162 クロスワールドリモートプレイ
私とアルミィ、それから供回りとしてついてきてもらった人たちは、帰りは樹国から南に向かい、砂漠の中にある転移遺跡を使って魔王城に戻った。
実はこの手の転移遺跡は世界中にある。
だから、魔王城を飛ばすまでもなく、魔王国は強力な戦力を各国に投射することが可能なのだ。
(そうとわかったら大変だから、隠してるけどね)
行きはセレスタでルイスと合流する必要があったし、あまり早く着いて疑われるのも困るってことで、キエルヘン諸島から海路でセレスタ、セレスタからは陸路というコースだった。
帰りは私たちだけなので、遠慮なくショートカットできた。
『おかえり。ミナト、アルミラーシュ』
共同スペースに戻った私たちに、エルミナーシュがどこからか渋い声で言ってくる。
「ただいま。って言っても、ずっと通信はしてたんだけど」
『気分の問題だ』
「まさかエルミナーシュからそんな言葉を聞くとは」
『わたしは感情のない人工知能というわけではない』
「そうだったね。インターネットの解析はどうなってるの?」
『必要そうな情報はまとめてある。もっとも、この世界の住人には、その情報を理解するために必要な前提知識が欠けている。教育には時間がかかるだろう。当面は、わたしの指示通りにやってもらうしかないな』
「最初から知識を全部詰め込まなくてもいいんじゃないかな。やりながら小出しにしたほうが覚えやすいかも」
『なるほど。検討してみよう』
「あ、そうだ。せっかくのトリガーブレード、壊しちゃった」
『気にするな。役の立ったのならそれでいい。
そうだ。おまえたちが留守の間に、面白いものを作ったぞ』
「面白いもの?」
『ミナトはこれが好きだと言っていたからな。テーブルの上に箱があるだろう?』
「あ、これ?」
共同スペースの食卓の上に、小さな編みかごが置かれていた。
おおきめの弁当箱くらいのサイズだ。
『開けてみろ』
エルミナーシュの言葉に、私は箱の蓋を開けた。
箱の中にあったのは、黒いグリップのようなものだった。
独特のフォルムのそれは、両手で左右のでっぱりを握るようにできてる。
でっぱりを握ると、親指や人差し指がちょうどボタンのある場所に添えられる。
親指の箇所には、左は十字のボタンが、右には四つのカラフルなボタンがある。人差し指のほうには、左右とも上下二つのボタンがついていた。
箱の中には、同じものがもうひとつ入ってる。
「えっ、これって……」
『うむ。コントローラーだ』
「ゲームの?」
『他にあるか?』
「ドローンや潜水艦を操縦したりするのに使うこともあるらしいけど」
『ほう。それは興味深い。オケアノスやクラーケンにコントローラーから指示を送るというのはいいアイデアだ。問題はあちらの視界をどうやってこちらに引っ張ってくるかだが……』
「それより、これ、どうしたの?」
『ああ。魔王国は現在海上にあって、周辺との行き来が限られているだろう?』
「そうだね」
私たちはいろいろ出かけてるけど、一般の国民が外に出るのはいまはまだ危険すぎる。
とくに魔族は、外に出れば迫害の対象にもなりかねない。
『娯楽がほしいという声はかねてからあったのだ。そこで、ミナトの元いた世界の娯楽を調査した。道具のいらない原始的な娯楽についてはすでに子どもたちに教えている。たとえば、だるまさんが転んだ、缶蹴り、ドロケイのようなものだ。もっとも、この世界にも似たような遊びはあったのだが』
「それで、次はゲームってことか。でも、ゲーム機なんて作れるの?」
『いや、こちらの世界で半導体を製造できるようになるのはかなり先のことだろう』
「じゃあ、どうやって?」
『向こうの世界には、リモートプレイというものがあるな』
「ああ、サーバー上でゲームを動かして、クライエント側ではサーバーから送られてきた映像を表示するだけってやつ?」
『うむ。それならば、こちら側にゲーム機本体がなくてもできるはずだ』
