28 悼む
「⋯⋯そうだった。最初にこのダンジョンに潜ったパーティは、女魔術士を置き去りにしたって⋯⋯」
その成れの果てがこの死体なのだろう。
身体中にアザや傷がある。両膝が叩き潰されていて、片腕がない。露出した腹部は、ふくらんだ風船がしぼんだように、皮がぶよぶよになっていた。
「うう⋯⋯やっぱりさっきのゴブリンたちは⋯⋯」
私は女性の死体から顔をそらし、地面にむかって嘔吐する。
「私がもっと早く来てれば⋯⋯?」
いや、それはないか。
私がダンジョンにやってきた時点で、最初のパーティの受難からかなり日にちが経っていた。
「なにか、私にできることはないかな⋯⋯」
しばし考え、私は意を決して死体に近づく。
女性は、長い亜麻色の髪をおさげに編んでいた。
その髪の、なるべくきれいに残っている部分をナイフで切り取り、ありあわせの布で包んでリュックに収める。
「せめてこれだけでも、しかるべき人に渡してあげよう。帰ったらシズーさんに頼んでみなきゃ。死体は⋯⋯どうしようか」
このまま放置するのも気がひける。
でも、ダンジョンの地面は少し掘ると底につくから、穴を掘って埋めてあげることもできない。
「焼くしかないかな。でも、どうやって」
手持ちの道具で火起こしができないか悩んでると、ふいに記憶が蘇る。
いや、
「⋯⋯グラマスの加護。こんなときに」
私は「蘇った」記憶をもとに、両手の手のひらにエーテルを集める。
そのエーテルを激しく振動させ、手のあいだの何もない空間に炎を生む。
「聳え立て、炎の尖塔!」
私の生んだ炎は、女性の死体へと飛び、たちまち激しい火柱となって燃えさかる。
火柱は、私のコントロールで広げることもできるようだったが、今は女性の死体に集中する。
「せめて、人目につかないように。どうか、安らかに⋯⋯」
――ほどなくして。
非業の死を遂げた女性魔術士は、真っ白な灰となったのだった。
その後、テンションが上がるはずもなく、私は早めに探索を切り上げることにした。
手に、闇色の杖を携えて。
帰り道、難易度をイージーに落として杖を見る。
無念の杖:非業の死を遂げた女魔術士が最期の時まで握りしめていた杖。女魔術士の想念はダンジョンを漂うエーテルによって生きながらえ、強力な火炎魔法によって杖へと蒸着、ドロップアイテムとなって現世に析出した。強力な魔術の媒体となるほか、念を込めることで死者の無念を対象者に投影することができる。
なんだか持ってるだけで呪われそうな杖だが、説明文を見る限り呪い的なものはかかってないらしい。
単に強力な杖ってだけみたいだ。
握ると、奇妙なほどに手になじむ。
「べつに、そのためにやったんじゃないんだけどな」
女性を悼む気持ちからやったことで、アイテムがほしいとか、そんなつもりはまったくなかった。
女性の持ちものも、まとめて焼いたくらいだし。
「墓標がわりに置いていこうかと思ったけど、よく考えたら他の冒険者も通りそうだからね」
縁もゆかりもない冒険者が「ラッキー」とばかりに持ってってしまうくらいなら、私が持ってたほうがマシだろう。
盗賊士が長い杖を持っていては目立ってしまうので、出る前に布かなんかを巻いておかないとね。
「煙玉はまずまず回収できたけど、ジェネレーターは壊しちゃったからもう稼げないね。モンスターハウスを他の冒険者への防壁にするって案もできなくなった」
女性魔術士が非業の死を遂げる元凶となったモノを放置はできず、私はモンスターハウスのジェネレーターを潰してきた。
ジェネレーターはぐねぐねとした肉のかたまりのようなもので、真ん中にコアらしい紫色のクリスタルがあった。生理的に近づきたくない感じだったので、覚えたばかりの火炎魔法で焼き払った。
このことを手柄顔でギルドに報告する気はないが、早晩誰かが気づくだろう。
二層への階段はジェネレーターのちょっと奥にあったから、このダンジョンの探索の中心は二層へと移っていくにちがいない。
「絶対損してるけど⋯⋯しかたないよね」
自分からライバルを増やすような真似をしてしまった。
人が増えれば私が戦ってるところを目撃されるリスクも増える。
どう考えても賢明とはいえない選択だ。
「まぁ、後悔はないけどね。むしろ、すっきりしたかな」
自分の中で筋を通した結果なのだ。
後悔なんてするはずがない。
「でも⋯⋯あははっ。明日からはちょっと大変かも」
ダンジョンの出口へと向かいながら、私は乾いた笑いを漏らしていた。




