14 インストラクション
「では、改めて名乗ろうかの。わしの名はドモトリウス。盗賊士ギルドでギルドマスターを務めておるものじゃ」
温厚そうな老人は、私にソファを勧めると、自分も向かいに腰下ろし、私に向かってそう名乗る。
興味深そうに輝く目が、私の顔をうかがってる。
応接室に二人きりになり、私はおもわず緊張した。
「あはは、えっと、ミナトです。よろしくお願いします、ドモトリウスさん」
なんとかとり繕い、私はそう挨拶する。
ギルドマスターは気さくに言った。
「わしのことはドモでよい。わしは南方の出身でな。この辺りでは耳慣れない名前じゃろう。もっとも、おぬしの名前も聞き慣れぬ響きじゃが」
「と、遠くから来たので」
「ふむ。詮索はせぬよ。それが風来坊である冒険者のマナーじゃからの」
「偽名でも名乗ったほうがいいんでしょうか」
「その発想は盗賊士としてはなかなかよい。じゃが、レイティア嬢と知り合いなのじゃろう。もう手遅れじゃろうて」
「レイティアさんは有名人なんですか?」
「この街ではの。戦士ギルドの名物冒険者じゃ。
実力的には中堅以上じゃが、さっきおぬしも困っておったように空気の読めぬところがあってな。仕事でもトラブルが多いのじゃ。
とはいえ、それを差し引いても、優秀な冒険者と言ってよかろう。美人で華のある性格じゃから、それなりに人望もある」
「へえ⋯⋯」
けっこう強いんだ。
(敵に回したくないなぁ)
戦って負けることはないだろうが、向こうには人望がある。
裏から手を回されたりしたら大変だ。
⋯⋯いや、なんで敵に回すこと前提で考えてるのかってつっこみはあるんだけどさ。
そういう性分なんだからしかたない。
「ま、あのお嬢ちゃんのことは今はよい。普通にしておれば害はないからの。
無難に人間関係をやりすごすのも、盗賊士の処世術なのじゃ。
戦士と魔術士というのは、おうおうにして性格が正反対で、パーティ内でいさかいが起こるのは避けがたい。状況に応じて仮面を付け替えるように対応できる盗賊士は、仲介役となることが多いのじゃよ」
「私、そんなに器用じゃないんですけど」
「なに、先ほどのように適当にあしらっておけばよい。優れた冒険者ならば、パーティメンバーにある程度は気を使えるものじゃ。なにも、赤子の相手をするように一から十まで面倒を見てやる必要はない。
もし、盗賊士のそうした気遣いを汲み取れぬほどに愚鈍な戦士や魔術士なら、一度ダンジョンのなかに置いてきてやるがよい。やつら、自分一人ではまともに探索もできぬことを忘れておるのじゃ」
「はぁ、勉強になります」
もっとも、私が誰かとパーティを組むことはないだろうけど。
「さて、盗賊士になるという話じゃったな。
むろん、こちらとしては歓迎じゃ。むしろ、こちらから出向いて言って、どうか盗賊士になってくださいとお願いしたいくらいの適正じゃわ。さっきは人目のあるところで声をあげぬようにするのが大変じゃったぞ」
あ、やっぱり驚いてたんだ。
「じゃあ、お願いします」
「うむ。こちらこそな。おぬしの適正のことは、神父殿の書いてよこしたとおり、わしの胸のうちに収めておく」
「ご配慮ありがとうございます」
「実際、6.9などという適正倍率、うかつに口に出せんわい。噂が立ったら大きな街の支部が引き抜きに来るじゃろう。いや、そのまえに領主が召しかかえようとするじゃろうな」
「盗賊士を領主が雇うんですか?」
「盗賊士の適正は斥候兵に通じるものがあるからの。
それに、領主の兵も、時にはモンスターと戦ったり、ダンジョンに出入りしたりすることもある。
使えそうなものはとりあえず手元に置いておきたいと思うのが権力者というものじゃ。
隠すのなら、徹底して隠し通すことじゃな。口に出さぬだけではなく、そぶりすら見せぬよう気をつけよ」
「あはは、はい、気をつけます」
「⋯⋯笑いながら受け流すとはの。おぬしは大物になりそうじゃわい」
緊張してつい笑ってしまったのだが、ドモさんはいい方に解釈してくれたようだ。
(適正倍率が効いてるのかな)
人は、あらかじめすごい人だと聞かされてると、色眼鏡で相手を見てしまうものだ。
もちろん、逆もまた然りで、私の場合はそっちのケースのほうが多かった。いじめてもへらへら笑ってる気味の悪いやつ、とか。
ドモさんが、咳払いをして言った。
「して、おぬしは盗賊士としてどのような活動をするつもりなのかな?
