20 運の良すぎる覚醒
(やられる!)
ジャスト回避も間に合わない。
ベアノフは、私の逃げ道を潰していたのだ。
ただの突進と見せかけて、かなり巧妙に私をダンジョンの角へと追いこんでいた。
「強いが――ダンジョンには不慣れだな!」
ベアノフが両腕を振り上げる。
(そうか、ベアノフは閉鎖空間での戦いを知り尽くしてる!)
私がベアノフの攻撃だけに気を取られてるあいだに、ベアノフは周囲の構造を見て、私をどこに追いこむかを考えていたのだ――まるで、熟練の猟師が獲物を罠に追いこむように。
「終わりだ! ベアアアアッ!」
避けられない一撃が私に迫る。
(あはははっ! やられる!)
だが、ベアノフの爪が私に届く直前、私の体内に突如新しい感覚が芽生えた。
全身をくまなく巡る流れを、無我夢中で胸の前にかき集める。
それを、ショットガンを撃つようなイメージで前に放つ。
「べ⋯⋯」
ベアノフが吹っ飛んだ。
私の放った不可視の衝撃波が、ベアノフを弾き飛ばしたのだ。
ベアノフは背中を反対側の壁に打ちつけ、動きを止める。
私は、全身に走る倦怠感をこらえつつベアノフにダッシュ。
剣を、ベアノフの首に突きつける。
「あははっ⋯⋯これでいいよね?」
「くっ⋯⋯ま、参った」
ベアノフが悔しげな顔でうなずいた。
「不覚。まさか魔術士だったとは。
角に追いこまれたように見せかけて、その実俺を罠に引きこんだというわけか。
俺が必殺を確信し、油断する瞬間を狙っていたのだな」
(いや、いいほうに解釈しすぎだから!)
私はまちがいなく追いつめられていた。ベアノフのもくろみ通りに動いてしまった。勝てたのはただの偶然だ。
「あれほどの速度でエーテルボムを放てる魔術士などそうはいない。剣の腕だって一流だというのに、本職は魔術士とは⋯⋯底の知れぬ人間だ」
「そ、それほどでは⋯⋯」
「しかも、それだけの腕がありながら驕りの色がかけらも見えぬ。
さきほどの戦いでも、無様に追いつめられた演技までして、確実に勝ちを拾いにきた。
どれほどの度量があればあのようなことができるのか。未熟な俺には想像もつかぬ」
だから、ほんとに追いつめられてたんだってば。
それから、無様は余計だよ!
「――よかろう。命を救われてしまったのだ。おまえの道案内をしてやろう」
「あははっ。よ、よろしく」
こうして私は、ベアノフにダンジョンを案内してもらうことになった。
(それにしても⋯⋯)
さっきのはなんだったのだろう。
(ベアノフはエーテルボムって言ったね)
やったことはなんとなくわかってる。
体内を循環するエーテルの流れを集めて放った。
それだけだ。
(魔術士の適正が高いから、戦いのなかでグランドマスターの加護が覚醒した? ちょっと都合よすぎじゃない?)
偶然は、必ず私の都合の悪いほうに作用する。
それが、これまで生きてきた経験から学んだことだ。
私にはこんな悪運はない。
(難易度変更も関係してるのかな。そうじゃないと、私にしては運が良すぎる)
魔術についてベアノフに聞いてみたい。
でも、それをするとベアノフの「誤解」が解けてしまう。
(黙ってついてくしかないね)
ベアノフの巨大な背中を追いながら、私はそっとため息をつく。
(あははっ、こういうの苦手だな⋯⋯。ウソなんて、私がついたらすぐバレるし)
過大評価されてるのも落ち着かない。
私は見下されるのには慣れてるが、尊敬されるのには慣れてない。
「ベアノフ、怪我は大丈夫なの?」
私はふと思いついてそう聞いた。
(って、私がやったんだけど)
自分で斬っておいて怪我の心配とは、マッチポンプにもほどがある。
「なに、このていどなら半日もすれば塞がるだろう」
「えっ、そんなに早く治るの?」
「そうか、おまえたちヒトは知らぬのか。
モンスターは、ダンジョンの中にいる限り、腹もすかぬし怪我も治る。エーテルが流れこんでくるからな」
「ヒトは?」
「理屈は知らぬが、ヒトはモンスターほどは回復せぬらしい。
ただ、モンスターは身体を構成するエーテルを維持するために、ヒトを殺して因子を得なければならぬ」
「ううん⋯⋯いいのか悪いのか」
「いいも悪いもない。ただそういうものというだけよ」
「ダンジョンの外のモンスターは?」
「ダンジョンの外では本来モンスターは長くは生きられぬ。だが、ヒトや獣と交配すると、その子孫は外で生きていけるようになるらしい。外にいるモンスターは、ヒトや獣と交わった雑種よ」
そんな仕組みなのか。
つくづくイヤな世界だな。
「あなたは外には出られないの?」
「俺ほどになれば、外でも活動はできる。ダンジョンの中とちがって回復はせぬし、定期的にヒトの因子を取りこむ必要はあるが」
「それでもダンジョンにいるのはどうして?」
「俺はここで生まれたからな。仲間もいる。もっとも、言葉を介するほどに力を蓄えたものは一握りにすぎぬ。悪がしこいヒトの冒険者に食い物にされぬよう、俺が守ってやらねば」
なかなか、人間のできた熊である。
ベアノフの案内のおかげで、私はうわさに聞いていた迷路ゾーンをすんなり抜けた。
ミニマップもあるが、表示範囲に限界があるので、ベアノフの案内はありがたかった。
「この先は、ゴブリンどもの巣窟だ」
「モンスターハウスだって聞いてるよ」
「うむ。あれは、不気味だ。同種のモンスターが果てることなく湧き出してくる。
言葉も通じぬ。時間をかけて成長するという過程を経ず、エーテルを流しこまれて生まれたいびつな存在だからだろう。
それだけに、どう動くかわからぬところがある。進むのならば十分に気をつけよ。おまえの実力を疑うつもりはないがな」
ちょっとは疑ってもいいんだけどね。
「わかった。心に留めておく」
「うむ。
⋯⋯ああ、そうだ。ヒトの魔術士よ。最後に名前を聞かせてくれないか?」
そういえば名乗ってなかったな。
「私は湊。ここまでありがとう、ベアノフ」
「礼を言われる筋合いではない。
では、ミナト。もう会うこともないかもしれぬが、俺はおまえと戦えたことを誇りに思う」
「あはは、わ、私こそ」
(とことん武人気質だな)
ベアノフとの戦いで死を覚悟した瞬間のことがよみがえり、私は妙に緊張しながらベアノフに別れを告げた。