「できる……のかな」
すくなくとも、送られてきた映像を出力し、コントローラーの入力を向こうに送る装置は必要だと思うんだけど。
『映像を受け取り、単純な信号であるコントローラーの入力を向こうに送るくらいならやりようはある。実際、わたしは向こうの動画サイトを閲覧し、検索窓にキーワードを打ち込んで検索しているのだから』
「エルミナーシュシステムでなんとかなる範囲ってことか」
『その通りだ。せっかくだから、ミナトに遊んでもらおうと思ってな。そのコントローラーは、手のひらから流れ込む微弱なエーテルで動作する。コントローラーの発した信号をわたしが地球のサーバーに送る。
もっとも、プレイできるタイトルは、リモートプレイに対応しているものに限られるがな』
「いや、十分すごいって!」
私は興奮してそう言った。
「まさか、こっちでゲームができるとは」
『喜んでもらえたようでなによりだ』
エルミナーシュが心なしか得意げに言った。
(ひょっとして……)
ハミルトンの一件で落ち込んでた私を励まそうとして用意してくれたのかな。
地球に戻ったときも、ろくなことがなかったので、リフレッシュになるどころかむしろ疲れて帰ってきたくらいだった。
そこに続けざまにハミルトンの反乱だ。
自分でも疲れてる自覚があった。
「画面は?」
『いま出そう』
言葉とともに、共同スペースに大きなホログラフが浮かんだ。
テレビでいえば50インチくらいだろう。
『画面はもっと大きくもできるが、解像度の関係で綺麗に映るのはそのくらいだろう』
「うん、十分だよ。大きすぎてもかえってやりにくかったりするし」
ゲームは画面全体を視野に収めたほうがやりやすいからね。
ホログラフにゲーム機のコンソール画面が映った。
「うっわ。なつかしい!」
転生してから数ヶ月ってところだけど、もうはるか昔のことのようだ。
「そういえば、リモートプレイってお金かかるんじゃなかったっけ?」
『ウェブ上のアルバイトで稼いだ』
「魔王城の管理システムがアルバイトか」
『しかたあるまい。いくらか資金が溜まったら投資に回す』
「できるの?」
『為替で瞬間的な利ざやを狙おうと思っている。地球のコンピューターよりエルミナーシュシステムのほうが演算能力は高いからな。仮想通貨のマイニングをする手もある』
話しながら私はゲームソフトを物色する。
アルミィも隣で、ホログラフ画面を見つめてる。
「まずは単純なやつがいいね」
『そうだ、言うのを忘れていたが、そのコントローラーにはジョイスティックがない。こちらの製造設備では部品が作れなかったのだ。魔法でごまかせないか模索している』
「そっか。そうすると、このへんがいいかな?」
私は、爆弾魔になって互いを殺しあう、ほのぼのした雰囲気の2Dゲームを選んだ。
「さ、アルミィもコントローラー持って」
「こ、こう?」
「そうそう。操作は、このボタンで爆弾を置く。このボタンで移動。爆弾置いたら離れて……ああ、そこに置いちゃダメ!」
「えっ……ああ、やられた!」
アルミィが初期位置に爆弾を置いてしまい、逃げ場をなくして爆死した。
「死んだら、枠の外から爆弾投げれるから」
「あ、これ私なんだ。じゃあ、ミナトを助けるね」
「いや、対戦だから私を狙ってもいいよ」
COMは最弱に設定してたので、私はほどなくして他のキャラを全部倒す。
「こんな感じのゲーム」
「おもしろいね! 今度こそは生き残る!」
その後もしばらくは私が勝ってたのだが、アルミィが徐々に手強くなってきた。
「ここで爆弾をキック!」
「うげっ」
爆炎に爆弾を蹴り込まれ、私のキャラが爆死した。
アルミィの初勝利だ
「やったぁ!」
「やば。アルミィ強いかも」
おっとりしてるように見えて、アルミィは反射神経がすごいのだ。
爆風をギリギリで避けて、あっというまに私を爆弾で囲む。
「うわっ!」
私は爆弾を置いて、爆弾が誘爆する一瞬の隙で角を曲がる。
「ふぅ。爆弾がなければ即死だった……」
