164 蹂躙
◆クレティアス視点
悲鳴を上げて逃げまどう市民たち。
逆に、武器を手に襲いかかってくる騎士たち。
そのいずれをも斬り殺しながら、クレティアスは旧市街の広いメインストリートを進んでいく。
時折飛んでくる魔法や弓は、青白い光の腕で斬り裂いた。
迫る脅威に、城門は固く閉ざされていた。
その上にあるのこぎり型の狭間には、弓を構えた騎士たちが並ぶ。
「やつを近づけるな! 射て!」
号令とともに、クレティアスめがけ、矢の雨が降ってきた。
クレティアスは左腕を光の盾に変えてそれを防ぐ。
「な、なんだと!」
「話にならん」
狭間に向けたクレティアスの右腕が変形する。
五本の指がなくなり、手のひらに穴が開く。
その穴は前腕深くへと潜り込み、筒状の空間を作った。
前腕全体が膨らみ、手のないガントレットのような形状を取る。
「エーテルの砲弾よ、我が敵を撃ち砕け」
クレティアスのつぶやきと同時に、ガントレットが反動で後ろに下がる。
狭間が爆発した。
堅牢なはずの城門が崩れ、狭間にいた弓兵たちは、前に、あるいは後ろに落ちる。爆発にもろに巻き込まれ、半身を吹きちぎられた者もいた。
「な、なんだあれは!?」
兵のリーダーが愕然と叫ぶ。
「ふむ。加減しすぎたな」
クレティアスは右腕の砲を城門に向けた。
「――撃ち砕け」
ドン、と腹に応える反動とともに、クレティアスがわずかにのけぞった。
ほとんど同時に、城門の鉄製の門扉が根元からちぎれ、紙のようにひしゃげて城内へと飛ばされる。
運悪くその背後にいた騎士たちは、飛んでくる門扉に目を見開き、しかしなにもできないまま、その質量に潰された。
城内にもうもうたる煙が立ち込める。
そのなかから聞こえるのは、悲鳴、怒号、苦悶……。
「くくっ。こうでなくてはな」
クレティアスは笑った。
「やはり、他人が傷つくさまを見るほど面白いことはない。それが俺の手によるものならなおさらだ」
クレティアスは、右腕の砲からエーテルの砲弾を連射する。
城門はすでになくなった。
この砲撃に意味などない。
ただ、煙の中で混乱する騎士どもを、さらにいたぶってやりたかっただけだ。
クレティアスが城門をくぐる。
もはや、クレティアスに仕掛けてくる者はいなかった。
誰もが混乱しきって逃げ惑っている。
「逃げれば許すとでも思っているのか? 神の代理人である俺を犯罪者呼ばわりし、影で物笑いの種にしていた貴様らを」
言葉にしてみて、改めて怒りがぶり返してきた。
こみ上げる忿怒の衝動に、クレティアスは束の間、膝を折ってうずくまる。
それをどう見たのか、
「――いまだ、やれ!」
弓兵の一団が矢を射かけてきた。
矢は、うずくまるクレティアスの全身に突き刺さる。
針ねずみとなったまま動かないクレティアスに、兵たちが安堵の息をつく。
だが、
「この程度か?」
クレティアスが走った。
青白い両腕は剣となり、弓兵の一団をまとめて血肉の塊に変えていた。
クレティアスの全身から、ぼろぼろと矢がこぼれ落ちる。
矢は、たしかにクレティアスに突き刺さっていた。
全身に穿たれた矢傷はその証拠だ。
その矢傷が、みるみるうちに塞がっていく。
「生命活性法、だったか。戦士の力だな」
クレティアスはつぶやき、歩き出す。
近衛騎士だったクレティアスにとって、城は自分の庭も同然だった。
かつての古巣に帰ってきたことに、奇妙ななつかしさすら込み上げてくる。
散発的に出会う騎士たちを殺しながらクレティアスは進む。
まるで戦い方を試すかのように、クレティアスは両腕を剣に、盾に、砲に変えて敵を殺す。
時には落ちている剣を拾い、敵を斬る。
納得がいかなければ、他の敵で繰り返す。
騎士ではなく、逃げ遅れた文官や女官が出てきた場合には、素手で縊り殺すことが多かった。
