13 盗賊士ギルドとKY美人
「で、ここが盗賊士ギルド⋯⋯っと」
神父さんに教えてもらった通りに進み、私は盗賊士ギルドの前にやってきた。
盗賊士ギルドは大通りに面した広い一角を取っている。
建物は、西部劇に出てくる荒くれ者の集まる酒場みたいな雰囲気だ。
フードを目深にかぶった人や、革鎧の腰に短剣を佩いた人など、ダンジョン探索ゲームでシーフや盗賊と呼ばれる感じの人たちがけっこうたくさん出入りしてる。
「あはは⋯⋯緊張するなぁ」
私は緊張のあまり笑みを漏らしながら、私の顔くらいの高さ(成人男性の胸くらいの高さ)にある中途半端な大きさの両開きの木戸を開いて中に入る。
中にいた強面たちが揃ってギロリ⋯⋯なんてことはなかった。
みんなそれぞれやることがあるらしく、私が入ってきたのに気づいたのは、扉のそばにいた数人くらい。
その数人のなかに、知り合いがいた。
「ミナトじゃない。どうしたの?」
「あ、レイティアさん」
そこにいたのは、切れ長の目の赤毛美人ーーゴブリンの巣窟で助けたレイティアさんだった。
(うう⋯⋯ちょっと苦手なタイプなんだよなぁ)
まだなにかされたわけではないが、なんとなく、わたしの言い分を聞かずにテキパキと自分の思いこみで話を進めてしまうような人だと思う。
私はそういう人にNOと言うのがとても苦手だ。
行き違いから、いじめられるような関係に陥ってしまうことも多い。
できれば避けたい人だったが、会ってしまったものはしょうがない。
「レイティアさんは盗賊士だったんですか?」
「いえ、私は戦士よ。今日はお使いでこっちに来ただけ。
そういうミナトこそ、盗賊士だったの? ゴブリンを一刀両断するような剣の腕前があるのに?」
「その、私の育ったところでは冒険者は一般的じゃなくて。ついさっき適正を調べて、ここに来たんです」
「登録するってこと? それにしてもあれだけ強くて無所属だったなんて。驚いたわ」
「あの、あまりそのことは⋯⋯」
「どうして? 大いに誇ったらいいじゃない。あ、でも、盗賊士は隠す人が多いわね。存在感の薄さといい、盗賊士に向いてるっていうのは納得かも」
微妙に失礼なことを言われた気がする。
悪気がないのか、故意のマウンティングなのか。
私はちょっと引きつった笑みで言った。
「じゃあ、登録があるので」
「待ってよ。ここは初めてなんでしょう? 案内してあげるわ」
「あ、いえ、お気遣いなく⋯⋯」
「いいのよいいのよ。
ーーあ、ドモさん、この子、登録したいんだって。腕のほどはわたしがお墨付きをあげるわ」
(言わないでって言ってるのに)
絶対、こっちの話を聞いてない。
ギルドの室内は、建物の外観の半分くらいの広さのフロアだった。
真ん中の壁際に広いカウンターがあり、受付係が並んでる。
受付係は、温厚そうな初老の男性、ぽっちゃりした中年のおばさん、若い美人の女の子の三択だ。
レイティアさんが声をかけたのは初老の男性。
(ほかの二人じゃなくてよかったけど、偶然だよね)
私が話しやすい相手をレイティアさんが配慮して選んでくれたわけではないだろう。
(この人は話しかけにくい相手とかいないんだろうな)
嫉妬っていうのは、今私がレイティアさんのピンとした高い背中を見て感じてるもののことだと思う。
カウンターで、声をかけられた初老の男性が顔を上げる。
白くなった長い眉毛と下がった目尻が特徴的な、人の良さそうな老人だ。
「ほう、戦士ギルドの若手のホープであるレイティアが勧める相手とな? 嬢ちゃん、教会からの紹介状はあるかの?」
「はい、これですよね」
私は神父さんからもらった紹介状を老人に渡す。
紹介状は封筒に入れられ、蜜蝋でとじられている。
「ふむ、どれどれ⋯⋯」
老人が、カウンターの後ろにあったペーパーナイフで封筒を開ける。
私は慌てた。
「えっ、紹介状はギルドマスターに渡すんじゃ⋯⋯」
「なに言ってるのよ。このドモさんこそ、盗賊士ギルド・ロフト支部のギルドマスターよ」
レイティアさんがしれっと言った。
「さ、先に言ってくださいよ。
でも、どうしてギルドマスター自らが受付を?」
私の疑問には、ギルドマスター・ドモさんが答えた。
「ここは盗賊士ギルドじゃ。人を見る目は常に養っておく必要がある。
それに、ここだけの話じゃが、他の二つのギルドに比べて、盗賊士ギルドには不心得者が入ってくる率が高いのじゃ。そのような人物を弾くには、わしが自らの目で見極めるのがいちばんなのじゃよ」
「は、はあ⋯⋯」
理屈には納得⋯⋯だろうか。
「して、おぬしの適正じゃが⋯⋯ふむ、なるほどの。入ってきてからずっと警戒しておったわけじゃわい」
どうやら、ドモさんは、ギルドに入ってきたときから私のことを観察してたらしい。
「ここでは落ち着かぬじゃろう。奥で話を聞こう」
「あ、ありがとうございます」
奥。ちょっと怖い気もしたが、たしかにここで適正うんぬんの話はされたくない。
ドモさんはそれを察してる。紹介状を見て驚いたはずだが、それも顔には出してない。
(さすがは盗賊士のマスター⋯⋯なのかな)
私とドモさんのあいだで進んでいく話に、レイティアさんが唇を尖らせる。
「なに? どういうこと? 秘密の話?」
⋯⋯だから、大声で言わないでくれないかな。
隣の人がこっちを見てるよ。
「ふぉっふぉっふぉ。見たところ年若いようなのでな。老骨が世話を焼きたくなったというだけのことじゃ」
ドモさん、ポーカーフェイスでレイティアさんを煙にまく。
「それでは、こっちに来てくれるかの」
「は、はい。レイティアさん。それじゃあ」
「あ、うん」
どこか釈然としなさげなレイティアさんを残し、私は盗賊士ギルドの奥の部屋へと入ったのだった。