「なにそれ! そんなことできるの!?」
驚くアルミィ。
しかし、手の内を見せたのは失敗だった。
アルミィはさっそくその技を取り入れ、シビアきわまりないタイミングで私を隅に追い詰めていく。
「あああ、パンチがない!」
私はアルミィのラインボムで殺される。
「ち、ちがうゲームをしよう!」
私は爆弾男をやめて、べつのソフトを起動する。
「あ、逃げるの、ミナト!?」
「に、逃げてないよ!」
今度は子ども向けのテニスゲームをやったんだけど……うん、すぐに追いつかれた。
(そもそも私はヌルゲーマーだし。専門はRPGだし)
対戦アクションは苦手なんだ……。
「このテニスっていうの、現実でもできそうだね」
アルミィが言った。
「ていうか、現実のスポーツだよ。それをゲームにしてるだけ」
「へええ。やってみたいね」
「そうだね。ラケットとボールならなんとかなるかな?」
『ボールが特殊だな。試行錯誤は必要だろうが、なんとかなるかもしれん』
「サッカーとかのほうが楽だろうね」
『フットサルというミニサッカーのような競技もあるな。ベアノフのところの子どもたちには、ゲームよりそちらのほうがよさそうだ』
「じゃあ、べつのゲームをやろう」
「えええ! せっかくおもしろくなってきたのに!」
「私がつまんないんだよ!」
アルミィがうまくなると、私はまったく勝てなくなる。
近接戦闘の得意なアルミィは、かわいい顔して、かなりえげつないところを突いてくるのだ。
「でも、すぐに私のほうがうまくなるよ?」
アルミィが少し得意になって言ってくる。
「ゲームは対戦だけじゃないんだよ。これでどうだ!」
私が選んだのは、有名なゾンビものアクションシューティングだ。
「えええ、なんか怖いよ……」
「ふっふっふ。ここはアルミィに譲ってあげよう」
私はアルミィに1Pのコントローラーを渡す。
ゾンビの徘徊する暗い洋館を、アルミィはおっかなびっくり進んでいく。
「きゃあああっ!」
「うわっ、びっくりした!」
死角からいきなり抱きついてきたゾンビに、私たちが悲鳴を上げる。
『ゾンビなどおまえたちの敵ではあるまい。暗がりからおまえたちが出てきたほうが怖いと思うぞ』
「そういう問題じゃないってば!」
「そ、そうです! 現実なら気配でわかるけど、これだとなにもわからないから……ああ、死んじゃう!」
「暴れて暴れて!」
アルミィは必死にコントローラーをがちゃがちゃやってゾンビを振りほどく。
「銃を構えて撃つ!」
「う、うん!」
パンパンパン、とゾンビに拳銃の弾が当たった。
「銃ってすごいね。これほしい」
銃に馴染みのないアルミィが言う。
『銃器の製造も検討はしている。銃本体はどうとでもなるのだが、火薬を安定的に手に入れるのが難しいな』
「あんまり銃を普及させたくはないけどね」
一度普及してしまったら、それを規制するのは大変だ。
『それならば、火薬の原料となる硫黄や硝石の流通を押さえてしまえばいいだろう。織田信長の強みの一端は、商都を押さえ、硝石の輸入を独占したことにあるらしいな』
エルミナーシュは歴史の勉強にも熱心なようだ。
「魔法がある世界で銃が普及するものかな?」
『いったん製造法が知られてしまえばそうなるだろう。魔法より銃のほうがずっと手頃で、使い手を選ばない』
「あああ、ミナト! この人ずっと追っかけてくるよ!」
「人じゃなくてクリーチャーだけどね。いまは倒せないから逃げて」
「倒せないってなんで!?」
「そういう敵だから。マグナムかグレネードランチャーがないと倒せなかったはず」
「ひーん! 次は犬!? 拳銃が当たらない!」
「十字キー下押しながら撃って」
「なんでカラスがこんなに強いの!?」
「中入れば大丈夫だから逃げて」
「この人味方じゃなかったんですかぁ!?」
「いや、裏切る空気満々だったじゃん」
実にいい反応をしてくれるアルミィを愛でながら、私はひさしぶりの休暇を楽しんだのだった。




