178 チートにはチートを
城の中にいたのは、天使と金色の兵たちだ。
城内ではさすがに閲兵広場のように一網打尽とはいかない。
アルミィとグリュンブリンが先頭に立って一体一体倒していく。
金色の兵は、こうしてみると厄介だった。
まず、こいつらには生半可な魔法が効かない。強めに放ったエーテルショットでも表面で弾かれてしまうのだ。
そして、見た目通り、剣の刃も立ちにくい。もちろんアルミィやグリュンブリンなら貫けるが、それなりにしっかりした一撃じゃないと一発で倒しきることができなかった。
エスカヴルムの打撃も通りにくく、どうしても手数が増えてしまう。
手数が増えると、そのあいだに敵の増援がやってくる。
一度どうしようもなくなって、私が魔王の杖で城の建物ごと敵を粉砕するはめになった。
(でも、城を壊すのは避けたいね)
べつに歴史的建造物を保護したいってわけじゃない。
大きな攻撃で建物を壊せば、粉塵で視界が塞がれる。
アーネさんの視界が狭くなれば、その分他のみんなの行動範囲が狭くなる。
アーネさんの持つ、灰を無効化するエルフの秘宝のペンダントは、アーネさんの視界までしか効かないからだ。
「ええい、キリがない!」
グリュンブリンがいらだった声を上げる。
「これは……なかなかに厳しい、の!」
エスカヴルムも苦しそう。
「斬り開きます! この回廊を抜ければ謁見の間です!」
アルミィが先頭に立って、天使を斬り、金色兵を倒す。
私はアーネさんをお姫様抱っこしてみんなのあとをついていく。
謁見の間への扉は、金色に変色していた。
エスカヴルムが思いっきり殴っても開かない。
もともと、高さ4メートルはあるような重厚な扉だが、金色兵と同じように硬化してるのだろう。
「――どいて!」
私はアーネさんを下ろし、魔王の杖を取り出した。
みんなが避難したところで、
「はぁっ!」
杖を、ハンマーのように振り下ろす。
最初から思ってたけど、もともとこういう運用をするようにこの杖はできてるみたいだ。
そういうもののことは、ふつう杖じゃなくてハンマーって呼ぶと思うんだけど。
魔王の杖の一撃で、金色の扉が砕け散る。
ひしゃげて吹き飛ぶとかじゃなく、砂金みたいになって砕け散った。
私は魔王の杖を両手に持ったまま、謁見の前に足を踏み入れる。
そこに――いた。
「よく来たな、鼠」
黄金の玉座に身をもたせかけ、よく見知ったイケメンがそう言った。
最初の時のように騎士甲冑姿でも、霧の森の時のように暗黒騎士装備でもない。
ゆったりとした法衣を身にまとい、頭には王冠を載せている。
手には王笏を握ってた。
(失ったはずの両腕は……?)
目を凝らすと、法衣のすそからのぞく腕が、青白く透けている。
幽霊の腕みたいな感じだ。
私と相対したときのこいつは、切羽詰まってることが多かった。
でも、玉座に深く腰かけ、足を組んだいまのこいつは、余裕のある笑みを浮かべてた。
余裕があると言っても、けっして好感の持てる笑みじゃない。
どこかファナティックなものを感じさせる危うい笑みだ。
「クレティアス」
私は杖を構えながらつぶやいた。
「くくっ、外にいる連中で十分かとも思ったが、数を減らす役にも立たんとはな。貴様はつねに俺の予想を超えてくる。もはや笑えてくるほどだ」
クレティアスが玉座から立ち上がりながら言った。
「貴様のことが憎い。憎くて憎くて、常に思い続けていたせいか、最近は逆のようにも思えるのだ」
「逆?」
私の背後では、みんなが予定通りの配置についている。
「俺はおまえに恋これがれているのかもしれん。会いたくて会いたくて気が狂いそうだった。会っておまえをどんな目に遭わせようかと一日中考えていた。
貴様くらいだ、俺の頭をこれほどまでにかき乱す女はな」
「……気持ち悪いこと言うなぁ」
愛を告白するようなクレティアスのセリフに、鳥肌が立つ。
「アルミラーシュ姫」
クレティアスが、アルミィに目を向けて言った。
「私はあなたに誠心誠意仕えたつもりだった。だが、私は裏切られていた」
「それは私のセリフです。私はあなたがどんな人かまるでわかってなかった」
「まさか最初からその鼠とグルだったとはな。俺をどん底に突き落とすために一芝居打って、俺を天高く持ち上げた」
「そ、そんなつもりは……」
