16 攻略本は先に見るタイプ
「一層の迷路の先は⋯⋯モンスターハウスなんだよ」
マスターが、とっておきの秘密を打ち明けるようにそう言った。
「モンスターハウスって、モンスターがうじゃうじゃいるっていう?」
私はゲーム脳で解釈して聞き返す。
「ああ。モンスターがいつどこで『湧く』のかは永遠の謎だが、モンスターハウスだけは原理がわかってる。ハウスになかにモンスターのジェネレーターがあって、そいつからモンスターが無限に湧くって話だ」
「無限に、ですか」
「もちろん、限界はあるのかもしれねえが、発見されてから何年経ってもジェネレーターが生きてたなんて話がざらにあるからな」
「ええと、どうすればいいんですか?」
「いちばんいいのは逃げ帰ることだな」
真面目な顔で、マスターが言う。
「逃げ帰った上で、ギルドに報告し、ギルドでジェネレーター討伐のためのレイドパーティを組んでもらう」
「なるほど。少数で立ち向かうのは自殺行為なんですね」
「モンスターどもはジェネレーターを必死で守ろうとする。普段の統制の取れてないモンスターと同じだと思ったら大間違いだ」
「だから、大人数で攻略する、と。
あれ? でも、今回はまだレイドパーティは組まれてないんですよね?」
「直前に迷路があるからな。迷路の一部はどうやら一定時間で変形するらしくて、大規模なレイドパーティが通れないんだ」
「じゃあ、一層のモンスターハウスを越えられた人はいないんですか?」
「いや、コカトリス生息の報告をした流れの冒険者が、ジェネレーターの一角を強行突破して奥へ行ってる。よく生きて帰れたもんだ。パーティは半壊したらしいがな」
「ふぅん⋯⋯」
その人たちは、よほど優秀か、よほど運がよかったんだろうな。
「モンスターハウスにはどんなモンスターが?」
「ゴブリン、オーク、トロール。人型モンスターの見本市だったらしい」
「それは、モンスターハウスとしてはどうなんですか?」
「比較的対処はしやすい部類のはずだ。ウルフ系モンスターの群れだとか、スライム地獄だとか、ゴーストハウスだとかに比べればな」
「行動が読みやすいってことですか?」
「ああ。なまじ知恵がある分、囮だとか罠だとかにかけやすい。
もっとも、女冒険者があいつらに捕まったら悲惨なことになる。コカトリスの報告をした冒険者も、パーティの女魔術士がやつらにとっ捕まってるのを囮に、命からがら逃げ出したんだ」
私はレイティアさんのことを思い出す。
ゴブリンの巣窟に連れてかれたレイティアさんがどんな目に遭ってたかを。
「まあ、そいつらを責めるのは酷ってもんだ。人間、切羽詰まったらそういうことだってやる。誰だって、自分の命は惜しいんだ」
「⋯⋯そうですね」
人間がそういうものだってことは知っている。
私の友だちだったはずの同級生は、いじめっこに媚を売っていた。
「モンスターハウスの先の情報は?」
「おいおい、今の話を聞いても行くってのかよ。
だが、情報料はもらっちまったしな。なんかの参考になるかもしれんから、話だけはしておこう」
「お願いします」
「といっても、たいした情報はない。
例のパーティは、モンスターハウスの先で、幸運にも『妖精の導き』にあって、二層をほとんど一直線に抜けられたらしい」
「妖精の導き、ですか?」
「まれにあるんだ。ダンジョンのなかでピンチになったときに、急に意識がはっきりして、道順が『視える』ようになることが。そのことを、冒険者は『妖精の導き』と呼んでいる」
「そんなことがあるんですか」
モンスターハウスを仲間を囮にして抜け、その先では妖精の導き。
そのパーティは本当にギリギリのところで生き延びてるな。
「その妖精の導きで戻る選択肢はなかったんですか?」
「モンスターハウスがあったからな。先に進んでセーフゾーンを探すほうが生き延びられると思ったんだろう。もっとも、セーフゾーンは一層にも二層にも見つけられず、三層に下りてみればコカトリスの巣だ」
「ひょっとして、コカトリスのモンスターハウスですか?」
「その可能性もあるな。だが、そうだとしたら、モンスターハウスとしては新種だってことになる。ギルドにはコカトリスのモンスターハウスが過去に発生したという記録はないらしいからな」
「その冒険者たちはそこで引き返し、一層のモンスターハウスを命からがら抜けて戻ってきた、と」
「よくもまあ生きて帰れたもんだろう?」
まったくだ。
「二層のモンスターは?」
「マミーとケイブバットとしか出くわさなかったらしい。妖精の導きがあったからな。パーティにはまずまずの腕の男の魔術士もいたから、マミーはなんとかできたんだと。へたな戦士や盗賊士にはやりづらい相手なんだがな」
「他のモンスターがいる可能性も否定はできないんですね」
「そういうこった。極端な話、二層にコカトリスが混じってたとしてもおかしくはねえ」
「本当に、よく生きて帰れましたね」
おもわず呆れてしまった。
(こういうの、悪運っていうのかな)
他にもダンジョンについて細かいことを教えてもらい、私は出張酒場の席を立つ。
「あはは⋯⋯じゃ、そろそろ行ってみようか」
私はいよいよ、ダンジョンへ潜る決意をした。




