15 ダンジョン前
ダンジョンの入り口は、とてつもなくにぎわってた。
冒険者たちのみならず、各ギルドの出張所には、ギルドの職員が常駐している。戦士、魔術士、盗賊士ギルドのそれぞれが天幕を張り、所属冒険者の入構状況や安否情報の管理を行っていた。
三ギルド合同の天幕では、ドロップアイテムの買取・販売もやっている。
領主の兵も詰めている。ダンジョンの入り口に向かって陣地を築き、万一の事態に備えてるようだ。
が、いちばんにぎやかなのは出張酒場だ。
酒保商人たちが食糧や酒や生活用品などを持ち寄り、一大バザーを開いてる。
近くにはテント張りの仮の宿まで作られていた。
「はぁ~。なんかイメージと違うなぁ」
もっとこう、おどろおどろしい雰囲気を想像していたのだ。
「まぁ、たしかに、生身の冒険者がダンジョンに潜ろうと思ったら、準備が必要だもんね。ファストトラベルなんてないわけだし」
私自身、街から一時間ほども歩いてきてくたくただ。
でも、
(私にしては体力あるよね)
疲れたはしたが、ちょっと立ち止まってると元気が出てくる。
そうでなければここまでたどり着くことすら怪しかっただろう。
いくら適正が高いとはいえ、私はろくにスポーツもしてこなかった現代人女子なのである。ゲーム脳のせいで、すぐに着くだろうと思ったのは無謀だった。
「とりあえずごはんかな」
私は出張酒場に向かう。
酒を飲んで大声で話してる屈強な冒険者たちがちょっと、いや、かなり怖い。
気配を忍ばせてその脇を抜け、酒場のマスターに話しかける。
「あはは⋯⋯軽いものはありますか?」
「おっ、嬢ちゃんも冒険者か? サンドイッチと薫製肉ならあるぜ」
海坊主風のいかついマスターが、案外気さくにそう答える。
「ほらよ、笑顔の素敵な嬢ちゃん」
マスターがサンドイッチと薫製肉を出してくれる。
見栄えは正直よくないが、食べてみるとまあまあイケた。
「飲み物は? あ、お酒以外で」
「炭酸水ならあるが、酒より高くなるぞ。この近くにはあまりいい水場がなくてな。炭酸にしないと飲めたもんじゃねえんだ」
「うう、じゃあそれで」
おそるおそる注文したが、飲んでみるとフツーに炭酸水だった。
「ダンジョンはどんな状況なんですか?」
せっかくなので、マスターに聞いてみる。
「どうもこうもねえな。大半の冒険者は一層の途中で帰ってくる。よほど精密にマッピングできる盗賊士がいねえと道に迷うらしい」
「あれ? コカトリスは?」
「おいおい、嬢ちゃんはアレを狙ってる口か? 悪いことは言わん、やめておけ。コカトリスのレアドロなんて狙った日にゃあ、命がいくつあっても足りねえぞ」
「あ、うん。そこまで無理をする気はないかな」
「そうしとけ。これまででも、ここに顔を出してた連中で、欲をかいて戻ってこなかったやつらがけっこういる」
「難しいダンジョンなんですか?」
「一層は、モンスターは強くねえし、罠もそこまで凶悪なもんは見つかってねえ。
だが、どうも迷路を超えた先に『山』があるくせえな」
「山?」
「なんつーかな。同じダンジョンでも、途中からガラリと雰囲気が変わることがあるんだ。冒険者のスラングでは、『ダンジョンが本気を出した』なんつーけどよ」
「おもしろい表現だね」
私の言葉に、マスターが私のことをちらりと見た。
「嬢ちゃんは肝が座ってるな」
「その『山』について、何かわかってることは?」
「おっと、そこから先は情報料がいるぜ」
「いくら?」
「これくらいだな」
マスターが指で金額をしめす。
私は即金でそれを払う。
マスターが驚いた顔をした。
「城ちゃん、こういうときは少しは値切るもんだぞ」
「情報は大事だから。お金をケチって、情報を出し渋られたら困るし」
「こりゃ一本取られたな。
いいぜ、わかってることは全部話そう。
おっと、隣で耳を立ててるやつ、こいつをやるから違う席に行ってくれ」
マスターは隣の客につまみを一品出して追い払う。
客も文句はないらしく、酒とつまみを持って別の席に移動した。
マスターは、それを確認してから、私に身を乗り出して口を開く。
「じゃあ、結論から言おうか。一層の迷路の先は⋯⋯モンスターハウスなんだよ」




