24 営業終了間際のお客様
「やれやれ。やっと閉店ね」
ダンジョン前出張所・盗賊士ギルド員のシズーは、手にした懐中時計に目を落とし、背伸びをしながらそう言った。
その拍子に懐中時計を落としそうになって慌ててつかむ。
「危ない危ない。貴重なドロップアイテムなんだから気をつけないと。ま、落としたくらいじゃ壊れないって話だけど」
3ギルド合同のダンジョン前出張買取所の天幕にいるのは、いまはシズーだけだった。
外はすっかり暗くなっている。
これまたドロップアイテムである「消えない松明」がなかったら、天幕のなかも真っ暗だったろう。松明と言っても、現代地球人が見ればシェードランプだというような形状なのだが。
「つくづく不思議よね。いったいどんな仕組みなんだか。
みんな、考えてもしかたないっていうけど、ものによっちゃ構造を解明してレプリカを作ったりできるかもしれないのに。
そういう思考停止ってどうなのかしらね」
シズーは、暗い色の髪を几帳面に切りそろえた、二十代半ばくらいの女性だ。
誰も見てないというのに、ギルドの制服をきっちりと着こなしている。
なかなかの美人だが、いかにもやり手という雰囲気なので、異性はあまり寄りつかない。
輪番では、夜のシフトを担当することが多い。深夜加算給がもらえるうえ、夜は来客もすくないので、合理主義者のシズーは喜んで夜のシフトに入るのだ。夜のシフトは時に危険も伴うが、それを切り抜けられるくらいには腕に覚えもある。
もっとも、夜のシフトと言っても、この天幕は24時間営業ではない。
日が沈んで三時間後には閉めていいという決まりだった。
「商家の娘としては、ドロップアイテムの原理をどうにか解明して、大もうけを狙いたいところよね。
それは望み薄としても、ドロップアイテムが、運よく手に入れた冒険者や、冒険者から大枚叩いて買い上げた大貴族に独占されてしまう状況はなんとかなんないのかしら。貴族の館に置物として飾ったってしょうがないでしょうに」
お決まりの愚痴をこぼしながら懐中時計をしまい、シズーは天幕の入り口を閉めようと立ち上がる。
そこで、入り口に人影が現れた。
「あ、あははっ。まだやってますか⋯⋯?」
笑いながら遠慮がちに言ってきたのは、盗賊士らしき小柄な少女だった。
笑顔と態度がちぐはぐだが、実際にそうなのだからしたかがない。
(見ない顔ね)
黒髪黒瞳は、この辺では少数派だが珍しいとまではいえない。
ただ、こんなふわっとした、儚げな女の子が冒険者というのは珍しい。
(そこそこかわいいし、冒険者のあいだで噂になっててもいいと思うんだけど)
ちょっと幸薄そうな子だな、と思ったが、もちろんそんな感想はおくびにも出さない。
そこは、商家の娘としてのたしなみである。
「ええと、いま閉めようと思ってたんだけど」
「そ、そうですか⋯⋯」
シズーが言うと、少女は露骨にしょげた様子をみせた。
「ああもう、そんな顔しないの。厳密に時間が決まってるわけじゃないから、いまから見てあげるわよ」
「あははっ、ありがとうございます!」
少女が、気持ち明るい顔でそう言った。
(なんでこんなタイミングで笑うのかしら?)
シズーは首を傾げつつ、少女を買取カウンターの前に座らせる。
シズーは鑑定用の単眼鏡を右目にはめながら、
「で、何を持ってきてくれたの? 余ったポーション?」
ここに持ちこまれるドロップアイテムは、十中九以上ポーションだ。
ポーションは、冒険者自身も使用するが、余った分は買取に出すのが一般的だ。
この世界に近代医療なんてもちろんない。怪我を治すとなったらポーションを使うか、治癒術師に頼むしかないのである。
だが、すり傷を直す程度ならともかく、実用的なレベルの治癒術を使える術師は少なく、その診療報酬はぼったくりといっても過言ではない。
したがって、ポーションを市場に安定供給することは、3ギルド共通の優先事項とされていた。
「ええと、じゃあ、ポーションから出しますね」
少女の言いかたに、シズーは引っかかりを覚えた。
(ポーションから?)
まるで、他にも戦果があるような言いかただ。
少女が、ぎっしりつまったリュックからポーションを取り出す。
一瓶、二瓶、三瓶⋯⋯
「ち、ちょっと、いくつあるのよ⁉︎」
「あははっ⋯⋯お、多かったですか?」
笑いながら、しかしなぜかぎくりとした様子で少女が言った。
机のうえには、ポーションの瓶がもう10本も並んでいた。
「⋯⋯まぁいいわ。中身が本物か見せてもらうわね」
シズーは気を取り直して言った。
ポーションの空き瓶は、市場にはたくさん出回っている。
そのため、馬鹿な駆け出し冒険者が、空き瓶にただの色水を入れ、ポーションと称してギルドに売りつけようとすることがあるのだ。
もちろん、そんなのは確実にバレる。
ポーションの偽造及びその販売は、ほとんどの土地で刑罰の対象となっている。
そんな程度のことも知らない馬鹿な冒険者には、半年ほどくさい飯を食べながら反省してもらうことになる。
(ま、この素直そうな子がそんなことをするとは思えないけどね)
仕事は仕事だ。
シズーはポーションの蓋を開け、モノクルで中を覗きこむ。
「あの⋯⋯それでわかるんですか?」
少女がそう聞いてくる。
「ええ。このモノクルはエーテルの流れを見ることができるの。ポーションにはエーテルが溶けこんでるから、これで見ればすぐにわかるわ」
説明しながら、シズーは手際よく10本のポーションの中身を確かめた。
「いいわ。全部本物ね。水で薄めたりした様子もなし」
「ああ、そんなことする人もいるんですか」
少女が感心したように言った。
「やっちゃダメよ? 絶対バレるから。牢屋になんか入りたくないでしょ?」
「あははっ、や、やりませんよ」
釘をさすと、少女は頭の後ろに手を当てて笑う。
「これ、一日だけの成果なの?」
「え⋯⋯は、はい」
少女はちょっとためらう様子をみせたが、結局は素直にうなずいた。
「たいしたものね。普通の冒険者なら、一日で数本取れればいいところなんだけど。
それより、まだなにかありそうな様子ね?」
「あ、はい。これは買い取ってもらえますか?」
そう言って少女が取り出したものに、シズーは目を見開いた。




