37 二層を進む
「⋯⋯この先はどうなってるの?」
「俺にはうまく説明ができん。見たほうが早い」
ベアノフがそう言い張るので、私はおとなしくベアノフに案内してもらう。
ベアノフに道案内を頼むのは二回めだ。
(道案内、好きだよね、ベアノフ)
強面に似合わず親切な男(?)である。
そんなことを考えていると、ミニマップに赤い光点が現れる。
進行方向、5ブロック先。
「むっ」
ベアノフも気づいたらしい。
(私には気づかないのに、他のモンスターには気づくんだ)
なお、現在の難易度はベリーイージーだ。
一層でアーネさんと一緒のときはノーマルだったが、二層は初めてなのでビギナーに戻した。
その後、ベアノフと合流して、若干の葛藤の末にベリーイージーを選んだというわけだ。
(ビギナーだと同行者が不審に思うかもしれないし。新しい層はビギナーにしたかったんだけど)
私と戦ったベアノフが大丈夫と判断してるならたぶん大丈夫だろう。
さて。二層で初めて出会ったモンスターは⋯⋯?
「フレイムリザードだな。俺ひとりなら問題ないのだが」
ベアノフが言った。
たしかに、進行方向に赤く燃えさかるなにかが見える。
「どういうこと?」
「ああ、ミナトが苦戦するという意味ではない。単に、あいつらは俺たち鷹頭熊とはなわばりを争わんというだけだ」
「へえ。ヒトの冒険者には向かってくるの?」
「そのようだ。
モンスターには、種族ごとになわばりを争うものと争わないものがいる。
鷹頭熊なら、ゴブリンやオークからはケンカを売られるが、スライムやケイブバット、この先にいるフレイムリザードとはかちあわない。
では、フレイムリザードがなわばりを争わないのかといえばそうではない。ポイズンフロッグやコカトリスとは争うはずだ」
「生態が近いもの同士が争うってことか」
ちょっとした豆知識だね。
冒険者目線じゃわからないことかもしれない。
私とベアノフの視線の先で、フレイムリザードがこちらを向く。
フレイムリザードは、小さめのワニくらいの大きさのトカゲだった。
言うまでもないかもしれないが、全身が炎に包まれている。
大きめの頭部についたのっぺりとした目が、こちらをぼんやりと見てるが⋯⋯気づいてるのかな、これ。
「俺は戦ったことがないが、やるとなったら厄介な相手だろうな。なにせ燃えている。へたに近づいたら、倒す前に炎が燃え移る」
たしかに、ベアノフのふさふさの体毛は燃えやすそうだ。
「当然、炎の魔法は効かないよね?」
「だろうな。俺は魔法が使えんからわからんが」
話していると、フレイムリザードが顔を上げた。
あきらかに、こっちを見つめてる。
その、一瞬後。
フレイムリザードから炎が迸った。
「わっ!」
私はおどろき、とっさに小さめのエーテルボムを放つ。
エーテルボムは炎を巻き込んで破裂、私の目の前で炎が霧散した。
「あははっ! びっくりした」
「不意打ちを受けて笑っているとは。相変わらず剛毅なヒトだ」
ベアノフが笑う私を見てなにやら戦慄してるが、いまは誤解を解いてる時間がない。
「ベアノフは下がってて!」
私はそう言って、背負っていた杖をかまえる。
イメージは一瞬でまとまった。
「穿て、礫よ!」
杖のまえに握りこぶし大の石つぶてがいくつか生まれ、フレイムリザードめがけて飛んでいく。
石つぶては空中で先端を尖らせるようイメージしている。
もちろん、目で追えるような速さじゃないので、あくまでもイメージだ。
そうすると威力が上がるよと、アーネさんが教えてくれた。
ドパパパン!
派手な音とともに、フレイムリザードの頭が破裂する。
フレイムリザードの炎が消えた。
「ほう、一撃か。俺と戦っていた時は手を抜いていたというのか?」
「あはは、あのあと強くなったんだよ」
ベアノフの言葉に答えつつ、フレイムリザードに近づく。
(うん、まちがいなく死んでるね)
私が見ているまえで、フレイムリザードの死体が黒い粒子になってかききえた。
(ドロップはなし、か。難易度が低いからしょうがない)
難易度を上げてドロップ調査したくなるな。
ベアノフがいるからやらないけど。
「このへんには、フレイムリザードはよく出るの?」
「うむ。この先にはサラマンダーもいる」
「もしかして、それが見せたいもの?」
「いや、場所は同じだが、ちがう。息を潜ませて近づくことはできるか?」
「うん、やろうと思えば」
「わざわざサラマンダーにケンカを売る必要もあるまい。もう、すぐ先だ。そっと、曲がり角の向こうを覗いてきてくれ」
「⋯⋯? わかった」
とりあえず、言うとおりにする。
気配を消して、ついでにゴブリンの煙玉も使って、曲がり角まで進み、顔を出す。
(これは⋯⋯?)
そこには、不思議な光景があった。
今日はここまでです