
「はい。この目で見ました。地図と照らし合わせてまちがいないです」
「そんなケースは初めて聞くわね」
アーネさんが難しい顔で黙りこむ。
「ひょっとして、なんですが⋯⋯コカトリスの影響じゃないでしょうか?」
「コカトリス⋯⋯そうか、石化ね」
「ええ。三層にはコカトリスが大量にいるんです。石化がダンジョン自体を蝕んで⋯⋯」
「崩落に至った、と。
うぅむ。有力な仮説かもしれないわ」
アーネさんがすこし感心したようにそう言ってくれるが、実はこれは、私の考えたことじゃない。
(ベアノフが言ってたんだよね)
見た目に似合わず、ベアノフは考えが深いようだ。
ダンジョンという不思議な存在について、好奇心を持って洞察してる。
アーネさんが言った。
「しかも、傾斜にはサラマンダーとフレイムリザードがたむろしてたのね?」
「はい。でも、たとえフレイムリザードたちがいなかったとしても、あの傾斜は簡単には降りられないと思います。エーテルの流れも濃くて、何が起こるかわかりません」
「ダンジョンが自分の傷を癒す、か。
でも、そうだとしたら、傷が治ったときには階段も復活するのかしら」
「さあ⋯⋯そこまでは」
「そうよね」
私とアーネさんは眉を寄せて考えこむ。
「いつ修復されるか、本当に修復されるかもわからない以上、迂回路を探すしかないでしょうね。
だけど、問題は、よ」
アーネさんが言葉を切る。
「――ダンジョンには、通常、一層につきひとつしか階段がないのよ」