たじろぐアルミィをかばって、私が言う。
「そうだよ。アルミィがクレティアスに接触した時点では、私とアルミィはまだ出会ってもないんだし。
だいたい、おまえを陥れるためにそんな手間をかける理由がこっちにはない。思い上がりもはなはだしいよ」
「ふっ。なんとでも言うがいい。
俺は赦すことに決めたのだ。俺は神に見込まれた男だ。ゆくゆくは神をも追い落とし、その座を襲う存在だ。俺の英雄叙事詩を至高のものとするために、あまたの試練が必要だったということだ。
おまえは、おまえのあずかり知らぬところで、俺を主役とした舞台の端役として振舞うことを宿命づけられているのだろう。そう思えば哀れなものだ」
「……とうとう自分が物語の主人公だと妄想するようになったか」
そうとでも思い込まなければ、クレティアスは自分の人生の重みに耐えられなくなったのだろう。
同情はしない。だいたいはこの男の自業自得だからだ。
「話しても無駄みたいだね。私たちに倒されれば、最後の瞬間には自分が物語の英雄でも神でもなかったことを思い知るはずだ」
私はそう言って魔王の杖を構えた。
他のみんなもそれぞれに構える。
「くっくっく……ミナトよ。今おまえは、俺のことを物語の英雄になったつもりの哀れな男と蔑んだな?」
「あ、一応聞こえてたんだ」
話が通じてたことに驚き、おもわずそうつぶやいた。
「だがな、ミナト。
それは、他ならぬおまえ自身のことではないのか?」
「……どういう意味?」
「おまえは卑怯者だ、ミナト」
「……何を言ってるの?」
「逸脱した力を振るい、この世界の理をかき乱す。そんな特権が人の身に許されるとでも思っているのか? 俺が長年の修練によって得た力を、おまえは、こんなにも戯けた、くだらない、卑怯で卑劣千万な方法で打ち砕いた。俺の騎士としての誇りを踏みにじった」
クレティアスの顔には、静かで激しい怒りが浮かんでいた。
その表情に、私はなぜか気圧された。
「その卑劣の報いを、おまえ自身の身で味わうがいい。
――オプション」
クレティアスがつぶやいた言葉に凍りつく。
それは、この世界の人間が知るはずのない言葉だった。
クレティアスの声にしたがって、クレティアスの前に、見慣れた画面が現れる。
―オプション―
言語設定【現在:ヒト語】
難易度設定【現在:ノーマル】
ミニマップ表示【現在:OFF】
ログアウト【使用不可】
「なっ……!」
クレティアスの前に浮かんだ画面は、いつものオプションだった。
私からは左右反転して見える。
言語はこの世界のヒト語。
まちがいなく、クレティアスに向けて表示された画面だった。
「難易度設定……ふん、まずはイージーといったところか」
難易度設定【現在:ノーマル】
ビギナー
ベリーイージー
▷イージー
ノーマル
ハード
ベリーハード
インフェルノ
ヘル
ノーヒューチャー
クレティアスが難易度を選択する。
凍りついた頭が、ようやく回りはじめた。
私はうめくように言った。
「難易度変更は……ダンジョンのモンスターにしか効かないよ」
「貴様の難易度変更ではそうだろうな。だが、俺が神から授かったのは【難易度変更・超】だ」
次の瞬間、クレティアスが私の前に現れた。
ほとんど瞬間移動のような速さだが、かろうじて見えた。
剣になったクレティアスの青白い右手を魔王の杖で受け止める。
「ぐっ!」
息がつまるような衝撃。
「ミナト!」
アルミィがクレティアスの側面から斬りかかる。
クレティアスは私を強く弾いてその反動で飛び退いた。
「え、なに……身体がおかしい?」
アルミィが眉をひそめて言った。
私も同じことを感じてる。
いまの一撃、もっと余裕を持って受けられたはずだ。
クレティアスはかなり強くなっていた。
だが、手がつけられないほど強いわけではない。
剣だけならアルミィと匹敵するかもしれないが、逆に言えばそれだけだ。
だが――
(ヤバい。ヤバいヤバいヤバい。これはヤバい!)
魔王の杖を握る手が汗でぬめる。
「くくく……やはりわかるようだな。
そうだ、貴様はこうやって強くなったのだろう? 世界の理をねじ曲げられ、理不尽にいたぶられる気分はどうだ、ジョウレンジ・ミナト!」
勝ち誇ったように叫ぶクレティアスに、私は返す言葉が出てこなかった。




