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174 託されたもの

「まずは、いまエルヴァンスロウを襲っている灰について。

 石化をもたらすこの灰は『檻の灰』と呼ばれるものよ。肉体を魂の牢獄へと変え、人を世界を呪うための道具とするためのもの」


「待ってください。石化した人は、生きてるってことですか?」


「ええ。肉体は石と化すけれど、精神はそのままよ。何もできず、動かない肉体にただ閉じ込められてるの。生きてるといっても、こんな状態が長く続けばもちろん発狂するわ。自殺することすらできないのだから」


「なんてことを……。でも、どうしてクレティアスはそんなことを。じゃなかった、そもそもこのエルヴァンスロウを襲ってるのはクレティアスじゃないですよね?」


「いまエルヴァンスロウに檻の灰を撒き散らしてるのは神本人よ」


「えっ!? だけど、神は地上に干渉できないんじゃ?」


「神が地上に干渉できないのは初代魔王が最期の瞬間にかけた封印のせいね。クレティアスというザムザリアの元騎士がやったことは、この封印を弱めるためのものだった。といっても、地上ではまだ神は活動できないでしょう。ここは地上から離れてるから、その分封印がほころびるのも早かったの」


「クレティアスはそのことを知って?」


「いえ、知らないでしょう。そうすることで自分の力が増すと教えられてるのね。実際、神の忠実な眷属となったクレティアスは、世界への呪詛から力を得ている」


「世界を呪うことがどうして神の力になるんですか?」


「世界を呪うことは、絶対者による救済を求めることと表裏一体よ。檻の灰に囚われた人たちは、世界を呪うことで救済者たる神に力を与えてるの。それがどれほど醜い神の自作自演だったとしても、ね」


「クレティアスは利用されてるだけか」


 まぁ、そうだろうとは思ったけど。


「さっき、神への(ほこ)って言いましたよね。神を倒す手段があるんですか?」


「もうあなたはそれを手にしているわ」


「……まさか、これですか?」


 私は無限胃袋から無念の杖を取り出した。


 ことあるごとに死者の無念を吸収し、杖の放つ瘴気は以前とは比べものにならないほど強い。

 ……われながらよくこんな呪われそうな杖を使ってるもんだよ。


「そう。初代魔王の手にしていた御杖(ごじょう)ね」


「さっきはエルヴァンスロウが滅ぶとダメみたいに言ってませんでした?」


「その杖は、一度失われた後、グランドマスターシステムによって、位相(ステータス)を『ドロップアイテム』へと書き換えられた。この精霊樹の力を使って、そのドロップアイテム・無念の杖を、本来の姿へ戻すと同時に、精霊樹に蓄えられた力を限界まで注ぎ込むわ」


「そんなことをしてだいじょうぶなんですか?」


「エルヴァンスロウは滅ぶわね。

 でも、いまのその杖のままではダメなの。檻の灰によって生み出された世界への呪詛。救済を求めるその声を、神ではなく魔王であるあなたに集約する。そうすることで初めて、神を凌ぐ力を得られるの。だけど、いまの状態の杖ではそんな負荷には耐えられない。

 本来なら、このエルヴァンスロウこそが、その役割を果たすはずだった。だけど、未来をいくら辿ってみても、エルヴァンスロウの滅亡を防げそうな方法は見つからない。だから、あなたにすべてを託すしかない」


 フローネさんがじっと見つめてくる。


「他に方法はないんですね?」


「ないわ」


「……わかりました」


 私はフローネさんにうなずいた。


「エルヴァンスロウの住人は、可能な限りシャトルに収容します」


 せめてこのくらいはしなくては、と思ってそう言ったのだが。


「それが間に合えばいいのだけれど」


 フローネさんが暗い顔で言った。


 そこで、神官長さんが、片耳に手を当てながら言ってくる。

 誰かと通信してるようだ。


「おい、おまえたちが連れてきた娘は何者だ?」


 神官長さんが言うのは、私たちがここにくる途中で助けたエルフの少女のことだろう。


「何者って。このコロニーで助けたんだけど?」


「それはおかしい。エルヴァンスロウで、ここ数年に生まれたエルフはいない。てっきり、マリアーネ様の連れなのだと思っていたが……」


「いや、どう見ても逃げ遅れたエルフでしょ?」


「避難してきたエルフの点呼は済んでいる。逃げ遅れがいれば救出隊を出しているところだ」


「石化してたエルフは?」


「どうもエーテルとの相性によって石化の進行度がちがうようなのだ。おまえたちが道中で見た石化したエルフたちは、助からぬと見て他のエルフが置き去りにしてきたものだ。冷たいようだが、見捨てなければ次は自分が石化する。みな、断腸の思いで家族を、友を、隔壁の外に残してきた。