「こんなものではな。やつの強さはこの程度ではあるまい。ロフトでやりあったときと霧の森でやりあったときとで、あきらかにやつは強くなっていた。それからの時間を考えれば、いまの俺ですらまだ足りない」
そこに、これまでとはちがう騎士の一団が現れた。
「止まれ、クレティアス!」
「ほう、聖騎士のご登場か」
この国に十二人しかいない聖騎士は、卓越した戦闘能力を持っている。
クレティアスも剣には自信があったが、近衛騎士団の団長を務める聖騎士には一度も勝てたことがない。
「逃げ隠れできなくなって乗り込んでくるとはいい度胸だな」
ハルバードを手にした赤毛の体格のいい聖騎士が言った。
頬に大きな刀傷のある、どう猛な目つきの壮年男性だ。
自身の髪と同じ、真っ赤な鎧に身を包んでいる。
「赤獣爪のヴァラドス……だったか」
「ふん、国賊にも俺の名は聞こえてると見えるな」
「ちょうどいい。おまえで試そう」
クレティアスが消えた。
ほぼ同じ瞬間に、ヴァラドスがハルバードを振るった。
その軌道上にいたクレティアスは地を蹴って宙返りし、ハルバードの刃を踏みつける。
ヴァラドスはそれに気づき、手元を返して、ハルバードをねじる。
クレティアスはそれにかまわず、足を踏み変えるようにして、ハルバードを逆の足で蹴りつけた。
その反動で跳躍したクレティアスは宙で逆さになりつつ、ヴァラドスの背後に回る。
青白い光の腕が振るわれる。
その腕を弾いたのは、ヴァラドスが一瞬にして切り返したハルバードだった。
クレティアスが離れた場所に着地する。
同時に、ヴァラドスの周囲に立っていた騎士たちに斬線が走る。
バラバラに刻まれて崩れ落ちる騎士たちを、ヴァラドスが苦い顔で見つめていた。
「むう……。貴様、どこでそんな力を手に入れた?」
ヴァラドスがうめくように言った。
かろうじてクレティアスの攻撃をしのいだものの、仲間の騎士たちまではかばえなかった。
聖騎士の序列五位であるヴァラドスにして、自分を守るので精一杯だったのだ。
対するクレティアスは、これ見よがしにため息をついた。
そして、くつくつと笑い出す。
「な、なにがおかしい!?」
「これが笑わずにいられるか。聖騎士と言うから期待したが、難易度インフェルノでこれではな」
「な、なにを言っている?」
「しかたない。オプション。難易度変更。ヘル……いや、ノーフューチャーだ」
つぶやき、クレティアスがヴァラドスに襲いかかる。
だが、ヴァラドスは戸惑った。
クレティアスの動きが、あきらかに鈍くなっていたのだ。
「力が尽きたか、クレティアス!」
ヴァラドスはここぞとばかりに攻め立てる。
重く長大なハルバードが旋風のように舞い、クレティアスの全身に赤い傷を刻んでいく。
クレティアスは防戦一方だ。
「くくく……」
しかし、クレティアスは笑っていた。
「なにがおかしい!」
「いいなぁ、ヴァラドス。このくらいがちょうどいい。これくらいでなければ経験にもならぬ」
「余裕のつもりか!」
「ああ、いや、余裕はないな。その余裕のなさがよいのだ。最近は、いくらダンジョンに潜り、難易度を上げても、死線とは程遠くなっていた。油断すれば死ぬ。油断しなくても死ぬ。自分の限界を超えねば死ぬ。ああ、すばらしい。俺はこれでまた強くなれる!」
「狂ったか、クレティアス!」
ヴァラドスのハルバードがクレティアスの胴を薙ぐ。
暴風のような一撃は、クレティアスの腹を横に裂いた。
クレティアスの上半身が横向きに回転し、笑ったままの顔と、へその位置が逆転する。
「見事だ、ヴァラドス。だが、もういいぞ」
平然と言ったクレティアスにヴァラドスが目を剥いた。
クレティアスの右腕が砲になる。
「さらばだ、五位」
エーテルの砲撃が、ヴァラドスのいかつい頭を打ち砕いた。




