19 ベアノフ・ジ・アドベンチャラー・キラー
「ベアアアアッ!」
気合いの一声とともに、ベアノフが前腕を振り下ろす。
「あはははっ!」
私は笑いながら攻撃をかわす。
⋯⋯といっても、余裕があるわけじゃない。
むしろ逆だ。
余裕がないからこそ笑いが出る。
「俺を⋯⋯笑うか!」
ベアノフ、怒りの横薙ぎ。
私は一歩跳びのいてそれを避けた。
その分間合いが開き、私は反撃に移れない。
「避けてばかりでは戦いにならんぞ!」
ベアノフが言って、私をさらに追撃する。
(ヤバい。ちょっと不利かも)
ベアノフの前腕は長い。
腕をぶんぶん振り回されると、私は剣の間合いに持ちこむことができないのだ。
(なら⋯⋯)
私はベアノフの腕をかわしながら、その軌道上に剣を置く。
剣がベアノフの腕を斬り裂いた。
かすっただけなのに、剣を持っていかれそうなほどの衝撃だ。
「ぐぅっ⁉︎」
ベアノフが、斬られた腕を押さえ、距離を取る。
(ダメージは⋯⋯)
私はベアノフの頭上にあるバーを見る。
「10くらいかな」
浅い傷だが、ベアノフの突進を止められたなら十分だ。
「やるな⋯⋯暴風のベアノフと呼ばれたこの俺にカウンターを食らわせるとは」
はい、二つ名いただきました。
「あははっ、じゃあ今度はこっちから行くよ」
べつに、好んでそうしたいわけじゃない。
たんに、そうしないと危ないのだ。
いくら難易度変更で補正がはたらいてるとはいえ、所詮はかなしき運動音痴。いつまでもベアノフの攻撃を避け続けられるとは思えない。
予定通り、先手必勝を目指すしかない。
私は姿勢を低くして前にステップ、すくいあげるような斬撃を放つ。
「ぬぉっ⁉︎」
私の剣は、ベアノフの胸を浅く薙ぐ。
私はさらに、下方向からの攻撃を続ける。
なんとなくだが、上からより下からのほうが効果的なように思えたのだ。
(なんか、こう攻撃すればいいっていうのがわかるような⋯⋯)
理屈で考えてみると、下からの攻撃は合理的だ。
ベアノフは私より1メートル近く背が高い。
上からの攻撃は、ベアノフからは見えやすい。
が、ベアノフは、身体が大きい分、足元の注意がおろそかだ。
ベアノフの武器はあくまでも前腕なので、足を戦いに使うという発想がない。また、熊としての身体の作りからしても、足さばきは難しそうだ。
(間合いに出たり入ったりしつつ、下方向から攻撃する。
それだけじゃ目が慣れるから、たまには上からの攻撃も。
向こうの攻撃にはタイミングを合わせて剣を置く)
まるで熟練の剣士のように、戦いのグランドデザインができあがる。
(私って、ひょっとしてすごい?)
一瞬そう思ったが、
(あ、ちがうね。きっと、難易度変更の補正か、グランドマスターの加護か、あるいはその両方か⋯⋯だね)
今の私は盗賊士のはずなんだけど。
いや、この世界では盗賊士も剣を使うのか。ジョブで装備制限があるのはゲームの世界だけだ。
私でも扱えるように短めの剣なので、盗賊士がよく使ってる短剣扱いになってるのかもしれない。
「ぬおおっ! 小癪な! 力も体格も劣るヒトに、この俺が押されてるだと!」
ベアノフは、前腕のあちこちから血を流しながらそううめく。
私は言った。
「あははっ! あきらめて! 命まで取る気はないから!」
「ぬううっ! 戦いの最中に笑うとは⋯⋯おそろしいまでの余裕! きさま、名のある剣士だな!」
ベアノフは、赤い鷹目に闘志をみなぎらせ、私にラッシュをかけてくる。
私の説得は逆効果だったようだ。
(うん⋯⋯そりゃ、笑いながら言われたら、私だって煽られてると思うけど)
オン対戦でやられたら、きっとコントローラーをブン投げてる。
「かくなるうえは! ベアアアアアッ!」
追い詰められたベアノフが、気合いの声をあげた。
傷だらけの前腕を盾のようにかまえ、私にむかって突っ込んでくる。
これまでと違うのは、腕をまったく振り回さないことだ。
「あはははっ! タックル⁉︎」
ベアノフが狙っているのはショルダーチャージのようだった。
これだけの体重差だ。ベアノフのパワーとあいまって、直撃したら車にひかれたくらいのダメージを受けかねない。
「あははっ! このっ!」
私は跳びのきながら剣を振るう。
ベアノフの腕が、さらにずたぼろになっていくが、ベアノフの突進は止まらない。
(ギリギリ、逃げられる速度だけど!)
跳びのく私に、ベアノフは完全についてきてる。
しかも、
「あはははっ! 追いつかれる!」
ベアノフの突進のほうがすこしだけ速い。
私の剣がベアノフのHPを削りきるのが早いか、ベアノフが私に追いつくのが早いか。
(HPバーは⋯⋯黄色があとすこし!)
バーの色は紫→水色→黄色と変わり、残すは黄色三分の一とその背後にある赤一本。
「あはははっ! 削りきる!」
私は跳び下がりながら剣を振るい――
「やった!」
ベアノフの体力は残りすこし!
私はとどめの一撃を放つために跳びのこうとし――
ドン!
「ぐはっ⋯⋯!」
背中に衝撃。
目だけで振り返る。
私の背後にあったのは――ダンジョンの壁。
「あははははっ!」
しまった!
ベアノフの迫力とHPバーに気を取られて、背後の確認をしてなかった!
「俺の勝ちだ! ベアアアアアッ!」
「くっ!」
私の眼前にベアノフが迫り――