 だが、まだ石化していないエルフはすべて収容できたはずなのだ」


「えっ、じゃあ、あの子は……」


 アーネさんのつぶやきの途中で、フローネさんが言った。


「やはり、来ましたか」


 フローネさんは、私たちの背後に目を向けている。


 私たちは弾かれたように振り返る。


 そこにいたのは、いま話題に上ってたエルフの少女だ。

 暗い色の髪は、エーテルとの相性が悪い証拠だと言っていた。

 だけどいま、その少女からは、濃縮されたエーテルの気炎が漏れ出してる。


「ようやく入り込めたよ。隔壁も面倒だったけど、精霊樹のセキュリティはそれ以上だね」


 少女がにやりと笑ってそう言った。


 その少女の顔が、渦を巻くように変化していく。

 変化し終えたとき、少女はトーガをまとった金髪の美青年に変わっていた。

 どこかいい加減さの漂う、人間離れした美貌の青年だ。


 私は、この顔を知っている。


「神!」


「ひさしぶりだね、乗蓮寺湊。

 君には失望させられたよ。もっと世界を引っ掻き回してくれるかと思ったのに」


 ちゃらんぽらんな神が、肩をすくめてそう言った。


「えっ、神? こいつが?」


 アーネさんが、私の隣で戸惑ってる。


「そう。改めて自己紹介しようか。僕が神だ。よろしく、エルフの巫女さんたち。もっとも、すぐに石になってもらうけどね」


「貴様……避難所にいた他のエルフたちをどうした?」


 神官長が低い声で聞く。


「え? わかるだろ? 檻の灰を撒き散らしてたのは僕なんだ。ここでも同じことをさせてもらったよ」


「貴様っ!」


 神官長が魔法を放った。

 エーテルを圧縮した矢。私のエーテルショットに近い魔法だ。

 かなりの威力があるはずのそれを、神は片手で受け止め、握りつぶす。


「そんな……あたしがこいつを連れてきたせいで……」


 アーネさんがつぶやいた。


「それはちがいます」


 フローネさんが言った。


「わたしにはすべて見えていました。エルヴァンスロウのエーテル隔壁は、まだ力に制限のある神が相手なら、もうしばらくはもったでしょう。でも、時間が経てば突破される。神は、ミナトさんたちを利用して隔壁を開けさせたようですが、わたしはそれを承知で招き入れたのです」


「へえ? 強がりもここまでくるとたいしたもんだ」


 神が一歩を踏み出した。

 私たちは動けない。

 強烈なエーテルの波動が、私たちの精神を萎縮させてる。


 そんな中で、フローネさんは毅然と言った。


「とにかく、時間がないのです。時間を稼ぐために、わたしはすべてを抛つ覚悟をしました。あなたをここに誘い込んだのもそのためです。

 ――××!」


 フローネさんが何かを唱える。

 神の足元から根のようなものが伸び、神の身体を覆っていく。


「これは……!」


「精霊樹が千年以上かけて蓄えたエーテルがあれば、封印が完全には解けていない神をしばし抑える程度はできます。

 ミナトさんは、奥に進んで。そこに、その杖を目覚めさせる鍵があります」


「そ、そんなことさせるか!」


 神が力をふるう。

 神から滲み出た灰が根を石化させるが、根は次から次へと湧いてくる。


「くそっ! 厄介な!」


「さあ、早く! 長くはもちません!」


「お母さまは!?」


 アーネさんが叫ぶ。


「わたしはここに残らねばなりません」


「そんな!」


「わたしはエルヴァンスロウのエルフたちを囮に使ってまで時間を稼いだのです。わたしだけ逃げるわけにはいきません。神に比べれば微力ですが、わたしでもすこしの時を稼ぐ役には立ちますから。