いや、けっして答えを強制するわけではないのじゃが、わしが含んでおいたほうが動きやすいこともあるからの」
ドモさんの言葉に、私はしばし考える。
(言っちゃっていいのかな?)
ちょっと迷ったが、ダンジョンに出入りするには許可がいるかもしれない。
そうでなくても、ダンジョンには、一獲千金を目指す冒険者たちが殺到してる。出入りしてれば自然に人目につくだろう。つまり、どっちにしてもバレるのだ。
それなら、素直に明かしておいたほうがいい。
「ええと⋯⋯あはは、ダンジョンに潜ろうと思ってます」
「ほう。これだけの適正じゃ、それがいちばん稼げるであろうからの」
ドモさんは私の答えに納得したようだ。
「でも、あはは、私、ダンジョンに潜るのは初めてで⋯⋯一般的な注意とかあれば⋯⋯」
私の言葉に、ドモさんがすこし考える。
「ふむ。一般的な注意の第一条は、ずばり単独では潜らぬことなのじゃが⋯⋯おぬしは守りそうにないの」
「あはは⋯⋯そうですね」
「初陣の前じゃというのに笑っておられるようなら、大丈夫じゃろうがの。
探索の注意の第二点は、一度に深くは潜らぬことじゃ。すこし物足りぬくらいで引き上げよ。緊張しておると疲れを感じにくいものでの。自分は思ったよりも疲れておると、認める勇気を持つことじゃ。
なに、早めに引き返したところで、おぬしの名誉に傷はつかぬ。いかによいドロップアイテム、貴重な財宝を見つけたとしても、持ち帰られねば意味がない。ギルドの裏手にある遺骨のない墓を、これ以上増やしてもしかたあるまい」
それだけ、無理を重ねる冒険者が多いのだろう。
目先の宝に目がくらんで無理をすればどうなるかは、私は(ゲームの)経験でよく知ってる。
私の顔を見て、ドモさんが言う。
「そんなことは百も承知という顔をしておるの。その若さでどんな苦労をしてきたのか⋯⋯いや、詮索はせぬのじゃった。許せ」
「い、いえ、べつに⋯⋯」
ドモさんのなかではすっかり私は「有望な頼もしい新人」になってしまったようだ。
そこまで買いかぶられても落ち着かない。
「新しいダンジョンじゃが、受付で地図が売っておる。買っておくとよい。
もっとも、売りに出されておるのは第一層の途中までに過ぎぬ。なかなか手強いダンジョンでの」
「コカトリスがいると聞きました」
「それもあるのじゃが、それ以前に通路自体が入り組んでおって、フロア全体が広いのじゃよ。広いダンジョンは浅いのが相場じゃから、おそらく最下層は三層か四層なのであろうが」
「不思議ですね。まるで人を迷わすことが目的でできたみたいです」
「そうじゃのう。わしもこの世界に慣れきって感じなくなっておったが、その通りなのじゃ。ダンジョンはあきらかに人が通るようにできておる。そのくせ、罠や迷路で人を寄せ付けないようにもしておる。
わしは時折思うのじゃ。ダンジョンこそが巨大な魔物であり、アイテムや財宝を餌に人を食ろうておるのではないか⋯⋯とな」
「ダンジョンが⋯⋯魔物」
「いや、年寄りの妄想じゃよ。ただ、そのくらいのつもりで臨まねば命がないのも事実ではある」
「わかりました。気をつけます」
「うむ。いかに絶大な適正があるとはいえ、おぬしは新人じゃ。しばらくは入り口付近で様子を確かめるのがよかろう。戦っておれば、グランドマスターの加護で勘や技術が授かれよう」
「グランドマスター?」
「われらの守護神となった始祖冒険者のことじゃよ。ギルドに属するなら覚えておくべきじゃ」
「し、失礼しました」
きっと、この世界じゃ常識なんだろうな。
ドモさんが立ち上がり、奥にある机の引き出しからなにかを取り出す。
ドモさんは戻ってきて、私にそれを手渡した。
私は手のひらにのったそれを見る。
大きめの銅貨のようなものだ。鼻の長い、抜け目のなさそうな青年の顔が刻まれてる。
「これは、盗賊士ギルドのエンブレムじゃ。身分証にもなるものじゃからなくさぬようにな。
奥の祭壇で祈りを捧げれば登録は終わりじゃ。係りの者に案内させよう」
私にしては上出来な流れで話は進み、私は晴れて冒険者になったのだった。