 アーネ、これを」


 フローネさんがアーネに輝石のついたペンダントを渡した。


「これは……(さと)の秘宝の……」


「それがあれば、檻の灰につかまらずに済むわ。エルフであるあなたにしか使えないけれど」


「でも、これをあたしに渡したらお母さまは……!」


「いいのよ。もう捧げると決めた命だもの。秘宝を持ち腐れにしては代々の巫女に叱られるわ。

 ミナトさん、アーネを――娘をお願いします!」


「……わかりました」


「ミナト!?」


 私はフローネさんから離れようとしないアーネさんを抱え上げる。


 部屋の奥の壁に裂け目があった。

 その奥から強いエーテルの波動を感じる。

 あそこがフローネさんの言う「鍵」のある場所だ。


「待って、ミナト! お母さまが!」


「ごめんね、アーネさん。もう、戻れない」


 私は裂け目に飛び込んだ。

 さして広くない部屋の中央に、一本の杖が突き立っていた。

 杖には神を拘束してるのと同じ根がからみつき、力強く拍動を繰り返してる。

 杖は半透明だ。

 いや、実体がない。

 あまりにエーテルが濃いせいで、私の脳がそこに杖があると錯覚してるだけだ。


「ここに合わせるんだね」


 私は、無念の杖を、実体化してないエーテルの「杖」に重ねるように突き立てた。


 杖が光に包まれる。


 黒くまがまがしい形状をしてた杖は、光の中で膨張する。


 光が消えた。


「これが、この杖の真の姿……!」


 とても同じ杖とはおもえないくらい、杖の見た目が変わってた。

 精霊樹の根がからまったような長い柄。

 ヘッド部分には、巨大な水晶のようなものがはまってる。

 その水晶も大きいが、そもそも杖自体が大きかった。

 柄からヘッドまでで二メートル以上はあるだろう。

 持ちやすいようにか、途中にハンドルがついてるほどだ。

 杖というより、柄の長いハンマーのようなフォルムをしてる。


 私は新しくなった無念の杖を手に取った。


 おそろしく重かったが、バランスがよく、取り回しはいい。

 太いはずの柄が、驚くほどすんなり私の手のひらに吸いついた。


「ミナト! お母さまを!」


 アーネさんの声に振り返る。


 部屋の入り口に、全身を根に覆われた神が近づいてくる。


 それを止めようとしがみついたフローネさんの身体が、徐々に石に変わっていく。


「お母さまぁっ!」


 飛び出そうとするアーネさんをなんとか止める。


(ええと……ここからどう逃げれば?)


 新しい魔王の杖は、まだ十分な力を持ってない。

 この杖は、現状では空の器だ。

 ここに、無念の杖から引き継いだ怨念と、地上でいま生まれつつある世界への呪詛を取り込まなければ、神を倒す武器としては使えない。


(フローネさんの意思を無駄にしないためにも、いまはなんとか逃げるしかない)


 だが、どうやって?

 フローネさんもこの先のことについては何も教えてくれなかった。


 そこで、耳元の通信機が鳴った。


『ミナトお姉ちゃん! 話は聞いてたよ! いまからシャトルをそっちに向けるから!』


 シャトルに残してきたシャリオンの声だ。


『それと、エスカヴルムさんが、可能な限りの障壁を張って待てって!』


「エスカヴルムはそこにいないの?」


『すぐにわかるよ!』


 シャリオンは説明してくれなかったが、言い合いをしてもしかたがない。

 私は言われた通りに、可能な限り強力な魔法障壁を展開する。


「乗蓮寺湊。まさか、それで僕を防げると……思ってるんじゃ、ないよね?」


 神が、根から抜け出そうとしながら言ってくる。


 次の瞬間、視界が真っ白に染まった。


 すさまじい衝撃に魔法障壁が震えた。

 もっとも、障壁が破れるほどではない。


 視界がもとに戻ったとき、私とアーネさんは宇宙空間にいた。

 周囲には、ちぎれた精霊樹の壁面や、溶けて歪んだ外壁の残骸が浮かんでる。


 そこに、金色(こんじき)に輝くドラゴンが迫ってきた。


『ミナト! 無事か!』


 エスカヴルムだ。

 私は片手でアーネさんを抱えたまま、エスカヴルムの背につかまった。

 魔王の杖は無限胃袋にしまってる。


「エスカヴルム! 宇宙は飛べないんじゃ?」


『翼が使えぬというだけだ。短時間なら、魔法で飛ぶことはできなくもない』


 たしかに、さっきからエスカヴルムは翼を羽ばたかせてない。

 翼を広げ、そこからエーテルを放射して宇宙空間を飛んでいる。


「さっきの光はエスカヴルムのブレスか」


『うむ。ミスリルの外壁を貫くほどのブレスに、ミナトが耐えられるかは賭けだったがな。結果的には余裕で耐えたようだ』


「あ、あはは……」


 全力で障壁を展開しておいてよかった。


「乗蓮寺、湊っ!」


 まだ根にからまれてる神が、こっちに手を伸ばして叫んでくる。

 精霊樹の中にあった空気のおかげで声はまだかろうじて届く。


「そんなものを持ったまま逃すわけにはいかない!」


 神は石化した根を砕き、私たちへと迫ってくる。


「……逃がしません」


「やめろ! 邪魔をするな、このくたばりぞこないが!」


 フローネさんが神の後ろから組みついた。

 フローネさんの身体が急速に石化していく。


「――行きなさい、マリアーネ! ミナト、わたしの娘と世界を頼みます!」


「お母さまっ!」


 アーネさんがフローネさんのほうに身を乗り出す。


 私はそのアーネさんを抱きとめながら、


「エスカヴルム! 行って!」


「うむ」


「そんな、待って、ミナト……お母さまが……お母さまが……っ!」


 エスカヴルムは私たちを乗せたまま宇宙空間を駆ける。

 神とフローネさんの姿がみるみる小さくなっていく。


「お母さまぁぁぁっ!」


 暴れるアーネさんを強く抱きしめながら、私はシャトルに戻ったのだった。

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